第9話 野球拳②

 凌は慌てたように首を横に振り、リリィの提案――野球拳を必死に拒絶した。


「そ、そんな罰ゲーム、絶対に嫌だよ! どうして君は、いつもこう……エッチな方向に持っていきたがるのさ?」


 ……ふふっ、分かりやすく動揺しちゃって。かわいい。


「あら、嫌なら別にいいのよ。私、そろそろ飽きてきちゃったところだし」


「えっ……?」


「さてと、そろそろ魔界に帰ろっかなー」


 わざとらしく、壁の時計をちらちらと確認してみせる。さぁ、どう出る……?


「……分かった、やるよ」


 凌はため息をつきながら、ゲーム画面に向き直った。しめしめ、今は完全にリリィのペースだ。


「そのかわり……これ以上は危ないと思ったら、その時点で終わりだから」


「分かったわ。……ところで、危ないってどういう意味かしら?」


 気分が良くなったリリィは、少し意地悪な質問を投げかけた。


「そ、それくらい分かるでしょ!? ほら、早くやろうよ!」


「はーい」


 ちょっとからかいすぎただろうか。凌は少しだけ不貞腐れてしまった。

 ともあれ、これで刺激的なゲームが楽しめるわけだ。久しぶりに熱くなれそう。リリィはペロリと舌舐めずりをした。


 ……このゲーム、勝っても負けてもリリィにとって都合がいい。


 凌に勝てば、愉悦ゆえつ感に浸れるだけでなく、彼に服を脱がせて恥ずかしい思いをさせることができる。反対に、リリィが負ければこの美しい肌を合法的に露出できて、凌の動揺する姿を楽しむことができるのだ。


 まぁ、もちろん負けるつもりはない。このエリートサキュバスの実力を、うんと見せつけてやるんだから!



 まず一試合目。リリィはあっさりと勝利することができた。なんだか拍子抜けだが、勝ちは勝ち。愉悦に浸りながら、凌が片方の靴下を脱ぐ様子をじっと見つめる。


「そんなにちまちま脱いじゃって、男らしくないわね」


「く、靴下だって、一枚は一枚なんだからいいでしょ?」


 まぁ、いいか。ジワジワと彼を追い詰めるのも悪くない。さぁ、次だ!



 二試合目。今回もリリィは危なげなく勝利した。とはいえ……何かがおかしい。勝って嬉しいはずなのに、まるで手応えを感じない。


「ほらほらー。もう靴下は無くなったわよ。これ以上脱ぐのが嫌なら、この私を倒してみなさい!」


「……」


 嫌味たっぷりに煽ってみたが、凌は黙って画面を見つめているだけ。なんだろう、この気持ち悪い温度差は……。



 続く三試合目も、リリィは難なく勝利した。凌は羽織っていたジャージを脱ぎ、白いTシャツ姿になる。


「ま、まだ続けるの?」


 凌は困ったように首を傾げていた。次に彼が負ければ、Tシャツか下のジャージを脱がなければならない。


「もちろんよ。でも、その前に一つだけ聞かせて?」


 三連勝を果たしたリリィだったが、何故か不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。


「アンタ、もしかして手加減してる?」


 その問いを受けた瞬間、凌の眉毛がピクリと揺れる。どうやら図星のようだ。


「い、いや……別に――」


「嘘つかないで! 私の目は誤魔化せないから!」


 リリィは凌の胸ぐらを掴み、そのまま床へ押し倒した。顔の真横にドンと手をつき、彼を威圧する。


「ねぇ、舐めてるの!? 私一人で熱くなっちゃって、バカみたいじゃない!」


「いや……だって、リリィは女の子だから。服を脱がせるわけにはいかないでしょ?」


「なによ……それ」


 凌が弱々しく呟いたその返答は、火に油を注ぐようなものだった。


「ふざけないで! 私、手を抜かれるのが一番嫌いなの! 本気のアンタに勝たなきゃ、意味がないのよ!」


 リリィは、手加減されたことに耐えられなかった。エリートであり続けるため、常に全力を尽くしてきたから。

 勝負事でわざと勝たせてもらうなど、彼女のプライドが絶対に許さない。


「分かったよ……」


 凌はリリィの手を振り払い、ゆっくりと起き上がる。そして再びコントローラーを手にした。


「どうなっても、知らないから」


 いつもより低い声と真剣な表情。凌の雰囲気がガラリと変わった。まるで追い詰められたネズミが、鋭く牙を向くような緊張感が漂う。

 彼の新たな一面を目の当たりにしたリリィは、一瞬だけ戦慄せんりつを覚えた。そして同時に、胸の奥が高鳴り、熱くなっていくのを感じていた。

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