第13話 お互いの身体を知るために②

 信じられない。まさか身体が入れ替わるなんて。


 リリィは自分の身体を確認する。リリィよりも大きな手、少し高い目線。身体にはほどよく筋肉がついており、心なしか重みを感じる。しかし、胸のあたりだけは軽く感じた。


 これが、男の人の身体……。そっか。私、凌になっちゃったんだ。


 目の前では、リリィの姿をした凌が、同じように身体の変化を確認している。その慌てた様子を見て、なぜかリリィの胸は高鳴っていた。


 ……あぁ。私って、こんなに可愛いんだ!


 改めて、自分の魅力を再確認したリリィであった。



「ねぇ、リリィ。元に戻る方法はないの?」


 凌が困った表情で尋ねる。ほんのり顔が赤いのは、きっと今の状況に困惑しているからだろう。


「分かんないけど……たぶん、オルゴールが止まれば元に戻るんじゃない?」


 凌の部屋では、まだ『双魂のオルゴール』の音色が鳴り響いている。身体が入れ替わったのは間違いなくこれが原因だ。きっと音楽が止まるまで、リリィたちはこのままの状態なのだろう。


 つまりこれは、凌のことをもっと深く知るチャンスだ!


「ねぇ、凌」


「なに……?」


「このまま、少しお出かけしない?」


 リリィの提案に、凌は驚いたように目を見開いた。



 二人は大きな公園にやってきた。並んでベンチに腰掛け、サッカーをして遊ぶ子供たちを眺める。


 それにしても妙な感覚だ。自分は凌の姿をしていて、隣には自分の姿をした凌がいる。それはまるで、お互いに固い何かで結ばれているような感じ。


 平たくいえば……凌のことが他人と思えなくなってくる。


「でも驚いたよ。リリィの尻尾、作り物じゃなかったんだね。角も羽も……どれだけ引っ張っても取れないや」


「当たり前でしょ? まだ私のこと、コスプレだと思ってたの。てか、引っ張らないで」


 まったく……最初から、魔界から来たサキュバスだって言ってるのに。


「本当に……本物のサキュバスなんだ」


 人間にとっては、本来驚くべき事実。しかし、凌はなぜか嬉しそうに笑っていた。


「……驚かないの?」


「え? いや、びっくりはしているけど……。それ以上にワクワクが止まらなくて。僕、サキュバスと友達なんだなぁって。それに――」


 凌はリリィの身体で、自分の尻尾を撫でるように触る。


「ここを触ると気持ちよすぎて……やみつきになっちゃいそう」


「ちょ、ちょっと! そんなところ触らないでよ!!」


 リリィの顔がかぁっと熱くなる。そして恥ずかしさと同時に、悔しさも込み上げてきた。凌は既に、リリィの身体について知ろうとしている。


 リリィだって、負けてられない!


「わ、私だって……あんたの気持ちいいところ、見つけてやるんだから!」


 リリィは自分りょうの身体をまさぐり始める。いや、彼女はすでに知っていた。男の人が触られて気持ちいい場所。以前読んだ文献によると、男は後ろではなく、前から尻尾のようなものが生えているらしい。


 そしてそれは、凌の身体にもちゃんとついていた。尻尾ほどご立派なものではないが、それでも一際感度が高そうな場所。


「ふふっ、きっとここよね……」


「あっ……さ、触っちゃだめ!」


 凌が慌ててリリィを止めようとする。……悪いわね、凌。あんたのこと、もっと深く知りたいから――!


 リリィは凌の制止を振り払い、ゆっくりと股間に手を伸ばす。しかし次の瞬間、子供たちが蹴ったサッカーボールが、リリィ目掛けて勢いよく飛んできた。


「ひぎっ!?」


 ボールはリリィの股間にクリーンヒット。男の大切な部分に強烈な衝撃が走り、その場にヘナヘナと崩れ落ちてしまった。


「リリィ!? 大丈夫!?」


「うっ……ぉお……ふぐっ……」


 ……何、この痛み!? 声が出ない! どんな姿勢でも、迫り上がるような痛みが押し寄せてくる! 気持ち悪い! 吐きそう! 痛みの逃げ場が……ない!


「うわぁ……痛そう……」


 凌が同情の目を向けてくる。きっと彼には、この痛みの重篤さが分かるのだろう。

 リリィは知らなかった。人間の男が、これほどの弱点をぶら下げて生活しているなんて……。


 一つ、凌の身体について知ることができたリリィ。しかしその代償に、彼女はしばらく立ち上がることができなかった……。

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