第17話 恋に落ちないと出られない部屋④

 驚いた。まさか二人とも同じ作戦を考えていたなんて。凌は目を大きく見開いている。……きっと今、リリィも同じ顔をしているんだろうな。


「別に私は、恋とか分からないけど……。ただ、二人で力を合わせれば、どうにかなるかなーって思ったの!」


 二人で同時に扉を開ければ、どちらが恋心を抱いているか分からないまま脱出できる。あぁ、なんて天才的なアイディアなのかしら!


「そ、そうそう! 僕たち二人なら、きっと何とかなるよね! なんなら、いっそのこと扉を壊してしまおうよ!」


 ……相変わらず、凌はお馬鹿さんね。相手はあのマリリンだ。力ずくで何とかなるわけがない。彼女の魔法の強力さは、幼馴染であるリリィが一番よく分かっている。


 けれど、凌も同じ作戦を思いついたのなら好都合だ。リリィは凌と顔を見合わせ、互いに大きく頷いた。



 二人並んで扉の前に立ち、手を重ねるようにしてドアノブを握る。ひんやりとした金属の感触と、凌の優しい体温を同時に感じられた。


「じゃあ……いくよ、凌」


「うん……リリィ」


 恐る恐るドアノブを捻り、そのまま前に押し込む。すると――。


 ガチャ。


 扉はいとも簡単に開いた。向こう側には、見慣れた景色が広がっている。


「あ、開いた……!?」


「開いちゃったね……」


 二人してキョロキョロと周囲を見回す。そこは凌の部屋だった。どうやら、リリィたちは無事に戻ってこれたようだ。


 と、いうことは……。


 リリィは凌に目を向ける。彼もまた、リリィをジッと見つめていた。二人の顔が徐々に赤く染まっていく。


 扉が開いた――すなわちそれは、どちらかが相手に恋心を抱いている証拠だ。


「あっ……えっと……」


 リリィは必死に言葉を探す。何か話したいのに、頭がいっぱいで何も出てこない。顔が熱い。心臓が破裂しそうなほどに暴れている。


「あ……その……」


 凌も同じように、言葉にならない声を漏らしていた。気まずい時間が流れる中、静寂を破るように拍手の音が鳴り響く。


「シッシッシ! 脱出おめでとう!」


 マリリンが、ニヤついた表情を浮かべながら現れた。手に光り輝く水晶玉を持って……。


「やっぱり、外から観察していたのね」


「あぁ、実に良いものを見せてもらった。特に、扉が開いた直後のお前さんたちの反応! 我に新しい知見をもたらしてくれたぞ」


 リリィは水晶玉を覗き込む。そこには、扉を開けた直後の自分たちの姿が映し出されていた。


『あ、開いた……!?』


『開いちゃったね……』


 二人の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。熱い空気が、映像越しに伝わってくる。


「人間もサキュバスも、ここまで顔が赤くなるとはのう。お主ら、まるで熟れたトマトみたいじゃ!」


「あ、アンタ……趣味が悪すぎるわよ!」


「まぁまぁ、そう吠えるでない。改めて、脱出した感想でも聞こうかの。どうじゃった? 心の距離は縮まったか?」


 感想を尋ねられたリリィたちは、しどろもどろになりながら答えた。


「ど、どうって……。私は別に、恋なんてしてないから!」


「ぼ、僕だって……! 未だに、なんで扉が開いたのか分からないよ」


「おぉ、そうかそうか。うむうむ、良い良い」


 マリリンの煽るような態度に、リリィは苛立ちを覚える。この握りしめた拳で、思いきりぶん殴ってやりたい。

 ……いや、我慢よ、我慢。ここでムキになってしまったら、凌への恋心を認めたみたいになっちゃうから。


 大きく深呼吸をして、怒りを鎮める。一旦落ち着こう。冷静に考えれば、凌の方がリリィに恋している可能性だってあるんだ。大丈夫。リリィは凌に惚れてなんかない。惚れてなんか――。


「……まぁ、初めから扉に魔法なんてかけてなかったんじゃがの」


「「……は?」」


 マリリンの一言に、リリィと凌は凍りついた。


「『恋に落ちないと出られない』……それ自体が嘘だったと言っておるのじゃ。お主らが勝手に信じ込んでいただけの話よ」


 え、嘘なの……?


「なに……それ? 私たちの気持ちは……何だったのよ?」


「まぁ良いではないか。結果的に、お主ら二人の親密度は上がったのじゃから」


 あれだけ恥ずかしい思いをして、心臓がはち切れそうなほどドキドキしたのに……。それが全て無意味だったなんて……。


 リリィの怒りは、ついに頂点に達した。胸の奥から、マグマのように熱い憤りが込み上げてくる。

 凌もまた、険しい表情でマリリンを睨みつけていた。彼も珍しく怒っているようだ。


「さて……研究は終わったし、我はそろそろおいとまするかの」


 マリリンは欠伸をしながら、そそくさと立ち去ろうとしている。だが、そんな彼女をリリィが見逃すはずもなかった。


「……待ちなさいよ」


 リリィは不気味な笑みを浮かべながら、片手でマリリンの顔を掴む。彼女の口を塞ぐように……。


「なっ、なにをする……!?」


「これで、いつでも詠唱を邪魔できるわ。魔法さえ使えなければ、アンタなんて怖くもなんともない。……凌。マリリンの両手を押さえて。万が一にも抵抗できないようにね」


「……分かった」


 凌はマリリンに近づき、彼女の両手をしっかりと押さえた。


「おい、なんのつもりじゃ!? 離せ!」


「……ごめん、ちょっとだけ大人しくしてて」


 凌の口調は至って穏やかだ。しかし、決してマリリンを解放することは無かった。


 リリィはゆっくりとマリリンに近づき、ポケットから小袋を取り出す。中には、マリリンから譲り受けた魔法グッズ――『雪精霊の卵』が入っていた。

 そしてにっこりと笑いながら、マリリンの口を無理矢理こじ開ける。


「マリリン、ごめんね。せっかく貰ったのに、たくさん余っちゃったの。10粒くらいあるかなぁ……もう使わないから、全部返すね」


 3粒食べただけで、全身が凍ってしまうほどの代物だ。全て食べたらどうなるか……。想像するのも恐ろしい。


「おい、よせ! そんなにたくさん食べたら、我は――!」


「はい、あーん!」


「やめ……やめろおぉぉぉ!!!」



 身体の芯まで凍りついたマリリンの氷像は、しばらく凌の家の玄関に飾られることとなった。

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