黒い小人

 Mさんは幼稚園児の頃に小人を見たことがあった。夜中にふと目が覚めて枕元を見ると、身長10センチくらいの人型の何かが二体(二人?)、畳の上を行ったり来たりしていた。カーテンの隙間から入ってくるかすかな明かりしか光源のない、ほぼ暗闇の中でも見えるほど、その二つの小さな人型は真っ黒で、裏も表もわからない。小さな人間というよりも、歩行者信号のピクトグラムを真っ黒に塗りつぶしたような造形をしていた。Мさんは声を出すことも忘れて、何か作業でもするようにちょこちょこと動き回る彼らを見つめていた。怖さはなく、ただただ目の前の存在が不思議で、目を離すことができなかったという。


 成長したМさんは小学校で特に仲良くなった友人に子供の頃に見た黒い小人の話をしたことがあったそうだが、相手から馬鹿にされるか、呆れられるか、気味悪がられるかの反応しか返ってくることはなく、中学校に上がる頃にはМさんは誰にも黒い小人の話をしなくなっていた。

 そうしてМさん自身も小人のことなど、ほとんど思い出さなくなっていた中学2年生の夏、涼みに入った本屋の雑誌コーナーでたまたま手に取ったサブカル系雑誌の読者ハガキコーナーに「子供の頃、黒い小人を見た!」と手書きの文字とイラスト付きで投稿されたハガキを見つけた。

 そこに描かれていた小人のイラストと特徴は、まさに自分が見たものと一緒で、そのハガキの投稿主も就学前の、せいぜい5歳か6歳頃、夜中に小人を見つけたというのであった。


「めちゃくちゃ嬉しかったし、興奮しましたね。手持ちが無くて雑誌は買えなかったんですけど」とМさんは話した。「これで少なくともこの世界にもう一人は僕と同じものを見た人がいるってことだから。僕の話をどこかに載せるのは全然構いませんよ。でも、もし同じものを見たことがある人がこれを読んだら、ぜひ教えて欲しいって僕が言ってたっていうのも書いておいてください」

 これがМさんのお話の条件だそうだ。

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