第14話 人肌で温めて②

「そ、そんな薄着で……寒くないの?」


 凌は恥ずかしそうにリリィから目を逸らす。やはり、ただジャケットを脱いだだけでは、彼を魅了することはできないようだ。


「へっちゃらよ。だって私、サキュバスだから」


 寒さに震える凌とは対照的に、リリィは平然と立っている。これが人間と悪魔の違いだ。特にリリィはエリートなので、身体の耐久力も鍛え方も段違いなのだ。


「どうして、こんなことをするの?」


「そんなの、決まってるじゃない――」


 リリィはゆっくりと凌に歩み寄る。そして赤く火照った彼の顔を見つめながら、その冷たくなった手を優しく握った。


「こうして、凌に触れていたいからよ」


 リリィの体温で凌の手を温める。彼が寒そうに震えているのを見ると、少しだけ胸が痛むが……だからこそ、リリィの身体で温めてあげたい。もっと、もっと凌の方からリリィに寄り添ってほしい。


「ねぇ、凌。もっと私に近づいて……」


 リリィは上目遣いで優しく訴えかける。……さぁ、これだけお膳立てをしたのだ。早くリリィの身体を抱きしめて――。


「……嫌だ」


 凌はリリィの手を振り解き、白いため息を吐きながら後ろに下がった。


「ど、どうして?」


「だって今のリリィ、絶対に何か悪いことを企んでいるんだもん。どうせまた、僕の心をもてあそんでいるんでしょ?」


「そ、そんな……!?」


 リリィはバツが悪そうに目を泳がせる。……まさか、作戦が見破られた? リリィの心が読まれたのか? いや、人間にそんな能力はないはず。


 そっか……これが『駆け引き』ってやつなんだ!


 きっと凌は、リリィの身体に触れたくて仕方ない。でも自分から触れたら魅了にかかってしまうから、リリィの出方を伺っているんだ。

 であれば、ここで折れるわけにはいかない。絶対に、凌からリリィの身体に触れさせてやる!


 リリィのプライドに火がつき、メラメラと燃え上がった。


「ふーん、そんなこと言っちゃうんだぁ。いいのかな? もっともっと寒くしちゃうよ?」


 ニヤリと笑いながら『雪精霊の卵』をもう一粒取り出す。しかしその瞬間、マリリンの忠告が脳裏をよぎった。


――いいか、リリィ。一度に二粒までじゃ。三粒目は、絶対に食べてはならん。雪精霊の恐ろしい呪いが降りかかるぞ――


「……あ」


 リリィの額に冷や汗が浮かぶ。……呪いって、何? この三粒目を食べたら、私どうなっちゃうの!?


「それを食べたら、もっと寒くなるんだね」


「そ、そそそそうよ! 寒いのは嫌でしょ? 食べて欲しくなければ、さっさと私のところに来なさいよね!」


 凌が来てくれれば、リリィはこれを食べずに済むのだから。さぁ、早く! 早くこっちに来て……!


「……いいよ、別に。寒いのくらい、我慢してみせるから」


「へっ……?」


「ほら、早く食べなよ」


 凌はまっすぐにリリィを見つめ、煽るような口調で言い放つ。きっと、負けたくないという彼なりの意地があるのだろう。

 だからこそ、プライドの高いリリィは引くに引けなくなってしまった。


「くっ……こ、後悔することね!」


 リリィは凌をキッと睨みつけ、『雪精霊の卵』を口に放り込んだ。……大丈夫。リリィはエリートだ。呪いなんて、きっと魔力で跳ね返せるはず。


 飲み込んで数秒後……。どういうわけか、部屋の気温が元に戻り始めた。


「あれ? 暖かくなってる……?」


 リリィは首を傾げる。……おかしいな、もっと寒くなるはずだったのに。


 目の前では、凌が安堵の表情を浮かべていた。先ほどまで寒さに震えていた彼が、ほっと一息ついている……。その様子を見ただけで、リリィの心にも安心感が芽生えた。


 ……良かった! 呪いなんて、きっと趣味の悪い冗談だったのね! そう胸を撫で下ろした、次の瞬間――。


 リリィの身体に恐ろしい異変が起こった。


「冷たっ!?」


 まるで針で刺されるような感覚が、足元から迫り上がってくる。恐る恐る下を見下ろすと……リリィの身体が、徐々に青白く凍り始めているではないか。


「なに……これ!?」


 身体が……動かない! 冷たい! 寒い!


「リリィ!? どうしたの!?」


 目の前では凌が慌てているが、彼にはどうすることもできない。その間にも、リリィの身体は青白い氷に侵食されていく。


 ……まさか、これが呪い!?


「い、嫌……!」


 リリィの顔が恐怖で歪み、その表情すらも冷たく凍りついていく。視界が青白く染まり、瞬きすらも許されなくなって、そして――。


「凌……たすけ……」


 最後に発した声は、白い吐息となって儚く消える。リリィは身体の芯まで凍りつき、美しい氷像となってしまった――。

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