ビジネスホテル
Uさんが出張でМ崎県の県庁所在地にあるビジネスホテルに泊まった時の話。移動日で疲れていたこともあり、明日は仕事相手から飲みに誘ってもらっていることだしと、部屋に着くなりさっさとシャワーを済ませてコンビニ飯と缶ビールの夕食を終え、ベッドに横になってテレビを眺めたりスマホをいじったりしているうちに強い眠気がやってきた。
寝落ちをしても、部屋の明かりがついていると熟睡できずに夜中に起きてしまう
ゴトン。
離れた位置から壁越しに響いた音というよりも振動で、Uさんは目を覚ました。感覚では何時なのか全くわからない。音の位置からしてドアの方だ。隣室の客が帰ってきたのだろう。おそらく自分が泊まっている部屋と隣室が左右対称の造りになっていて、だから相手の部屋の出入りの音がよく響いたのだ。こういうビジネスホテルではよくあることだった。
覚醒させられてしまったことに少しムッとしたが、音に関してはある程度はお互い様だ。目を開けてしまえば完全に目が冴えてしまうと思い、目を閉じたまま寝返りをうって壁の方を向いた。少しでも隣人の気配から遠ざかるためだ。
ゴン。
またドアの方で音がした。今度は振動ではなく壁が鳴った感じだ。靴を脱ごうとして壁に手をついたのだろうか。Uさんは目を閉じたままだったが、頭は完全に起きてしまっていた。イライラと部屋の方に寝返りをうった。
ドン。
音が変わった。今度はさっきより少し部屋に近い。まさか酔っ払いか。足元がふらついて何度も壁に手をついているのか。だとしたら迷惑な話だ。
ドン。
音がまた近付いた。とうとうUさんは目を開けて、暗い部屋の向こうの壁を睨みつけた。デジタル時計の青く光る数字は「03:00」を示している。いくらなんでも非常識だと怒りが湧いた。
ドン。
また一歩分ほど部屋の中央に近いあたりで壁が鳴った。何なんだ、とUさんが体を起こそうとした時だった。
ドン。ドン、ドン、ドンドンドン。
音が連続で鳴り、部屋の奥、つまり窓の方へと移動していく。壁を叩きながら移動しているのか、ひどい酔っ払いだ、とUさんは怒りを通り越して唖然とした。
ガタン。
壁を横断し終わったあたりで音が変わった。
窓の音だ。Uさんはすぐ気付いて一瞬心配になった。転落、という単語が頭をよぎった。いくらひどい酔っ払いでも隣室の客が転落死は勘弁して欲しい。しかしすぐに、ビジネスホテルの窓は事故や自殺を防ぐためにせいぜい数センチしか開かないことに思い至った。
音はやんだようだ。
明日になったらフロントを通して苦情を入れよう。そう思ってUさんが仰向けになって体の力を抜いた時だった。
ビタン。
きっちり閉められたカーテンの向こう側、Uさんの部屋の窓ガラスから音がした。
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