第16話 特殊性癖⑤(閲覧注意)
真っ暗な闇の中、優しい緑色の光が見えた。その光を頼りに、リリィはゆっくりと歩みを進める。まるで、か細い糸を手繰り寄せるように――。
「――ちゃん、リリィお姉ちゃん!」
パッと目を開けると、エアリアがリリィの身体を揺さぶっていた。優しい風が漂い、彼女の艶やかな黒髪がふわりとなびいている。きっとこれは回復魔法だ。
「おはよう、リリィお姉ちゃん」
「あれ……私、どうなっちゃったの?」
「イカ墨をたくさん飲んで、しばらく眠っていたんだよ。で、どう? 身体の調子は?」
リリィはゆっくりと身を起こし、自分の身体を確認する。黒焦げになったり、イカ墨で真っ黒に染まったりしていたはずの肌が、今ではすっかり元通りになっている。いや、それだけじゃない。
「……驚いたわ。身体が軽いし、頭もスッキリしてる。それに、内側から魔力が溢れてくる。お肌までツヤツヤに……。まるで私じゃないみたい」
イカの粘液、ボルティナの雷、そしてイカ墨……。これらをフルコースで堪能したリリィの身体は、この上なくコンディションが整っていた。
これなら、いける! 今の私なら、きっと凌を虜にできるはず!
リリィは内心で確信を抱き、その胸を高鳴らせた。
「ありがとう、二人とも。何かお礼をしなくちゃいけないわね」
「ふふっ、大丈夫。お礼なら、もうしっかり貰ったから」
エアリアは満面の笑みを浮かべながら、どこからともなく大きな白い紙を取り出した。それは人ひとりを包み込めるほどの大きさで、黒い液体で何かが描かれている。
よく見ると、それはまるで誰かの影を映したようなシルエットだった。大きな胸、小さな羽、細い尻尾――どうやら女性の悪魔のようだ。
「これ……何?」
「リリ姉が眠っている間に作ったんだ! すごく綺麗だろ?」
「え? 作ったって……何を……?」
リリィの頭に嫌な予感がよぎる。紙に描かれているそのシルエットは、どこかで見覚えがある……いや、見覚えがありすぎる身体だ。
「ふふっ、魚拓ならぬ『リリ拓』だよ! リリィお姉ちゃんの身体にイカ墨を塗りたくって、この紙に押し付けたの!」
「……は?」
「さすが、純度100%のイカ墨だよなぁ。リリ姉の身体のラインが、細かいところまで綺麗に写ってる!」
二人の説明を聞きながら、リリィの頭の中は真っ白になった。分からない。どうして彼女たちが、こんなものを作って喜んでいるのか。どうしてこんなに得意げなのか……健全なリリィでは、到底理解できなかった。
もう一度、ボルティナたちが作成した『リリ拓』を凝視する。そして、リリィはついに気づいてしまった。自分が眠っている間に、二人にどんなことをされていたのかを――!
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。これって、まさか……!?」
リリィは大きく目を見開く。それはまるで、自分の裸がそのまま切り取られたかのように……。ふくよかな胸や健康的な腰回りなど、ボディラインが妙にはっきりと写されているではないか。
「それにしても、リリ姉が薄着で助かったな。服を脱がせるのも簡単だったし!」
「そうそう。リリィお姉ちゃんを脱がせるとき、私たちの身体まで真っ黒に染まっちゃって……。ちょっと興奮しちゃたなぁ」
全てを理解した瞬間、リリィは身体はカッと熱くなった。この上なく恥ずかしさを感じ、咄嗟に両腕で胸を隠す。顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「わ、私の身体が……こんな形で……。あぁ、もうお嫁にいけない……!」
リリィは力が抜けたようにへたり込む。目の前にあるのは、自身の裸体をそのまま写した作品。見つめていると、今も自分が裸をさらけ出しているような錯覚に陥りそうだった。
「これはもう、一生の宝物だよ。大事に保管するね!」
「そうだ、いいことを思いついた! たくさん印刷して、魔界中の仲間に配ろう! きっとみんな喜ぶぞー!」
「……はぁ!? 印刷して……配るですって!?」
リリィは双子を強く睨みつけた。こんなものが世に出回ってしまうなど、末代までの恥だ。もう二度と、前を向いて魔界を歩けなくなってしまう。
「こ……こんな
しかし、リリィの渾身の叫びも虚しく……。芸術的な『リリ拓』は、その後魔界博物館の永久展示品として飾られることとなった――。
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