第15話 サキュバス流の看病②

 ピピッピピッ。


 電子音が鳴り響き、凌が脇の下から何かを取り出す。


「37度。うん、だいぶ熱が下がってきたよ」


 どうやら人間たちは、この機械を使って体温を測るらしい。……なによ。そんな便利なものがあるなら、最初から出しなさいよね。


「これも、リリィが美味しいおかゆを作ってくれたおかげかな……」


 凌の視線の先には、空になった小さな鍋が置かれている。リリィが昼食に作ったおかゆは、あっという間に無くなってしまった。


「……まぁ、これくらいエリートなら余裕よ」


 リリィは澄ました顔で視線を逸らす。しかし内心では――。


 ……よ、良かったぁ! おかゆなんて初めて作ったけど、上手くできたみたい!


 凌がおかゆを完食してくれたことが嬉しくて、ニヤけ顔を隠すのに必死だった。


「他に、何かして欲しいことはあるかしら?」


「うーん、今は特にないかな」


「本当に? 何もないの?」


 リリィは物足りなさそうに詰め寄る。凌はしばらく考えた後、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「……じゃあ、しばらくそばにいてよ」


「えっ?」


「ただ近くにいてほしい。それだけで十分だから」


 ……なに、それ? そんなこと言われたら、頭の中がふわふわするじゃない。


「わ、分かった」


 心の動揺を必死に隠しながら、リリィはゆっくりと頷いた。



 静まり返った部屋には、秒針が時間を刻む音だけが響いている。凌はすやすやと寝息を立てて眠っていた。まだ微熱はあるようだが、顔色はだいぶ良くなっている。


 ……良かった。元気になってくれて。


「ごめんね、凌」


 頭に浮かんだ言葉が、独り言のようにポツリとこぼれる。そういえば、まだきちんと謝っていなかったな。凌が起きたら、ちゃんと伝えなきゃ――。


「リリィ、どうしたの?」


「ひゃっ!?」


 突然、凌が目を開けて話しかけてきた。どうやら彼は目を閉じていただけで、しっかり起きていたようだ。


「ね、寝たふりなんて卑怯よ!」


「いや、そんなつもりはなかったんだけど……」


 凌は困ったように、掛け布団で顔の半分を隠す。……まぁ、聞かれてしまったものは仕方がない。


「その……ごめんなさい。昨日、私が凍ってしまったせいで、あんたに風邪を引かせてしまったわ」


「リリィ……」


 数秒の沈黙の後、凌はばつが悪そうに目を逸らした。


「僕のほうこそ、ごめん。その……頬の傷、残っちゃったんだね」


「えっ? あぁ、これのこと?」


 リリィは自分の頬をそっと撫でる。そこには、まるで引っ掻き傷のような細いあざがあった。凌が凍ったリリィを溶かす際、熱々のお湯をかけたときにできたヒビが、今も傷跡として残っているのだ。


「別に、こんなの気にしてないわよ。痛くもなんともないし」


「でも、もしこのまま傷が消えなかったら……」


「大丈夫よ。私の知り合いに、すっごい治癒魔法を使える風の悪魔がいるの。こんな傷なんて、跡形もなく消してくれるんだから」


 エアリア……今度また、あの子にお願いしなきゃね。ついでにボルティナの『雷行』も受けようかしら。


「そ、そうなんだ。それは良かった……」


 凌は安堵のため息をつく。そしてリリィの顔をまじまじと見つめ、ふふっと笑みをこぼした。


「な、なによ?」


「いや、リリィがいると安心するなって思って」


 ……は?


「なにそれ。熱で頭がおかしくなったんじゃないの?」


 舞い上がりそうになる気持ちを抑えるために、あえて冷たく言ってやった。しかし、それでも凌の笑顔は消えない。


「人間ってさ、熱にうなされるといろんな夢を見るんだよ。……昨日の夜、久しぶりに兄の夢を見て、少し寂しい気持ちになってたんだ」


「兄? あんた、お兄ちゃんなんていたの?」


「う、うん。実はそうなんだ」


 寂しいってことは、しばらく会えていないのだろうか? どこか遠い場所にいる……とか?


「お兄ちゃんは、どんな人なの?」


「そうだね。生まれつき身体が弱くて、すぐ病気になるくせに、性格はやんちゃで、ひょうきんで、人一倍好奇心旺盛で……すごく優しい兄だったよ」


「ふーん……」


 凌は遠くを見つめながらしみじみと語る。まるで過去の思い出を懐かしむように……。


「それと、すっごく女たらしだった」


「お、女たらし!?」


「うん。惚れっぽい性格で、かわいい女の子を見ると見境なくアプローチしてた。もしリリィが兄と出会ってたら、きっと真っ先に口説かれてたと思うよ」


「そ、それって……」


 つまり、凌はリリィのことを『かわいい』って思ってくれてるってこと!?


 なんてことを聞けるはずもなく、リリィはぐっと言葉を飲み込んだ。目の前では、凌が首を傾げてこちらを見つめている。……ここは怪しまれないよう、当たり障りのないことを言っておこう。


「……兄弟、仲が良いのね」


「うん。……すごく、仲良しだったよ」


 凌は寂しそうに目を伏せた。……お兄ちゃん、か。話を聞く限り、性格は兄弟でも全然違うみたいだ。顔はどうなんだろう? 凌とそっくりなのかな?


 いつか……会ってみたいな。

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