第21話 クリスマスデート③

「い、いや……僕たちは、その……」


「いいからいいから! 折角ですし、恥ずかしがっちゃ損ですよ!」


 イケイケのカップルに押されるように、リリィたちはベンチに腰を下ろした。背後には、大きなハート型の電飾がきらきらと輝いている。


 ……ちょっと待ってよ! これじゃまるで、リリィたちは――!


「撮りますよー! もっとお互い近づいてー!」


 パシャパシャと、シャッター音が響き渡る。その時間は、永遠とも思えるくらい長く感じた。


 撮られた写真を凌と一緒に確認する。画面には、顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いている二人が映っていた。


「あ、あはは……僕たち、顔真っ赤……。あの人、フラッシュ焚きすぎでしょ?」


 凌は恥ずかしさを紛らわすように笑っている。しかし、リリィの心にはそこまでの余裕がなかった。


「ご、ごめん……ちょっとお手洗いに行ってくるから、凌はここで待ってて!」


「あっ、リリィ!?」


 熱く火照った顔を隠すように、リリィは一目散にその場を離れた。



 ……あぁ、逃げて来ちゃった。


 リリィは、熱を冷ますように顔をパタパタと仰ぐ。心臓が弾みすぎて、今にも口から飛び出しそうだ。


 まさか、あんな写真を撮るなんて……。周りから見たら、リリィたちは完全にカップルそのものだ。


「くっ……うぅ……」


 リリィは恥ずかしさのあまり、子犬のような声を漏らす。そんな彼女をよそに、周囲の人間たちは次々と通り過ぎていく。


 ……それにしても、みんなすごく楽しそうだな。


 今夜は妙にカップルが多い。そして、誰一人暗い顔をしている者はいない。みんなそれぞれ、幸せそうな笑顔を咲かせていた。

 

 ここでリリィは、再び魔王の言葉を思い出す。


「自分の気持ちに、素直に……」


 ……そうだ、何を気にしているのよ? 周りだって、みんな同じようなことをしてる。何も恥ずかしいことなんてない。きっと、今夜はそういう魔法がかかっているんだ。


 大丈夫。今日は、いっぱい楽しむって決めたんだから。凌との時間を、もっと大切にしなきゃ……!


 リリィは大きく深呼吸をして、凌の元へと歩き出した。



「凌、お待たせ……」


 周囲をキョロキョロと見渡す。しかし、彼の姿が一向に見当たらない。


「凌……?」


 周りはみんな、知らない人間ばかり。隣に凌がいない……ただそれだけで、リリィの心にポッカリと穴が空く。孤独感が、荒波のように押し寄せてくる。


 ……ど、どうしよう。凌と逸れちゃった。


「凌! どこなの!? 凌!」


 周囲の人間が、心配そうな目を向けている。しかし、誰一人として凌の居場所を教えてくれる人はいない。


「そうだ! 凌の精力を辿れば……!」


 リリィは目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。サキュバスとしての『嗅覚』、そして『勘』を頼りに、凌の居場所を炙り出そうとした。しかし――。


「……駄目。周りの男たちの精力が強すぎて、彼の居場所を見つけられない」


 どういうわけか、ここにいる男たちはみんな性欲が高まっている。言うなれば、全員に『バフ』がかかった状態だ。今夜は、何か特別なイベントでもあるのだろうか……?


 とにかく、これでは凌を探し出すことができない。一体どうすれば――。


「ねぇ見た? さっきの不良たち。怖かったねー」


「一人、男の子が裏路地に連れていかれたよ。あれ、絶対カツアゲだって」


 人間たちの会話が、リリィの耳に飛び込んできた。男の子が、裏路地に……。もしかして……!


 嫌な予感がする。リリィは人混みをかき分け、一目散に走り出した。



「舐めてんじゃねーぞ、ボンボンが! 高そうなカメラ持ってるくせに、金はこんだけしか持ってねーのかよ!?」


 人気のない裏路地にて。大柄な金髪男が、黒髪の男――凌を睨みつけている。その周りには、5人の取り巻きがいた。


「これ以上は……その……無理です」


「あぁ!? 言ったよな!? 有り金全部よこせって。聞こえてなかったのかよ!?」


 金髪の男が、凌の髪を引っ張る。凌の顔が、苦痛に歪んでいく――。


「待ちなさいよ!」


 リリィの声に、その場にいる全員が振り向いた。リーダー格の金髪男が、威嚇するようにリリィに詰め寄る。


「あぁ!? なんだ姉ちゃん、何しに来たんだ!?」


「その男を……離しなさい!」


「うるせぇ! お前には関係ないだろうが!」


「大アリなのよ!」


 リリィは男を睨み返しながら、ゆっくりとジャケットを脱ぎ捨てる。ショートキャミソールにホットパンツ、寒いクリスマスには不釣り合いな格好だ。


「彼……私のボーイフレンドだから!」


 少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに叫ぶ。そして、露出した肌に魔力を込め、彼らを魅了する準備を整えるのだった。

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