第16話 特殊性癖④(閲覧注意)

「リリ姉、どうだった!? 女王イカと雷行の合わせ技!」


「どうって……まぁ、悪くない気分よ」


 リリィはどこか満更でもない様子だ。肌が少しチリチリするものの、全身がぽかぽかと火照って心地よい。この感覚は、きっと人間がサウナで『整う』ようなものなのだろう。

 雷のおかげで全身の筋肉がほぐれ、さらに女王イカの癒しの力で身体が軽い。またいつか……リピートしてみたいかも。


「でも、口の中がパサパサで……。喉が渇いて仕方がないわ。エアリア、早く回復してくれる?」


 リリィはベェっと舌を出し、エアリアに見せる。こんがりと焦茶色に焼けた舌は、すっかり水分を失っていた。


 それを見たエアリアは、姉のボルティナと顔を見合わせる。そして不敵な笑みを浮かべ、再度リリィの方へ向き直った。


「水分なら……たくさんあるよ。それも、魔力を極限まで高めてくれる秘伝の水が!」


「本当に!?」


「うん。リリィお姉ちゃんにぜひ飲んで欲しくて、たっぷり用意したんだ! ……欲しい?」


「喉が潤うなら何でもいいわ。早くちょうだい!」


「ふふっ、分かった!」


 エアリアは柔らかく微笑みながら、魔法の詠唱を始めた。……回復魔法かしら?


「……リリィお姉ちゃん、行ってらっしゃい! 『烈風送破ストーム•サージ』!!」


 詠唱が終わった次の瞬間――! どこからともなく風が集まり、リリィの身体をふわりと持ち上げた。


「……へっ?」


 何が起きているのか分からないまま、リリィは風に乗せられ運ばれていく。どこへ向かうのか、これから何をされるのかも分からない。ただひたすらに、エアリアの思惑に翻弄されるだけだ。


 やがて風が収まり、リリィの身体は重力に従って落下を始める。彼女の目に映るのは……真っ黒なイカ墨で満たされた沼だった。


「うそ……」


 ここでようやく、リリィは自分の置かれた状況を理解する。しかし、気づいたところでどうにもならない。激しい水飛沫を上げながら、リリィの身体はイカ墨沼へと吸い込まれていった。


「ナイス、エアリア!」


「やったね! うまくいったよ!!」


 双子は無邪気にハイタッチを交わすと、沼のほとりへ駆け寄った。



 リリィを飲み込んだイカ墨沼は、束の間の静寂に包まれていた。しかし、やがてぶくぶくと気泡が立ち始め――。


「ぷはっ!」


 水面から、変わり果てたリリィが顔を出した。肌はもちろん、髪の毛から口の中に至るまで、全身が闇に溶けるような漆黒に染まっている。


「ちょっと! いきなり何すんのよ!?」


 叫びながら、懸命に手で顔を拭う。しかし、どれだけ拭っても真っ黒に染まったままだった。


「うぅ……前が見えない……。これ、一体どうなってんの?」


 目をしばしばさせながら、恐る恐る見開いてみる。しかし、すでに眼球までもイカ墨で染まり、目の境目すら分からない状態になっていた。


「あぁ……リリ姉、こんなにキレイに汚れちゃって……ふふ、ふふふ……!」


「はぁ、はぁ……惨めでかわいそうなリリィお姉ちゃん……すっごく可愛い……! この背徳感が……たまんない!」


 双子の姉妹は、まるで神を拝むかのようにリリィを見つめている。そんな彼女たちに向けて、リリィは語気を強めて怒鳴った。


「こら! ボルティナ、エアリア! 一体どういうつもり!? 説明しないと本気で怒るわよ!」


「落ち着いて、リリィお姉ちゃん。何か、身体に変化を感じない?」


「はぁ!? 変化って……別に――」


 エアリアに言われ、リリィはようやく気づいた。自身の魔力が、じわじわと高まっていることに。


「これは……?」


「繁殖期の女王イカって、本当にすごいんだよ。そのイカ墨には、魔力を大幅に引き上げてくれる効果があるんだから」


「ほ、本当に?」


「うん。騙されたと思って、一口飲んでみてよ。味も美味しいから!」


 リリィは両手でイカ墨をすくい、恐る恐る口元へ運ぶ。そしてゆっくりと飲み込んだ。


「リリ姉、お味はがかな?」


「……美味しい」


 その不気味な見た目に反して、まろやかでコクのある甘さ。それでいて、身体の内側から魔力が沸々と湧き上がってくる。

 喉の渇きを癒したかったリリィは、さらに一口、また一口と、イカ墨をゴクゴク飲み始めた。


「……ふふっ。あーあ、そんなにたくさん飲んじゃって。どうなっても知らないよ」


「……へ?」


 エアリアの不穏な発言を受け、リリィの頭に嫌な予感がよぎる。その数秒後――。彼女は急激な眠気に襲われ、全身から力が抜けていくのを感じた。


「な……なに、これ……」


「リリ姉、知らないの? イカ墨には魔力促進作用だけじゃなくて、強い催眠作用もあるんだ」


「そ、そ……んな……」


 立ち泳ぎを続けていたリリィだったが、その力すらも奪われていき……。少しずつ、身体がイカ墨沼に飲み込まれてしまう。


「おやすみ、リリィお姉ちゃん。夢の中でも、真っ黒に染まってね……」


 エアリアの柔らかい声を最後に、リリィの意識は闇の中に溶けていく。そして、全身もまた漆黒の沼へと沈んでしまった――。

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