第19話 マリリン観察日記①
◯12月1日 くもり
マリリンが凍りついて3日が経った。今は僕の家の玄関に飾られている。まるで氷像のように固まり、指先ひとつ動くことはない。青白く染まった身体は、いまだに白い冷気をまとっている。
今日一日、溶ける気配はまったく感じられなかった。
◯12月2日 晴れ
今日は比較的暖かい一日だった。玄関の日当たりも良好だ。しかし、凍ったマリリンはまったく溶けなかった。いや、むしろ溶けた端から再び凍りついているように見える。
マリリンの氷像を見て、思わず身震いした。冷気がこちらに伝わってきて、寒さが身にしみる。
全身が凍りつく……もし僕たち人間が同じことになれば、間違いなく死んでしまう。でも、リリィは無事だった。おそらくマリリンも、この状態で生きているのだろう。
魔族って、本当にすごいな……。
◯12月5日 晴れ
今日はリリィが僕の家に遊びに来た。彼女は凍ったマリリンを見て、「あぁ、まだ居たんだ」と一言。
そしてイタズラっぽい笑みを浮かべながら、彼女の前髪を指で弾いた。パリン……という音とともに、凍った前髪が割れて床に転がる。
コンパチ一つで、簡単に砕けてしまうなんて……。前髪だからよかったけど、もし顔や身体が割れたらどうなるのだろう。……考えるだけで怖い。
この氷像、絶対に壊さないよう気をつけなきゃ……!
◯12月7日 雪
昨日から、雪が降り続けている。外はもの凄く寒い。昨晩、マリリンの背中にカイロを貼り付けて寝た。少しでも彼女が暖まるように……。
しかし今朝確認してみると、カイロは丸ごと凍りつき、氷像の一部になっていた。恐る恐る触ってみたが、当然ながら温もりは全くない。それどころか、触れた指先が真っ赤になるほど冷たかった。
これが、『雪精霊の呪い』なのか。マリリンが溶けるのは、まだまだ先になりそうだ……。
◯12月10日 晴れ
学校から帰ると、マリリンの氷像がピカピカになっていた。尾岩さんが丁寧に磨いてくれたらしい。
艶やかで透き通る氷像は、まるで美術作品のように美しい。そして、足元には新しくLEDライトが設置されていた。
夜になると、マリリンの氷像がライトアップされた。赤からオレンジ、黄色から緑、青から藍色、そして紫から赤へ……。七色の光がゆっくりと切り替わる。その光を吸収した氷像は、妖しいほどの輝きを放つ。それはまるで、幻想的なイルミネーションのようだった。
そういえば、そろそろ広島名物『平ら大通り』のイルミネーションが始まる頃だ。できれば、リリィと一緒に行きたいな……。
◯12月15日 くもり
ついに、マリリンが呼吸を再開した。ぽかんと開いた口から、キンキンに冷えた吐息が漏れている。少しずつ体温を取り戻そうとしているのだろう。
「ぁ……ぁぁ……」
マリリンは何か言いたそうだったが、まったく聞き取れない。ひとまず、彼女の身体にぬるま湯をかけてあげた。
「……ぁ……」
カチカチに凍った舌が、わずかに動いたような気がした。
◯12月17日 晴れ
マリリンの身体から、ぽたぽたと水が滴り落ちる。氷の溶ける速度が少しずつ早まっていた。青白く染まっていた身体は、徐々に本来の色を取り戻しつつある。
しかし、まだ身体を動かすことは叶わない。せいぜい指先をわずかに曲げるくらいだ。
「はっ……ぁ……はぁ……」
相変わらず、マリリンの口から冷たい吐息が漏れている。中途半端に溶けた肺で呼吸をするのは、きっともの凄く苦しいのだろう。
彼女の顔を覗き込む。氷の膜に閉ざされた瞳が、わずかに動いたような気がした。何かを訴えかけるように……。
今日も、彼女の身体にぬるま湯をかけてあげた。
◯12月20日 くもり
「おい……小僧……」
学校から帰ると、玄関で誰かに声をかけられた。振り返るが、そこに人の姿はない。あるのはマリリンの氷像だけ――。
「ここじゃ……ここ……」
なんと、話していたのはマリリンだった。いまだ身体は凍りついており、口を動かすたびにシャリシャリと氷の擦れる音がする。
「杖を……返して……くれんか……? それと……またお湯を……かけてくれ……」
彼女の杖は、僕の部屋に立てかけてある。リリィからは、絶対に返さないようにと言われているのだけれど……。
「頼む……助け……て……」
マリリンはとても苦しそうだった。無理もない。かれこれ3週間以上、ずっと凍ったままなのだから。
しばらく悩んだが、僕は彼女に杖を返すことにした。ついでに、またぬるま湯をかけてあげた。
「あぁ……杖が……」
マリリンは杖を握ろうとした。しかし凍った指先がツルツル滑り、上手く持てないようだ。
「小僧……一緒に……持ってくれ……」
僕はマリリンに協力し、一緒に杖を支えてあげた。彼女は小声で何かを唱え始める。何を言っているのか……その内容は分からない。ただ、彼女が何かを始めようとしているのは感じ取れた。
「――
その言葉とともに、周囲の温度が一気に上昇した。あまりの熱さに、僕は思わず後ろに飛び退く。
直後、彼女を覆っていた氷が一瞬で溶けた。
「……ふぅ。流石に3週間も動かなければ、肩が凝って仕方がないのう」
首をポキポキ鳴らしながら、気だるそうに呟く。その幼い見た目とは裏腹に、彼女の言葉には妙な威厳が漂っている。魔法使いだからだろうか?
「……小僧、随分と世話になったな。きっちりお返しをしてやる、ついて来い」
マリリンは得意げに言いながら、勝手に僕の家にズカズカと上がり込んでいった――。
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