第12話 服の中ダイビング①

 翌日。リリィは懲りることなく、再び凌の家にやってきた。


 今回の魔法グッズはこれだ! 使用すると、まるで蟻のような小人になってしまう『コロポックルのけん玉』。小さくなると素早さが上がる一方で、状態異常に対する抵抗力が著しく低下する。


 つまり、魅了にかかりやすくなるということだ。


 これで凌の身体を小さくして、リリィのてのひらの上でコロコロ転がして……。最後には、ドロドロになるまで魅了してやるんだから。


「ねぇ、凌。アンタ、けん玉は得意かしら?」


「えっ? まぁ、幼い頃はよく遊んでたけど……」


 リリィは、鞄から例のけん玉を取り出した。すでに緑色の魔力が溢れ出ているが、やはり人間の凌には見えないようだ。

 けん玉を見せびらかすように遊びながら、うまくいかないふりをする。


「これ、お友達にもらったんだけど……。私、下手っぴだから全然成功しないんだよねー」


 嘘である。彼女はわざと失敗していた。エリートのリリィにとって、けん玉など朝飯前。目を瞑っても成功させることができる。

 しかし、それでは意味がない。凌に成功させて初めて、彼を小人に変えることができるのだ。


「ねぇ、凌。お手本……見せてよ」


 リリィはそっと凌に近寄り、上目遣いで彼を見つめる。さぁ、どうだ……?


「……ちょっと、貸してみて」


 凌は目を逸らしながら、渋々と誘いに応じた。リリィは心の中でガッツポーズをしつつ、けん玉を彼に渡す。


 ……ふふっ、相変わらずちょろいんだから。


「すごく久しぶり……できるかな?」


 凌はけん玉をじっと見つめ、集中力を高めている。いつになく真剣な表情だ。その横顔を見て、リリィの胸がトクンと高鳴る。


 ……うっ、ちょっとかっこいい。


「じゃあ……いくよ」


 数秒後、凌は球を優しく振り上げる。そして絶妙なタイミングで、剣先を球の中心へと誘導した。


「や、やった……!」


 凌が静かに喜んでいる。彼は、見事にけん玉を一発で成功させたのだ。無邪気に笑うその姿を見て、リリィの心も自然と満たされていった。


 そして、お楽しみはここからだ。凌の身体がうっすらと光を帯び始めている。しかし、当の本人は全く気づいていない。


「リリィ。見た? 今みたいに、膝のバネを使って――」


 親切にアドバイスをくれるその声が、どんどん小さくなっていく。いや、声だけではない。凌の身体も、みるみるうちに縮んでいく。


「って、あれ!? えぇ!?」


 米粒くらいの大きさになったところで、彼はようやく異変に気づいたようだ。高い声で驚きながら、リリィを見上げる。


「リリィ……どうしてそんなに大きくなったの!?」


「違うわよ。アンタが小さくなったの」


「う、嘘……!?」


 凌はキョロキョロと辺りを見回す。さっきまで握っていたけん玉が、彼の隣に転がっていた。きっと今では山のような大きさに見えることだろう。


「ほ、ほんとだ……。どうして? リリィの手品?」


「ううん、これは魔法よ」


「ま、魔法……? わわっ!?」


 リリィは凌の身体を優しく摘み上げ、自身の掌に乗せる。そして小悪魔のような笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔を近づけた。凌はすっかり腰を抜かしてしまったようだ。


「ふふっ。凌、随分ちっちゃくなっちゃったね。どうしよう、食べちゃおっかな?」


「へ、変なこと言わないで、早く元に戻してよ!」


「あらあら、そんな口の利き方でいいのかしら?」


 リリィは手を小刻みに動かし、凌に揺さぶりをかける。ほんの少しの揺れでも、今の凌にとっては大地震のようなもの。コロコロと、掌の上を転がり続けていた。


「今のアンタは、私の掌で転がされる、小さなお人形さんなのよ」


「や、やめて……」


「ふふっ、かわいいなぁ」


 転がしたり、ポップコーンのように弾ませたり……。リリィはやりたい放題だった。すでに勝った気になり、すっかり調子に乗っているのだ。魅了する前に、できる限り凌を虐めてやろう……そう思っていた。


 そんな彼女に、とんでもないバチが当たる。


「あっ……!」


 凌の身体が、リリィの掌からこぼれ落ちてしまった。滑り台のように手首をつたい、そのままジャケットの袖をくぐる。


「あ、あれ……? 真っ暗になったよ……」


 そう、凌はリリィの服の中に入ってしまったのだ。今は彼女の二の腕あたりにしがみついている。


「りょ、凌……! 頼むから、そこから一ミリも動かないで」


「な、なに? よく聞こえない……」


「そ、それ以上……奥に潜り込まないでって言ってるの! 良い子だから、ね! お願い!」


 さっきまでの余裕はどこへ消えたのか……。リリィの顔は、血の気が引いたように真っ青になっていた。

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