第14話 人肌で温めて①
……もう、ありえない! まさかこの私が魅了されるなんて!
凌の家に向かう途中、リリィはポイ捨てされた空き缶を、腹いせのように蹴り飛ばす。空き缶は軽やかに宙を舞い、見事に公園のゴミ箱へ吸い込まれた。
残る魔法グッズは、あと一つだけ。次で確実に凌を魅了しなければならない。
いや、大丈夫。最後の一つは強力だ。今度こそ、きっと上手くいくはず……!
リリィはポケットに忍ばせた魔法グッズを、力強く握りしめた。
※
「お邪魔します」
「ま、待ってたよ……」
リリィは凌の部屋にやって来た。しかし、いつもとは異なる雰囲気に、思わず首を傾げてしまう。
どういうわけか、部屋には布団が二つ並べて敷かれており、凌はその上に正座していたのだ。
「……なんで布団を敷いてるの?」
「えっ? だって、ベッドだと狭いと思って……」
……狭い? 彼は何を言っているのだろうか?
「僕、こういうの初めてだから、上手くできるか分からないけど……。リ、リリィに満足してもらえるよう、頑張るよ」
凌は恥ずかしそうに下を俯く。その顔は、すでに赤く染まっていた。
「なんの話? 私、いつも通り遊びに来ただけなんだけど……」
「えっ? 遊びに来ただけ?」
「うん。他に何があるのよ?」
「き、昨日の話は……?」
「昨日? 私、何か言ったかしら?」
「……いや、なんでもない」
凌は気まずそうな顔で、いそいそと布団を片付け始めた。……なんなのよ? 調子狂うわね。
気を取り直して、二人は並んでテレビゲームを始めた。タイトルは『金太郎伝説』。前回のような格闘ゲームではなく、各都市を巡ってお金を稼ぐパーティゲームだ。
「ちょっと、凌! キングゾンビーをなすりつけないでよ!」
リリィもすっかり夢中になり、気づけば数時間が経過していた。……いけない、今日の目的を忘れるところだった。
リリィはポケットから透明な小袋を取り出す。中には小さなグミのような白い塊がたくさん入っていた。そのうちの一つを取り出し、口の中に放り込む。ひんやりとした冷たさを感じながら、ごくりと飲み込んだ。
「……なんか、急に寒くなったね」
凌の身体が小刻みに震え始めている。どうやら、早速効果が現れたらしい。部屋の気温はぐんぐん下がり、まるで冷蔵庫のような寒さになっていた。
これこそ、マリリンからもらった最後の魔法グッズ『雪精霊の卵』だ。これを食べると、周囲の気温を急速に下げることができる。
「ちょっと、暖房つけるね」
凌は立ち上がり、エアコンのリモコンを手に取った。しかし――。
「あ、あれ? エアコンがつかない。故障かな?」
ふふっ、残念だったわね。そのエアコンは使い物にならないわ。すでにリリィが魅了をかけたのだから。
「ど、どうしよう……」
凌は寒そうに身体を震わせている。今の状況で暖を取る方法は、ただ一つ……!
「ねぇ、凌。リリィを温めてほしいなぁ……」
甘い声を出しながら、優しく凌の手を握る。そう、これこそが今回の作戦だ。
リリィはとある文献で読んだことがある。雪山で遭難した男女が、身を寄せ合って寒さを凌ぎ、救助された後に結ばれるというラブストーリーを。
「リリィの手……温かい」
凌は目を逸らしつつも、リリィの手を握り返してきた。よし、順調だ。このままじわじわと魅了値を上げていこう。
「凌の手も……温かいね」
リリィは身体を小刻みに震わせ、寒そうな演技をする。悪魔の肉体を持つ彼女にとって、これくらいの寒さはちっとも
触れ合う手を通じて、お互いの体温が混ざり合う。凌の手に触れるのは初めてではないのに、今は特別な安心感がある。まるで、二人の身体が一つに溶け合っていくような感覚だ。どうしてだろう?
……あっ、身体が入れ替わった直後だからか。凌は、もうリリィにとって特別な存在なんだ。
手を握っているだけで、こんなにも心地よい。じゃあ、もし他の部分が密着したら……。想像しただけで、リリィの胸が熱く高鳴る。
もっと、もっと凌と触れ合いたい。彼と……重なり合いたい!
リリィは少しずつ凌の身体に身を寄せる。しかしその直後、彼の手が逃げるように離れてしまった。
「寒いのは、この部屋だけかな? ちょっと外を確認してみるね」
凌はスッと立ち上がり、扉の方へ向かう。まずい……。これからだったのに、外に出られては意味がない。
リリィは『雪精霊の卵』を再び取り出し、もう一粒口へ放り込む。すると部屋の気温はさらに下がり、冷凍庫のように白い冷気が漂い始めた。
「さ、さむっ……!?」
凌は身体を縮こませる。ブルブルと震えながらも、なんとかドアノブに手を伸ばした。しかし――。
「あ、開かない? 凍ってる……!?」
扉はすでにカチカチに凍りつき、びくともしなかった。リリィは、凌を閉じ込めることに成功したのだ。
「まさか……これ、リリィの仕業?」
「ふふっ、あーあ。私たち、閉じ込められちゃったね」
今こそ勝負をかけるとき――! リリィは不敵な笑みを浮かべながら、黒いジャケットを脱ぎ捨てた。
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