第13話 お互いの身体を知るために③

 リリィが再び立てるようになるまで、10分以上かかった。まだ、下腹部に鈍い痛みを感じる。これはしばらく後遺症が残りそうだ……。


「ね、ねぇ、リリィ。僕たち、まだ元に戻らないのかな?」


 凌がそわそわしながら尋ねてきた。額に汗が滲んでおり、焦っているようにも見える。一体どうしたのだろうか?


「さぁ、分からないけど。どうかしたの?」


「いや、その……トイレ行きたくなっちゃった」


 リリィは凍りついた。リリィの姿でトイレに行くということは、凌にリリィのアレを見られるということだ。


「……だめ。我慢して」


「も、もう限界なんだよ。普段なら、もう少し我慢できるのに……。漏れそうで仕方ない」


 凌はすでに泣きそうな顔になっていた。おそらく冗談抜きで限界なのだろう。これ以上我慢させるのは可哀想か。それに、リリィの身体で漏らされるのはごめんだ。


「分かった、行っていいわよ」


「あ、ありがとう!」


「その代わり、リリィもトイレに行くから。お互い目を瞑って用を足すこと。いい? 絶対に見ないでよね!」


「も、もちろんだよ!」


 許可が降りるや否や、凌は全速力で公園のトイレへと向かう。そしてリリィも彼の後に続いた。



 初めて入る男子トイレ。リリィは知らなかったが、どうやら人間の男は立ったまま用を足すらしい。


「これで……いいのかしら?」


 凌の大切な部分を見ないよう、目をぎゅっと閉じる。しかし、リリィはふと考えた。


 ……今こそ、凌のことを知る絶好のチャンスなのではないか?


 凌の身体でトイレに行くなんて、きっともう二度とないだろう。このチャンスを活かさずして、何がエリートだろうか?


 決意を固めたリリィは、ゆっくりと目を開ける。そして恐る恐る視線を股間に移した。


「わぁ……これが……!」


 そこには、リリィが知らない世界が広がっていた――。



 リリィがトイレから出て数分後。凌が女子トイレから出てきた。


「……お待たせ」


「随分遅かったじゃない。ちゃんと目を瞑ったんでしょうね?」


「も、もちろん」


「ふーん。じゃあ――」


 リリィは凌を睨みつけながら、彼の鼻のあたりを力強く指差した。


「その鼻血は、一体なにかしら?」


「うっ……」


 凌の鼻の下には、血を拭ったような赤い痕跡が残っていた。彼は罰が悪そうに両手で鼻を隠すが、もう手遅れだ。


「これは……その……」


「見たの?」


「……ごめん。不可抗力で、つい」


 凌は顔を赤らめながら、申し訳なさそうに下を俯いた。そっか……見られちゃったんだ。リリィの大切なところ。


「ふーん、見ちゃったんだぁ……」


 本来なら怒るべき場面なのに、なぜか怒りは湧いてこなかった。それよりも、今は愉悦感の方が勝っている。

 凌がリリィの身体に興味を持っている……それはつまり、彼の魅了値が高まっている証拠だ。


 ここはさらに追い討ちをかけるべき。そう考えたリリィは、ゆっくりと彼に近づき、耳元で誘惑するように囁く。


「……で、どうだった?」


「どうって?」


「リリィの身体。感想、聞きたいなぁ……」


「リリィの……身体……」


 凌の顔はさらに赤く染まった。きっと、先ほど見た光景を思い出しているのだろう。


「ふふっ、冗談よ。……また、鼻血出ちゃったね」


「……もう、からかわないでよ」


 凌はリリィを睨みつけながら鼻血を拭う。その様子を見て、リリィはサキュバスとしてのよろこびを感じていた。


 ……ふふっ、かわいいなぁ。リリィの姿で恥ずかしがっている凌が、愛らしくて仕方がない。もっと、もっといじめたくなる!


 リリィは確信した。今まで魅了してきたどの男よりも、凌を攻略する時間が一番楽しくて、充実していて……そして胸がときめいている、と。凌の一挙手一投足、すべてがリリィのツボに刺さっていた。


「……ねぇ、凌。私、いいこと思いついちゃった」


 リリィの悪巧みは止まらない。身体が入れ替わった今だからこそできる、とっておきの作戦を思いついたのだ。


「せっかくだから、あんたに魔法の使い方を教えてあげる」


 全ては、凌を魅了するため……。リリィは不敵な笑みを浮かべた。

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