おままごとハウスの悪魔
Iさんが通っていた保育園には「おままごとハウス」と呼ばれる小さな家があった。よくある家の形をした遊具ではなく、それは園の敷地の端っこの猫の額ほどの芝生の横に建てられた三畳一間の小さな小さな家だった。小さな家の正面には芝生に面した小さな縁側と、横には小さな靴脱場まで付いていて、ちゃんと床下も作ってあった。
そして、その「おままごとハウス」は園庭に面してではなく、わざわざ芝生を挟んで建てられていたという。
その家は最初に書いたように「おままごとハウス」だった。小さな三畳間にはたくさんのお人形やぬいぐるみ、そしてプラスチックのお椀やお鍋や包丁、小さなお布団があった。
園児達、特に女の子達はその「おままごとハウス」で遊ぶのが好きだった。Iさんもそうだったが、そこで遊ぶ時はみんなどこか緊張していた。なぜなら、そこには悪魔がいたから。
園児達が恐れるその悪魔は、比喩ではなく、本物の悪魔だった。
悪魔は「おままごとハウス」に置かれている人形のうち、
Iさんも、他のみんなも、この悪魔の話を本当に怖がっていたけれど、おままごとハウスで遊ぶ時には、その「悪魔入りの西洋人形」を寝かしつけたり抱っこしたりしていた。悪魔は夜に出てくるものだから、緊張しながらも他のお人形やぬいぐるみと並べて遊んでいたのだそうだ。
ある日、Iさんはお昼ごはんを食べ終わるのがみんなより遅くなった(嫌いなグリンピースがあったから)。今日は仲の良いお友達が砂場にもブランコにもいない。おままごとしてるのかな、と駆け足でおままごとハウスに向かっていると、
「悪魔出たー!!」
「キャー!!」
お友達が何人もパニックになっておままごとハウスから裸足で転がり出てきた。
たちまち大騒ぎになって先生達が駆けつけてきた。
人形が怖い顔になった、悪魔が出た、と泣きわめくお友達となだめる先生達の向こうに、おままごとハウスの縁側の、開け放たれた掃き出し窓が見えたけれど、自分も悪魔を見たいと思ったけれど、Iさんの足はどうしても動かなかった。
その時おままごとハウスの中を見に行かなかったことを、Iさんは大人になった今でも少し残念に思うことがあると語った。
卒園して10年以上が経ち、高校生になったIさんは久しぶりに保育園を訪れることがあった。昔の担任の先生は園長先生になっていた。
園庭の向こうに小さな芝生があり、「おままごとハウス」が昔のまま建っていたが、記憶の中と違って磨りガラスのはまった掃き出し窓はピッタリと閉じられていた。
高校生が珍しかったのか、近くに来て自分を見上げている二人の園児に、Iさんはしゃがみ込んで目を合わせ、おままごとハウスを指差して尋ねた。
「ねえ、あそこにさ、悪魔ってまだいる?」
園児達はいることが当たり前といった口調で答えた。
「いるよ!」
「いるー!」
Iさんは「有名な怪談と違って、そこにしか無い話でしょう? それが小さな子供達の間だけでこんなにしっかり伝わるものでしょうか。だからあのおままごとハウスの悪魔は――」
本物なんじゃないでしょうか、と語った。
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