第21話 クリスマスデート①

 寒空の下、赤や緑の装飾が施された大通りを、凌と並んで歩く。


 この前お好み焼きを食べたのも、この辺りだったはずだ。そのときと比べて、人の数が二倍くらい増えている。それも男女二人組の割合が圧倒的に多い。みんな幸せそうな顔で、寄り添いながら歩いていた。


 今日はクリスマス・イブ――クリスマスというイベントの前日だそうだ。リリィは文献でちらっと読んだことがある。『赤い服を着たおじさんが、鶏肉をばら撒くお祭り』だったような……?

 まだ昼間だというのに、こんなにも賑わうなんて。やはり人間という生き物は、お祭り好きが多いらしい。


「な、なんか……カップルが多いね」


 凌は小声で呟きながら、ダウンジャケットのポケットに手を隠した。歩くたび、肩にかけたショルダーバッグが小さく揺れている。


「そうね……」


 手を繋ぐわけでもなく、かといって離れて歩くわけでもない。程よい距離感。……周りの目には、リリィたちはどう映っているのだろうか?


 ふと、魔王様の言葉を思い出す。自分の気持ちに素直に……リリィのやりたいことを……。


「ねぇ、凌――」


 一歩彼に近づき、顔を覗き込む。大きく見開かれた目を見つめながら、リリィは満面の笑みを浮かべた。


「今日は、いっぱい楽しもうね!」


「う、うん……!」


 凌は照れくさそうに笑っている。その表情を見ているうちに、リリィの身体はじんわりと温かくなっていった。



 リリィたちがやって来たのは、『ラウンド・ニャン』というお店。ここでは『ボーリング』というゲームが遊べるらしい。


「リリィ、ボーリングは初めて?」


「うん」


「そっか。じゃあ先に僕が投げるから、よく見てて」


 凌はレーンの前に立つと、腰を落とし、ゆっくりと助走を始める。そして腕のしなりを使い、ボールを転がすように前方へ投げ出した。


 レーンの表面をスムーズに転がるボールは、一直線にピンの中心へと吸い込まれる。そして乾いた音と共に、10本のピンを全て弾き倒した。


「今みたいに、このボールでなるべく多くのピンを倒すんだよ」


 凌は得意げな表情で説明する。彼は今、一回投げただけで全てのピンを倒した。きっとこれが最高得点なのだろう。


「……上手なのね」


「あ、うん。たまに一人で練習してたから……」


 凌は照れくさそうに目を逸らす。テレビゲームをしているときも思ったが、彼の楽しそうな顔はいつまでも見ていられる。


 でも、リリィだって負けてられない。エリートとしてのプライドに火がつく。なんであれ、勝負事には全力で勝ちにいきたいのだ。


「……あのピンを、全て倒せばいいのよね?」


「そうだよ。頑張って」


 凌の応援を背中に受けながら、リリィはレーンの前に立った。深呼吸をして、集中力を研ぎ澄ませる。……大丈夫、私ならやれる。


「見てて、凌!」


 リリィは大きく振りかぶった。――そう、まるで野球のピッチャーのように。

 高く上げた脚を、大きく前に踏み出す。ボールを持つ腕が、大きな弧を描いていく。


「ちょっ……リリィ!?」


 凌は慌てて止めようとしたが、手遅れだった。


「おりゃあぁ!!」


 豪快なオーバースローで放たれたボールは、鋭い回転を纏いながら空気を切り裂くように進む。直後、爆発音のような音とともにピンを全て破壊した。


「あぁ……」


 レーンに散らばったピンの残骸を見て、凌の顔がみるみる青ざめていく。周囲のお客さんたちも、みんな手を止めてリリィに注目していた。


「やった! どう? ざっとこんなものよ!」


 ……ふふっ、このエリートにかかれば、こんな球遊びなんて――。


「ち、違うよ、リリィ! ボーリングは、下から優しく投げないと!」


「へっ?」


 リリィは頭にハテナを浮かべながら首を傾げる。その直後、彼女が投げたボールが戻ってきた。……真っ二つに割れた状態で。



「いい? 絶対に、上から投げちゃダメだからね!」


「わ、分かってるわよ」


 ……まったく、わざわざ力を制御しなきゃいけないなんて。人間の遊びは繊細なのね。


 リリィは再びレーンの前に立つ。下から、下から……そう自分に言い聞かせながら、再び脚を大きく上げた。そのまま大きく前へ踏み込み、ボールを持つ右手を下へ、さらに後ろへと引く。彼女の腕が、独特な弧を描きながら地面を掠める。


「リリィ!?」


 凌は慌てて止めようとしたが、やはり手遅れだった。


「それっ!」


 華麗なるアンダースローで放たれたボールは、地面すれすれを這うように進む。直後、またしても爆発音のような音を響かせながら、ピンを全て破壊した。


「やったぁ! 凌、また全部倒したわ!」


「だから! なんで野球になっちゃうのさ!?」


「あれ? またボールが割れてる。これ、使い捨てなの?」


「そんなわけないでしょ!」


 この調子で、リリィは見事パーフェクトを叩き出すことができた。しかし1ゲームを終えたところで、二人はお店を追い出されてしまった……。

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