これは聞いた話です。

相馬みずき

幽霊タクシー

 Nさんが大学の友人達三人と深夜のドライブに出かけた時のこと。

 ただ無目的に走るのも難しいので一応目的地を決めようと言うと、友人の一人が心霊スポットに行こうと言い出したが、誰も近場の心霊スポットをすぐに思いつかなかったので、Nさんは心霊スポットではないが近くの山の中腹にある大きめのHヶ丘霊園を提案した。

 国道かられて緩やかなカーブの続く上り坂を登ったところにあるHヶ丘霊園は、切り拓かれた山の中腹にある比較的新しい墓地で、そこまでの道幅は広く上下一車線ある。この山には霊園しか無いので街灯は無いが、そもそも夜に墓参りする者もいないのでNさん達以外に走っている車はいなかった。

 霊園の前に到着し、ヘッドライトの灯りに門の一部が浮かび上がる。

「あれ? 鍵かかってねーか?」

 友人の一人が指摘したとおり、霊園の入り口にある黒い鉄製の門は閉じられており、封印するように取っ手に巻かれた鎖には南京錠が掛けられていた。

「しゃーねーな。引き返すか」

 どうせ後続車も対向車もいないのだからと、適当にUターンをして車の向きを変えた時だった。ガクンと車体が震える感覚があって、エンジンが止まった。

「こいつ、オートマのくせにエンストしたわ」

 Nさんはそう言って苦笑した。友人達からは冷やかした笑い声が漏れた。

「安い中古だし仕方ねーだろ」

 エンストしたがヘッドライトはついている。電気系統は大丈夫そうだ。Nさんはエンジンをかけ直そうとして、ふとバックミラーを見た。

 後方の暗闇に跳ねるように二つの小さな明かりが見えた。一瞬カーブで消えて、また現れる。山頂から車が下りてきたのだとわかった。

「やべ、後ろ来た」

「は? マジ?」

 Nさんは慌ててハザードランプを点灯させた。ブレーキペダルを踏み込みながらミラーを見ると後ろの車はスピードを落とすことなく走ってくる。車体は見えないが上部にもう一つ小さな明かりがついているのがわかった。タクシーの行灯あんどんだ。

 ぶうん、とエンジンがかかる。Nさんは必死で霊園の門の方へハンドルを切った。体が左に引っ張られ、助手席の友人が窓ガラスに頭の横をぶつけた音がした。

 追突を免れたNさん達の車の斜め前に、黒いタクシーが停車した。誰も降りてこない。いや、行灯が点灯しているということは客を乗せてはいないのだろう。タクシーはまるで客待ちのように停車していた。

 運転席のNさんの真後ろに座っていた友人が窓を開けた。彼は肩から上を窓から乗り出すようにして、タクシーに向けて叫んだ。

「危ねーだろ! バーーーカ!!」

「おい、やめろよ」

 Nさん達が制止したのと、タクシーが再び走り出したのはほぼ同時だった。

 全員が口をつぐんで、真っ赤なテールランプと黄色い行灯がカーブを曲がって消えるのを見送った。後にはNさんの車の明かりだけが、真っ暗闇の中に取り残されたようになった。

「……何かしらけちまったし、もう帰るか」

 Nさんの言葉に誰も反対しなかった。


 Nさんの真後ろの席に座っていた友人は、翌日から大学を休み、連絡も取れなくなった。後日、霊園のある山の緩やかなカーブの下で遺体で発見されたそうだ。

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