第20話 魔王様ごめんなさい!
「リリィよ」
「はい、魔王サタニア様」
「先日の邪鬼討伐、大義であった」
リリィは再び魔王城へ呼び出されていた。魔王から賞賛を受けているが、なぜか彼女の表情は曇っている。悔しそうに唇を噛み締めていた。
……違う。邪鬼を倒したのは私じゃない。
「魔王様、一つご報告がございます。……邪鬼討伐の際、妙な男に出会いました」
「妙な男……?」
「はい。やつは強大な力をもち、多くの邪鬼を一人で討伐してしまいました。歳は私と同じくらいで、冒険者のような格好。そして――」
リリィは一呼吸置いて、少し間を取る。
「お祭りがどうとか言ってました」
「お祭り……だと!?」
魔王の声色が一段階低くなった。『お祭り』という単語を聞いて、とある人物を思い浮かべたのだ。
玉座から立ち上がり、腰に下げていた魔剣を抜く。それだけで、謁見の間の空気がガラリと変わった。まるで重力が何倍にも膨れ上がったような、重く荘厳な空気に……。
「リリィ。もしやその男……勇者ではないのか!?」
「私も最初はそう思いました。しかし、奴は私に一瞬で魅了され、挙げ句の果てにプロポーズまでしてきたのです。そんな男に、果たして勇者が務まるのでしょうか?」
「ふむ……それは確かに勇者ではないな」
魔王は魔剣を鞘に納め、再び玉座に腰掛けた。
「ですが、まだ気になることがありまして……。奴は異世界がどうとか話していたのです」
「異世界だと!? やはりその男、勇者ではないか!」
「はい。ですが、奴は私の回し蹴りでいとも簡単に気絶しました。勇者と呼ぶには、余りにも拍子抜けです」
「なるほど……。それなら、勇者ではないのか」
「ですが魔王様。さらに妙な点がありまして――」
「なに!? やはり勇者ではないか!」
「しかしながら――」
「なんだと!? ならば勇者ではないということか!」
このようなやり取りが何度も続き……。最終的に、例の男の正体は、お祭りに命をかける『お祭り男』だという結論に落ち着いたのだった。
「話は変わるが……。例の男子高校生の件、
再び玉座に腰を下ろした魔王は、リリィを見下ろしながら問いかける。
「それが……まだ何も進んでおりません」
「ふむ、そうか……」
……あぁ。きっと今、魔王様に幻滅されている。期待外れだと思われてしまっているんだ。
「申し訳……ございません……」
リリィは頭を深々と下げ、拳をギュッと握りしめる。自分の情けなさを痛感し、こめかみの辺りが熱くなった。
「リリィ、
魔王の言葉に従い、ゆっくりと顔を上げる。向けられた視線は、想像以上に柔らかいものだった。
「お主、『迷い』を抱えているな。まるで自分自身を見失っている……そんな目をしているぞ」
……この私が、自分自身を見失っている?
「自分に嘘をついておらんか? 本当の気持ちに……蓋をしておらんか?」
「そ、そのようなこと……私は……」
否定しかけて、リリィは言葉に詰まる。その声はどこか不安定で、目線は宙を泳いでいる。
「何か悩みがあるのなら、遠慮なく申してみよ。精神的に不安定な状態では、十分な魔力を発揮することもままならんぞ」
魔王から向けられた視線は、まるで全てを見透かされているようだった。隠しごとは通じない……そう腹を括り、リリィは自分の思いを語り始める。
「実は……例の男子高校生のことが、気になって仕方がありません。彼と一緒にいると、楽しくて胸が熱くなるのです。彼を魅了したい。でもそれ以上に、できるだけ長く彼の側にいたい……そう思ってしまいます」
「なるほどな……」
「もちろん、このままでは駄目だと分かっています。魔界を勇者から守るためには、この得体の知れない感情を押し殺し、例の男子高校生に立ち向かわなければならない。分かって……いるのです」
魔王は口元に手を当て、少し考え込む。かわいい部下の悩みを解消する、気の利いた言葉を探しているようだ。
やがて大きく咳払いをしたのち、優しい口調で話し始める。
「リリィ、お主はとても勤勉だ。だがそれゆえに、少々堅物すぎる面もある。一度肩の力を抜き、自分の気持ちに素直になってみてはどうだ?」
「私の、気持ち……」
「そうだ。お主のやりたいようにやってみるがよい。きっと、巡り巡って結果はついてくるぞ」
……私の、やりたいように。
リリィは頭の中で想像する。今やりたいこと……凌と、いっぱいおしゃべりしたい。一緒にゲームをしたい。二人でいろんなところに行きたい。隣で……笑っていたい。
その延長線で……最終的に、彼を魅了したい! 脳内をリリィで埋め尽くして、リリィのことしか考えられなくしてやりたい!
まだ、完全に迷いが晴れたわけではない。それでも、リリィは決意を込めて立ち上がり、気合を入れるように自分の頬を叩く。
「――魔王様、ありがとうございます! リリィ、地球へ行って参ります!!」
謁見の間から立ち去るリリィ。その足取りは、これまでになく力強いものだった。
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