第17話 恋に落ちないと出られない部屋②

 未だ抱き合ったままのリリィと凌を見て、マリリンがニヤリと笑う。


「ふん、仲良く密着しおって。さてはお取り込み中じゃったか?」


「はっ……!?」


 リリィは顔を真っ赤にして、慌てて凌の身体から離れた。


「シッシッシ! やはりお主らの関係性は実に興味深い。これは研究が捗りそうじゃな!」


 キャッキャとはしゃぐマリリン。まるで幼い子供のような仕草を見て、凌は首を傾げた。


「誰? あの子供……」


「こ、子供じゃないわい! 我が名はマリリン、魔界随一の天才魔法使いじゃ! 覚えておけ!」


 マリリンは噛み付くように自己紹介をし、場を仕切り直すように咳払いを一つ。


「こほん。ルールは簡単じゃ。この部屋の扉は、恋をしている者にしか開けることができん。つまり……お主ら二人のうち、どちらかが相手に恋心を抱かなければ、この部屋からは出られんぞ」


 『恋に落ちないと出られない部屋』――それは、マリリンが作り出した特殊な魔法空間だった。あまりにも一方的すぎる状況に、リリィは怒りをあらわにして詰め寄る。


「ちょっと待って、意味わかんないんだけど! いきなり現れたと思ったら、私たちをこんな部屋に閉じ込めて……。こ、恋心を抱くって、具体的にどうすればいいのよ!?」


「それは自分で考えるんじゃな。お主らがなにを考え、どのような行為を行うのか……。実に興味深い研究テーマじゃ! 我はじっくり観察させてもらうぞ」


「あんた……まさか私たちを使って、実験しようってわけ!? ふざけんじゃないわよ!」


 リリィは怒鳴りながら、身体を大きく捻り、マリリンに強烈な回し蹴りをお見舞いしようとした。しかし――。


「……リリィよ、覚えておけ。ゲームマスターに逆らう者は、真っ先に消される。デスゲームのお約束じゃ」


 マリリンに直撃する寸前で、リリィの身体がピタリと止まった。いや、正確には固まってしまった。マリリンの魔法によって、彼女は一瞬で石にされてしまったのだ。


「この部屋では、我は無詠唱で魔法を使える。抵抗しようとしても無駄じゃぞ」


「……」


 リリィは返事すらできない。歯を食いしばり、足を振り上げたポーズのまま、ゆらゆらとその場で揺れているだけ。身体の芯まで石に変わり、無防備な石像となっていた。

 そんな今にも倒れそうな彼女に向け、マリリンはゆっくりと手を伸ばす。


「そういえば、先日お前さんに泣かされた仕返しをしてなかったな」


 手に魔力を込め、石化したリリィのおでこにコンパチをお見舞いした。衝撃が全身に伝わり、リリィの石像に細かい亀裂が入る。そして――!


「うわっ!? リリィ!?」


 凌が驚き、その場に尻餅をつく。石化したリリィの身体が、木っ端微塵に砕け散ったのだ。ガラガラと音を立てて崩れ……リリィが居た場所に、瓦礫の山が出来上がる。

 マリリンはゆっくりとしゃがみ込み、石のかけらを一つ拾い上げた。瞳の輝きを完全に失い、灰色の塊となったリリィの大きな目。まつ毛の一本一本まで、しっかりと石になっている。


「どうじゃ? 久しぶりに石にされた気分は? 文字通り手も足も出んじゃろう?」


「……」


 リリィに向けて語りかけているが、もちろん彼女からの返事はない。この状態で、どこまで声が届いているのか……それはマリリン自身にも分からなかった。


 マリリンは再び手に魔力を込める。そして、まるで泥団子を壊すように、リリィのかけらを思いきり握りつぶした。


「あ……そ、そんな……リリィ……」


 凌は言葉を失っている。無理もない。目の前でリリィが石になり、粉々に砕け散る。……それは人間の彼にとって、あまりにも衝撃が強かったのだ。


 震える凌を見て、マリリンはため息をつきながら彼をなだめた。


「……まぁ、そんなに慌てるでない。これは我とリリィの、いつもの喧騒じゃ。昔から、よくこうしてじゃれあっておる」


「む、昔から……?」


「そうじゃ。なんせ我らは幼馴染じゃからな」


 パンパンと、手についた砂利をはたき落とす。そして指をパチンと鳴らして魔法を発動した。すると、瓦礫の山となっていたリリィの身体が、元通りになっていくではないか。

 それはまるで、積み木を積み上げていくように……。ものの数秒で、リリィの石像は元の形を取り戻した。


 さらにもう一度、マリリンは指をパチンと鳴らす。そしてリリィを石化の呪いから解放した。


「――わっ!?」


 突然身体が動くようになったリリィ。思わずバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。すぐさま凌が駆け寄る。


「リリィ! 大丈夫!?」


「いたた……」


 リリィはゆっくりと立ち上がると、自分の両手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返した。石化から解放された身体の動き、そして柔らかさを確認するかのように……。


 そしてとある『異変』に気づいたリリィは、マリリンを強く睨みつけた。


「ちょっとマリリン! 石化から戻すときは、きちんと元通りにしてって言ったでしょ!?」


「ん? ちゃんと元に戻したつもりじゃが……不満か?」


 キョトンとした様子で首を傾げるマリリン。リリィは自分の背中を指差し、彼女に猛抗議した。


「いつもいつも、羽が左右逆になってるのよ!」


「ぷぷっ。あぁ、すまんかったな。……ほれ、これで元通りじゃ」


 マリリンは笑いを堪えながら、パチンと指を鳴らす。すると、リリィの羽は一瞬で元通りになった。


「昔から思ってたけど、もしかしてわざとやってんの!?」


「いやいや、そんなことはない。ただ、つい面白半分でな――」


「それをわざとって言うのよ! おバカ!」


 二人は漫才のようなやり取りを繰り広げる。その様子を見て、凌は呆気に取られながらぽつりと呟いた。


「ま、魔界の人たちの喧嘩って、命がけなんだね……」


 ひとまずリリィが無事で良かった――。そう思いながら、彼は安堵のため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る