第13話 お互いの身体を知るために④

「魔法……?」


「そう。今のあんたは魔法が使えるはずよ。だって私と入れ替わっているんだから」


「へぇ……すごい! 使ってみたい!」


 凌は、まるで無垢な少年のように目を輝かせている。……ふふっ。まんまと乗せられるなんて、とんだお馬鹿さんね。


 リリィは考えた。身体が入れ替わった状態で、リリィが凌に魅了される。そうすれば、元に戻ったときには凌がリリィに魅了された状態となる……はず!


「じゃあ、早速始めるから……まずは、そのジャケットを脱ぎなさい」


「えっ……?」


「脱がないと、魔力が十分に発揮されないのよ。さ、早く」


「い、いやだよ! だってリリィ、すごく薄着じゃないか。こんな公衆の面前で……恥ずかしいよ!」


「はぁ? なに情けないこと言ってんの? いいからさっさと脱ぎなさいよ!」


 リリィは凌の身体に手を伸ばし、無理やりジャケットのファスナーを下ろそうとする。

 悪魔の肉体を持つリリィにとって、凌を力でねじ伏せるのは簡単だ。しかし、今は身体が入れ替わっているため、凌の方が力が強い。


「いやだってば!」


 リリィはあっけなく手を振り払われてしまった。……くそっ、そう簡単には脱いでくれないか。仕方ない、こうなったら……!


「ふーん、そんな態度をとっていいんだ? あんたがトイレで私のアレを見たこと……尾岩さんに言いつけるわよ?」


「えっ……?」


「ふふっ。尾岩さん、なんて言うだろうなー? 楽しみだなぁー!」


 凌の顔がみるみる青ざめていく。どうやら効き目はバッチリみたいだ。


「そ……それだけはやめて。お願い」


「嫌だったら、さっさとジャケットを脱ぎなさいよね」


「うぅ……わ、分かった」


 凌は顔を赤らめながら、ゆっくりとジャケットを脱ぐ。ショートキャミソールにホットパンツ。相変わらず露出度の高い服装を見て、リリィはまたしても胸をときめかせる。


 ……あぁ! リリィの身体、なんてステキなの!?


 たわわに実ったお胸も、健康的なくびれも、柔らかそうな太ももやお尻も……。どこをとっても非の打ち所がない。まさにエリートの身体ね!


「や、やっぱりだめだよ、こんな格好……」


 凌は恥ずかしそうに両手で胸を押さえている。その恥じらう姿さえも、まるでアイドルのように可愛らしい。

 しかし、いつまでも自分に見惚れていてはダメだ。リリィは、凌に魔力の高め方をレクチャーしなければならない。


「凌、恥ずかしがっちゃだめ。自分の身体に集中して。全身に流れるエネルギーを感じ取るのよ」


「エネルギー……?」


「そう。エネルギーは魔力の源。うまく蓄えることができれば、やがて露出した肌から魔力となって放出されるわ」


 凌は言われるがまま、瞳を閉じて集中力を高める。リリィはその様子を見ながら、ふとこんなことを考えた。


 ……そういえば、魅了にかかるってどんな感覚なんだろう?


 今まで何人もの男を魅了してきた。彼らはみんな、リリィのことが好きで好きで仕方ない下僕になっていた。

 もし、凌がリリィの身体で、魅了の力を発動することができたら……リリィは、どうなってしまうのだろう?


 凌のことを、好きになってしまうのだろうか?


「……いや、ないない」


 そんなこと、神に誓ってあり得ない。リリィはエリートだ。たとえ魅了にかかったとしても、思考や行動を自制することくらいできるはず――。


「凌……好き」


 ……あれ? 私、今なんて言った?


「好き……好き……凌、大好き!」


 薄れゆく意識の中、リリィはふらふらと凌に近づき、彼を思い切り抱きしめた。



「ちょ、ちょっと、リリィ!?」


 凌は困惑していた。リリィの言う通りにしただけなのに、なぜか彼女に思い切り抱きしめられているのだ。


「ふふっ。……凌、キスしよ?」


「うわっ……い、いやだ!」


 リリィにキスを迫られるが、凌は必死に拒む。彼にとっては、自分の顔にキスを迫られるという、なんとも奇妙な状況だった。


 次の瞬間――。二人の身体が、突然白い光に包まれた。『双魂そうこんのオルゴール』の効果がようやく切れたのだ。


「ま、眩しい……!」


 凌は思わず声を上げ、両手で目を覆う。まるで日光のように眩しい光が、二人の視界を数秒だけ奪った。


「……僕たち、どうなったの?」


 やがて光が収まり、凌は慌てて自分の身体を確認する。見慣れた手足、軽くなった胸……。間違いなく、元の姿に戻っていた。


「おぉ……リリィ! やったよ! 元に戻ったよ!」


「う、うーん……」


 凌に揺さぶられ、リリィはゆっくりと目を開ける。そして虚ろな瞳で、彼の顔をじっと見つめた。


「あれ、凌……?」


 いつもと変わらぬ様子……と思えたのは一瞬だけ。リリィは顔を赤らめ、恍惚こうこつとした笑みを浮かべた。


「凌……好き」


「えっ?」


 身体は元に戻ったが、リリィはまだ凌に惚れたままだった。入れ替わりを利用して凌を魅了する作戦は、完全に失策だったのだ。

 リリィは再び凌に抱きつき、耳元に吐息混じりの声で囁く。


「ねぇ、凌。……えっちしよ?」


「えっ!? えええええぇ!?」


 秋晴れの空に、凌の叫び声が盛大に響き渡る。幸いにもリリィはすぐに正気を取り戻し、二人は一線を越えずに済んだのだった……。

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