第4話 魅惑のサキュバスクッキング②
リリィの腕には、半透明の買い物袋がぶら下がっている。中身はにんじんに玉ねぎ、じゃがいも、豚肉、そしてバモウンドカレーのルゥ。近所のスーパーマーケットで購入した、一般的な『カレーセット』だ。
大多数の男が好むとされる『カレーライス』。リリィにとって、地球の料理は初めての経験だ。しかし、彼女は全く不安を抱いていない。何故ならリリィはエリートだから。
※
男の豪邸に辿り着き、玄関の前に立つ。今回はこっそり侵入する必要はない。正々堂々、正面から入るつもりだ。
「えっと……確か、ここを押せばいいのよね?」
リリィはインターホンに人差し指を近づける。これを押すことによって、家の中で音が鳴り響き、きっと彼が扉を開けてくれるはずだ。
あの男と……ついに、正面から向き合うんだ。魅了が通用しなかった相手。リリィの胸を触り、エッチなイラストを描いていた男。このジャケットを……丁寧に直してくれた人。
リリィの胸がトクンと高鳴る。あれ、おかしいな。どうしてこんなにも緊張しているんだろう? あいつはただの人間。
特別なことなんて、何もないはずなのに……。
「……ぼ、僕の家に、なにか用?」
「わぁ!?」
突然後ろから声をかけられ、リリィの心臓は冷水をかけられたかのように縮み上がる。慌てて後ろを振り返ると、そこには例の男子高校生が制服姿で立っていた。
「あっ、えっと、その……」
しどろもどろになるリリィの様子を、男は首を傾げながら眺めている。
「あ、ありがとう! ジャケット!」
「えっ?」
「縫ってくれた……でしょ!? 今日は、その……お、お礼をするために来たから!」
「あぁ……そ、そうなんだ……」
男はまたしても目線を下げる。相変わらず、リリィに魅了されている様子はない。
まさか背後を取られるとは……。完全に出鼻をくじかれてしまったが、まだ大丈夫。ここから立て直せばいい。リリィは両手をギュッと握りしめながら尋ねる。
「家に、上がってもいいかな!?」
男は数秒返事に悩んだ様子だったが、やがて小さく頷いてくれた。
※
にしても拍子抜けだ。カレーライスとやらは、案外簡単に作ることができた。材料を切って、ルゥと一緒に煮込むだけなんて……。本当にこんな物で、あの男の胃袋を掴むことができるのだろうか?
「お待たせ」
並盛りによそったカレーライスを、彼の前に置く。男は「いただきます」と一言呟いたのち、スプーンを使ってゆっくりと口に運んだ。
「……おいしい」
「ほ、本当に!?」
「うん。誰かにカレーライスを作ってもらうなんて、本当に久しぶり。……すごくおいしいよ」
食べるペースが徐々に速まる。それは彼の言葉がお世辞ではないことを表していた。
……よっしゃ!!!
リリィは心の中でガッツポーズをする。彼に喜んでもらえた……じゃなくて! これはつまり、胃袋を掴めたという事だ。そうなると、これからするべきことは一つ……。
「ふぅ。にしてもこの部屋……なんだか暑いなぁ〜」
リリィはわざとらしく手で仰ぎながら、彼のそばに近づく。そしてジャケットのファスナーを少し下げ、胸元を露出させた。
さぁどうだ!? きっと今なら簡単に魅了できるはず――。
「暑い? じゃあ、窓を開けてみるね」
男はすっと立ち上がり、窓の方へ行ってしまった。
……あ、あれ〜?
リリィはファスナーを摘んだまま、その場で固まってしまう。彼が窓を開けると、それはそれは心地よい秋の風が吹きつけてきた。
「どう? 涼しくなった?」
「う、うん……ありがと」
男はリリィに目もくれず、席に着くと再びカレーライスを食べ始めた。その様子を、リリィは
……おかしい。確かに彼の胃袋を掴めたはずなのに。
まぁいい。こうなったら次の作戦だ。リリィはエリートなので、いざという時の『とっておき』を準備しておいたのだ。
彼女はうすら笑いを浮かべる。ジャケットのポケットに入れてある『秘薬』を、ギュッと握りしめながら――。
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