ネグリジェの女

 Yさんが5歳の時に体験した話である。当時Yさんの家では二階の和室のふすまを取り払い二部屋を繋げて、夜は片方の部屋には両親の布団、もう片方の部屋には子供達の布団を敷いて寝ていた。Yさんも3歳の妹も、時々夜にトイレに起きることがあり、階段を降りて一階のトイレに行くために、敷居を挟んで寝ている母親を起こして一緒に来てもらっていた。

 ある夜、Yさんは夜中に人が動く気配がして目が覚めた。

 布団に横になったまま目を開けると、すぐ布団の横に女の人が立っていた。暗い部屋の中、影法師のようにしか見えないそれを、なぜ女の人だと思ったのかというと、その影の髪は長く、細かくウェーブしていて、さらにはネグリジェのような裾の長い服を着ているとわかったからだった。さらに影は腰のあたりまでの背丈の小さな子供の形をした影と手を繋いでいた。

 とっさに(お母さんが妹を連れてトイレに行くんだ)と思ったYさんは「待って! 私も行く!」と飛び起きた。

 途端に二人分の影法師は溶けるように消え、目を覚ました母親が蛍光灯の豆電球をつけた。

 Yさんは一生懸命に「お母さんが妹と一緒に降りて行こうとした」と言ったが、妹は横で眠っていて、母親からは寝ぼけてたのねと笑われただけであった。


 幼児の頃のことであるし、Yさん自身も、あの時の自分は寝ぼけていたのだろうと思う。

 しかし、とっさに母親だと思ったあの影を思い出すたび、Yさんは考えずにはいられないのだと言う。

 あの頃のYさんの母親の髪は肩までの長さしかなく、母親がネグリジェを着ていた記憶は無い。夢だろうが幻だろうが、あれは一体何の影法師だったのだろうかと。

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