第6話 決意



 合格したライドとフィーニスが向かったのは、アストレア竜騎士学園の男子寮だった。重厚な木造の扉をくぐると、中は広々としており、温かみのある家具や柔らかな照明が彼らを迎えてくれる。窓からは中庭が見え、その向こうには女子寮が別の建物としてそびえていた。


「男子寮と女子寮は完全に分かれてるから、間違っても女子寮に近づくんじゃないよ!」

 案内役の男子寮長――リュークは、大きな体を揺らしながら派手な仕草で説明していた。


「リュークさん、それって誰に言ってるんですか?」

 控えめな声で尋ねたフィーニスに、リュークは指をくるくると回しながら笑みを浮かべた。

「みんなにだよ~! でも特に、君みたいな元気な子には注意が必要だからね、ライド君?」


「いやいや、俺はそんな心配いらねぇよ!」

 ライドが笑い飛ばすと、リュークはさらにおどけてみせる。

「まぁまぁ、そう言うけど、うちの男子寮では何かあったら全部私が面倒見るから安心してね! みんな私のことは“ママ”って呼ぶのよ~!」


「マ、ママ!?」

 ライドは思わず声を上げたが、他の寮生たちは自然とリュークを「ママ」と呼び、親しげに接している様子だった。


「リュークさん、世話好きすぎてママって呼ばれてるらしいよ」

 フィーニスが小声で教えてくれると、ライドは少し戸惑いながら笑った。


 寮に足を踏み入れると、すぐに他の先輩たちが出迎えてくれた。広間には簡単な歓迎会が用意されており、テーブルには果物や菓子が並べられていた。


「新入生の歓迎だ! 遠慮なく食えよ!」

 陽気な先輩が声を上げ、ライドとフィーニスを促す。


「いや~、いい場所じゃねぇか!」

 ライドは早速果物を手に取り、豪快にかぶりついた。


 談笑が広がる中、一人の先輩がふとライドに尋ねた。

「そういえば、お前のフルネームはなんだ?」


「俺はライド・エヴァンスだ」


 その瞬間、会話が止まり、先輩たちの視線が一斉にライドに集まった。


「エヴァンスって……竜将軍の……?」

「まさか、レオン・エヴァンスの息子か!?」


「そうだけど、それがどうかしたか?」

 ライドが不思議そうに答えると、先輩たちはさらに驚きの声を上げた。

「竜将軍の息子が寮にいるなんて……!」


 しかし、にぎやかな雰囲気はすぐに変わる。ライドがふと思い出したように口を開いた。

「それより、ドラゴンスレイヤーとか竜殺しってなんなんだ? よく話題に聞こえて来たんだが」


 その言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。


 リュークが重々しい声で答えた。

「ライド……それは、この国では禁忌中の禁忌よ」


「禁忌って……どういうことだよ?」


 フィーニスが控えめに口を開く。

「かつて、竜狩りっていう一族がいたんだよ」


「竜狩り……?」

 ライドが眉をひそめると、フィーニスはゆっくりと続けた。


「その一族は、竜を狩って食べていたと言われている。竜を食べることで、その力を取り込むと信じていたらしい。でも、それはあまりにも残酷で、この国では許されない行為だった。だから、竜狩りの一族は滅ぼされたんだ」


「滅ぼされた……殺されたのか」

「そう」

 フィーニスは間を置き、ためらいながら続けた。

「君のお父さんがね」


「……えっ?」

 ライドの思考が止まる。周囲のざわめきが遠ざかり、フィーニスの最後の言葉だけが頭の中で何度も反響していた。


「君のお父さん、レオン・エヴァンスは竜狩りの一族を滅ぼした英雄なんだ」


 歓迎会が終わり、ライドとフィーニスは男子寮の部屋へ案内された。

 フィーニスは部屋に荷物を置くと、気まずそうに切り出す。

「ライド君……僕、着替えとか恥ずかしいから、お手洗いで済ませるね」


「あ、ああ……好きにしろよ」

 ライドは戸惑いながらも笑い、フィーニスを見送った。

「都会っ子ってのは、ああいうもんかね……」


 一人部屋に残されると、ライドはベッドに腰を下ろし、頭を抱えた。


「竜狩りの一族が、父さんに殺された……?でも、俺は竜騎士だった父さんの子だよな……?」


 頭の中で、先ほど聞いた言葉が反響する。


「俺の血の中に、竜狩りの一族の影響がある……?くそっ、訳わかんねぇ!」


 両手で頭をかき乱しながら、深いため息をつく。


「……関係してるとしたら、見たこともない母さんの方か?でも、俺を育ててくれたのは……」



 その時、窓の外から風に乗って、かすかな歌声が聞こえてきた。


「――この歌!」


 幼少期に聞いた育ての親から聞いた子守歌とそっくりだった。ライドは窓を開け放ち、歌声の方角を探る。


 歌は男子寮と女子寮の間にある中庭の噴水広場から聞こえてきた。急いで部屋を飛び出し、広場へと向かう。


 そこには、月明かりに照らされた一人の少女がいた。銀色の髪と青い瞳が幻想的な光をまとっている。


「……ミア?」


 ライドが声をかけると、ミアは振り返り、静かに彼を見つめた。


「その歌……どうして知ってるんだ?」

 ライドの問いに、ミアは小さな声で答える。

「……知らない。ただ、ずっと頭の中に流れてた」


 周囲を見回したライドは、誰もいないことを確認すると、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ、ミア……お前に聞きたいことがある」


 ミアは答えず、じっと彼を見つめている。ライドは一呼吸置いて、核心に触れた。

「どうして、お前はここにいるんだ?」


 その問いに、ミアはかすかに首を振った。

「知らない。物心ついたときには、もうここにいた。学園長……おじいちゃんに、ここにいろって言われてた」


「そうか……お前も訳ありなんだな」


 ライドは軽く笑おうとしたが、心のどこかでミアの言葉が引っかかっていた。彼女の静かな声と表情には、どこかしら孤独が漂っていたからだ。


 ふと、ライドは胸元に目をやる。先日の戦いで開いたはずの傷が、今では完全にふさがっているのを見て、彼は思い出した。


「そういえば、あの時ミアが助けてくれたんだよな」


 彼が視線を上げると、ミアはじっとこちらを見つめていた。


「どうして助けてくれたんだ?あの時、逃げればよかったのに」


 ミアはまたしても首を振る。小さな声で答える。

「わからない。でも……どうしてもあなたを助けてほしい、って声が聞こえてきた。だから、助けた」


「声……?」

 ライドは眉をひそめる。


「どうやって助けたのかも、私にはわからない。ただ、その声に従っただけ」


 ライドはミアの言葉にしばらく考え込む。

「あの竜騎士が言ってたよな……『竜心の盟約』だって」


 彼は思い出すように呟いた。

「俺もドラゴンの研究書を片っ端から読んでるけど、そんな記述はどこにもなかった。……フィーニスなら知ってるか?あいつ、竜狩りとか詳しかったし」


 だが、すぐに彼は首を横に振る。

「いや、また余計な心配をかけるだけか……」


 彼の独り言に、ミアは何も言わなかった。ただ、彼をじっと見つめている。


 しばらく沈黙が続いた後、ミアが口を開いた。

「……私、そろそろ戻る。あなたも早く戻ったほうがいい。明日から授業がある」


「ああ、わかった。……本当にありがとうな、ミア」


 ライドの素直な言葉に、ミアはほんの少しだけ目を伏せた。そして、そっけない調子で答える。

「……別にいい」


 そう言うと、ミアは再び女子寮の方向に歩き出した。彼女の背中はどこか小さく見えたが、ライドはそれを追わず、ただ見送った。


「考えても仕方ねぇか……」

 ミアが姿を消した後、ライドは噴水の前で静かに呟いた。


「竜殺しとか、親父のこととか、ミアのこと、あの歌……いろいろあるけど……」


 彼は自分の胸を叩くようにして息を吐いた。そして、力強く拳を握る。

「俺は竜騎士になるためにここに来たんだ。それだけは変わらねぇ!」


 そう心に誓いを立てると、ライドは男子寮の方へと歩き出した。月明かりが彼の背中を静かに照らしていた。


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