第3話 運命を共にする盟約
深い夜の森。アストレア竜騎士学園のすぐ脇に広がるこの場所は、人目を避けるには最適だった。
追放されたライド・エヴァンスは、森の中で焚き火を囲みながら野宿の準備を整えていた。
「ふぅ、ここなら誰にも文句言われねぇし、野宿には慣れてるからな」
持ってきた包みから干し肉を取り出し、簡単な夕食を済ませる。辺境の山で育ったライドにとって、これくらいの環境は日常茶飯事だった。
だが、心の奥では、追放された現実への悔しさが消えずに燻っていた。
「でも、どうするかな……学園に戻る方法、考えないと」
星空を見上げながら呟くライド。冷たい夜風が彼の頬を撫で、心細さを煽る。それでも彼は、諦めるつもりはなかった。
「俺が諦めるかってんだ。絶対竜騎士になってやる!」
自分を奮い立たせるように叫ぶと、焚き火を少し掻き立てて炎を高くする。
しばらくして、静寂を破るように遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「ん? なんだ?」
ライドは音のする方向に目を凝らす。学園脇の高い柵の近くに止まった馬車。その近くには黒いフードを被った男たちが何か大きな袋を担いでいた。
「……あの袋、動いた?」
視力の良いライドには、その袋が微かに揺れる様子がはっきりと見えた。
「まさか、誘拐か!?」
学園には貴族たちも通っているという話を聞いていたライドは、直感的にそれを確信した。
「放っておけるかよ」
低く息を吐き、森を駆け抜ける。
ライドは馬車に近づき、男たちの動きを観察しながら考えを巡らせた。
「まずは馬車を止めないと……御者を狙うか」
地面に落ちていた石を拾い、全力で御者に向けて投げつけた。
「うわっ!」
御者が崩れ落ち、馬車がその場で停止する。
男たちが馬車の異変に気づき、慌てて様子を確かめる隙を見計らい、ライドは袋を抱えて走り出した。
森の奥に入り、ライドはようやく袋を地面に下ろした。
「ふぅ……重かったな。でも、一体何が……」
袋を慎重に開けると、中には銀髪の少女が横たわっていた。青白い肌と小さな体が微かに動いている。
「おい、大丈夫か?」
ライドが声をかけると、少女の瞼がゆっくりと開いた。その青い瞳がライドを見つめる。
「……ん?」
彼女の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚え、ライドは戸惑う。しかし次の瞬間、彼女の瞳に恐怖が宿る。
「お、おい! 俺は助け――」
ライドの言葉を遮るように、少女は急に立ち上がり、森の奥へと走り出した。
「待てってば! なんで逃げるんだよ!」
ライドは慌てて追いかけるが、少女の足は思った以上に速い。
「くっそ、なんでこんなに速いんだよ……!」
木々を掻き分けながら走るライド。その途中、再び黒いフードの男たちが現れ、行く手を阻んだ。
「やっと追いついたぞ……!」
男たちは少女の腕を掴み、無理やり押さえつけていた。
「やめろ!」
ライドは叫びながら突進し、一人の男に体当たりを仕掛けた。
「ぐっ……何だこいつ!」
バランスを崩した男の隙に、ライドは少女を引っ張り出す。
「怖かったよな、大丈夫だ。今のうちに逃げ――」
しかし、男の一人が筒状の武器を取り出した。
「我らの使命を邪魔するな!」
轟音とともに弾丸が発射され、ライドの胸を貫く。
「ぐっ……!」
心臓部分に大きな穴が開き、ライドは地面に倒れた。
「おい、それは試作品だぞ! 人間相手に使うなんて……!」
別の男が撃った男を怒鳴る。
「仕方ないだろ! 邪魔だったんだ!」
「……音を聞かれたらどうする! 学園の竜騎士が来るぞ!」
怒号が飛び交う中、ライドは朦朧とした意識の中で呟く。
「こ……こんなところで……俺はまだ……竜騎士に……」
ライドの倒れる姿を見た少女は、その場で膝をついた。彼女の頭の中で、誰かの声が響く。
「お願い……彼を助けて……」
「誰……?」
少女は声に導かれるように、震える手でライドの胸に触れた。そこには大きな穴が開き、冷たい空気が漏れ出していた。
「彼を助ける……私が……?」
声に導かれるように、少女は震える手でライドの胸に触れ、自分の心臓部分に彼の手を当てた。
「……汝の命を分かち合い、運命を共にする……竜心の盟約をここに結ぶ」
青白い光が少女の手から溢れ、ライドの胸の傷を包み込んだ。傷口がふさがり、鼓動が戻ってくる。
「……ん……?」
ライドは微かに瞼を開いた。自分の胸を触ると、そこにあったはずの穴がなくなっている。
「なんだ、これ……? 生きてる……?」
彼は視線を上げ、目の前の少女を見た。
「お前が……助けてくれたのか?」
ライドがそう尋ねると、少女は怯えた様子で小さく頷いた。
「ありがとう……本当にありがとう」
ライドは深く礼を言い、彼女を守るように立ち上がった。その瞬間、体中に力がみなぎるのを感じた。
ライドが礼を言う間もなく、男たちが再び武器を構える。
「……な、なんだこいつは!」
再び放たれた弾丸。しかしライドはその軌道を捉え、軽々と回避した。
「このガキ、何者だ!?」
ライドは拳を握り、男たちに向かって突進する。
「お前らなんかに、もう好き勝手させるか!」
ライドは拳を振ると、勢いよく筒状の武器を持った男は吹っ飛ばされた。
そのあまりの衝撃に男は気絶しているようだ。
「くそっ、撤退だ!」
男たちは恐怖に駆られ、気絶した男を連れながら逃げ去った。
それと追おうとしたライドだったが、少女を助ける方が先だと思い、追う事をやめた。
ライドは少女を守りながら森を抜けようとしたが、その時、空からドラゴンが舞い降りた。
その背に乗る甲冑で身を包んだ竜騎士が槍を構え、ライドに向かって叫ぶ。
「その少女に何をした!」
「違う! 俺は――」
ライドが弁明する間もなく、竜騎士が槍を突き刺そうとする。だが、その時、ドラゴンが低い唸り声を上げた。
「待て、その子と『竜心の盟約』を交わしている。この少年を殺せば少女も死ぬ」
竜騎士は槍を下ろし、険しい表情でライドを見つめた。
「……仕方ない。お前を連行する」
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