第7話 全方向美サキュバス①
街中に設置された大型ビジョンの前。行き交う人々の波を眺めながら、リリィはぼんやりと考えごとをしていた。
……どうして、こうなっちゃったんだろう。
一体誰が予想しただろうか。エリートサキュバスであるリリィが、人間の男とお友達になるなんて。そして、街中で待ち合わせをして、夜ご飯を食べに行くことになるなんて。
「あいつが悪いのよ。すんなりと魅了にかかってくれないから……」
これは独り言。そしてプライドの高いリリィが、ごく稀にこぼす言い訳だ。
しかし、事は順調に進んでいるはず。彼との関係がどうであれ、最終的に魅了すればリリィの勝ちなのだから。
全ては、勇者から魔界を守るためだ……!
そうこう考えていると、遠くから彼が急ぎ足でやって来た。例の男子高校生――上田凌だ。いつもの黒いジャージ姿ではなく、シンプルニットにスキニーパンツという組み合わせ。一応、人前に出ることを気にしているのだろうか。
「お待たせ。ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
リリィはジャケットのポケットに手を入れたまま答える。これが待ち合わせ時の模範解答だと、先日読んだ文献に書いてあった。
「あれ? 今日はポニーテールじゃないんだ」
「ふふっ、そうよ。女の子はね、気分で髪型を変える生き物なの。覚えておきなさい」
今日のリリィの髪型は、彼女にとってお気に入りのツーサイドアップだ。しかし、結び目を編み込みにして、雰囲気を少しだけ変えていた。
「そっか。……すごく似合ってるよ」
……えっ?
リリィの顔がカァッと赤くなる。今まで何度も褒められたことはあったが、なぜかこの瞬間だけは身体が熱くなった。
「ほ、ほら! くだらない話してないで、さっさと行くわよ!」
恥ずかしさを誤魔化すように、リリィはスタスタと歩き始める。が、しかし――。
「あ……そっち、逆方向」
「えっ……?」
おとなしく、凌の後を歩くことにしたリリィであった。
※
いわゆる商店街と呼ばれるこの場所は、休日の夕方ということもあり、多くの人々で賑わっている。老若男女、家族連れからカップルまで、さまざまな人々がいた。
その中でも、リリィの存在は特に目立っているようだ。
「見て、あの子。正面で見てもめちゃくちゃ可愛くない?」
「いやいや、横から見ても美少女だぞ!」
「下から見てもいい女だわ!」
……あぁ、全方向から私の美貌を褒める声が聞こえる。もう困っちゃうなぁ〜!
リリィは得意げに微笑む。しかし、対照的に凌は居心地が悪そうだ。
「なんか、すごく目立っちゃってるね……」
集まる視線を恐れるように、身体を縮こませていた。
人だかりが人を呼び、さらに取り巻きが増えていく。大勢の人々が、リリィの美貌に注目していた。
「なにかのキャラクターかしら?」
「最近のコスプレって、本当に完成度高いよなぁ!」
……ん? コスプレ?
リリィにとって、聞き捨てならない単語が耳に入った。誰? リリィの格好をコスプレ呼ばわりする不届き者は……?
斜め後ろを振り返ると、一組の若いカップルがこちらを見ていた。あいつらか……。よし!
リリィはジャケットの袖を少しだけまくる。そうして露出した色白の腕に、魅了の魔力を込めた。
「お、おれ……あの子に告白しようかなぁ……」
「はぁ!? 急になに!?」
「あんな可愛い女の子と付き合えたら、楽しいだろうなぁ……」
「わ、私というものがありながら……サイテー!」
背後から聞こえる喧騒に、リリィはしたり顔で小悪魔のように笑う。ふん、どうだ。このエリートサキュバスの前では、人間のカップルなど、か弱き存在なのだ!
しかし、魅了にかかったのは一人だけではなかった。
「オレが先に告白するんだ!」
「いいや、オレが先だ!」
「邪魔するな、スッ込んでろ!」
他の男たちも次々と騒ぎ始め、ついには殴り合いにまで発展する。しまった……想像以上に影響力が強かったみたいだ。面倒なことになる前に、早くここから逃げないと。
リリィは辺りを見回す。しかし、周りを屈強な男どもで囲われてしまい、退路を見出せないでいた。その時――!
「リリィ!」
突然、何者かに手を握られた。力強さの中に、優しさと温もりを感じる。
凌が、いつの間にかリリィの手を取っていた。そのまま彼女の身体を引き寄せ、人混みの外へ連れ出す。
「こ、こっちだから……。先を急ごう」
「う、うん。……ありがと」
……あれ? 今、私のことを『リリィ』って呼んだ?
初めて名前で呼ばれたことに気づき、またしてもリリィは顔を赤らめる。嬉しさと恥ずかしさが混ざり合った感情を抱きつつ、少しだけ汗ばんだ凌の手を握り続けた――。
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