第7話 全方向美サキュバス①

 街中に設置された大型ビジョンの前。行き交う人々の波を眺めながら、リリィはぼんやりと考えごとをしていた。


 ……どうして、こうなっちゃったんだろう。


 一体誰が予想しただろうか。エリートサキュバスであるリリィが、人間の男とお友達になるなんて。そして、街中で待ち合わせをして、夜ご飯を食べに行くことになるなんて。


「あいつが悪いのよ。すんなりと魅了にかかってくれないから……」


 これは独り言。そしてプライドの高いリリィが、ごく稀にこぼす言い訳だ。

 しかし、事は順調に進んでいるはず。彼との関係がどうであれ、最終的に魅了すればリリィの勝ちなのだから。


 全ては、勇者から魔界を守るためだ……!



 そうこう考えていると、遠くから彼が急ぎ足でやって来た。例の男子高校生――上田凌だ。いつもの黒いジャージ姿ではなく、シンプルニットにスキニーパンツという組み合わせ。一応、人前に出ることを気にしているのだろうか。


「お待たせ。ごめん、待った?」


「ううん、今来たところ」


 リリィはジャケットのポケットに手を入れたまま答える。これが待ち合わせ時の模範解答だと、先日読んだ文献に書いてあった。


「あれ? 今日はポニーテールじゃないんだ」


「ふふっ、そうよ。女の子はね、気分で髪型を変える生き物なの。覚えておきなさい」


 今日のリリィの髪型は、彼女にとってお気に入りのツーサイドアップだ。しかし、結び目を編み込みにして、雰囲気を少しだけ変えていた。


「そっか。……すごく似合ってるよ」


 ……えっ?


 リリィの顔がカァッと赤くなる。今まで何度も褒められたことはあったが、なぜかこの瞬間だけは身体が熱くなった。


「ほ、ほら! くだらない話してないで、さっさと行くわよ!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、リリィはスタスタと歩き始める。が、しかし――。


「あ……そっち、逆方向」


「えっ……?」


 おとなしく、凌の後を歩くことにしたリリィであった。



 いわゆる商店街と呼ばれるこの場所は、休日の夕方ということもあり、多くの人々で賑わっている。老若男女、家族連れからカップルまで、さまざまな人々がいた。

 その中でも、リリィの存在は特に目立っているようだ。


「見て、あの子。正面で見てもめちゃくちゃ可愛くない?」


「いやいや、横から見ても美少女だぞ!」


「下から見てもいい女だわ!」


 ……あぁ、全方向から私の美貌を褒める声が聞こえる。もう困っちゃうなぁ〜!


 リリィは得意げに微笑む。しかし、対照的に凌は居心地が悪そうだ。


「なんか、すごく目立っちゃってるね……」


 集まる視線を恐れるように、身体を縮こませていた。



 人だかりが人を呼び、さらに取り巻きが増えていく。大勢の人々が、リリィの美貌に注目していた。


「なにかのキャラクターかしら?」


「最近のコスプレって、本当に完成度高いよなぁ!」


 ……ん? コスプレ?


 リリィにとって、聞き捨てならない単語が耳に入った。誰? リリィの格好をコスプレ呼ばわりする不届き者は……?

 斜め後ろを振り返ると、一組の若いカップルがこちらを見ていた。あいつらか……。よし!


 リリィはジャケットの袖を少しだけまくる。そうして露出した色白の腕に、魅了の魔力を込めた。


「お、おれ……あの子に告白しようかなぁ……」


「はぁ!? 急になに!?」


「あんな可愛い女の子と付き合えたら、楽しいだろうなぁ……」


「わ、私というものがありながら……サイテー!」


 背後から聞こえる喧騒に、リリィはしたり顔で小悪魔のように笑う。ふん、どうだ。このエリートサキュバスの前では、人間のカップルなど、か弱き存在なのだ!


 しかし、魅了にかかったのは一人だけではなかった。


「オレが先に告白するんだ!」


「いいや、オレが先だ!」


「邪魔するな、スッ込んでろ!」


 他の男たちも次々と騒ぎ始め、ついには殴り合いにまで発展する。しまった……想像以上に影響力が強かったみたいだ。面倒なことになる前に、早くここから逃げないと。

 リリィは辺りを見回す。しかし、周りを屈強な男どもで囲われてしまい、退路を見出せないでいた。その時――!


「リリィ!」


 突然、何者かに手を握られた。力強さの中に、優しさと温もりを感じる。

 凌が、いつの間にかリリィの手を取っていた。そのまま彼女の身体を引き寄せ、人混みの外へ連れ出す。


「こ、こっちだから……。先を急ごう」


「う、うん。……ありがと」


 ……あれ? 今、私のことを『リリィ』って呼んだ?


 初めて名前で呼ばれたことに気づき、またしてもリリィは顔を赤らめる。嬉しさと恥ずかしさが混ざり合った感情を抱きつつ、少しだけ汗ばんだ凌の手を握り続けた――。

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