第3話 同人イラスト①

 未だに、心臓がうるさい。身体中が火照って熱い。


 リリィは逃げるように学校から立ち去り、街角の小さな公園に来ていた。滑り台の下でしゃがみ込み、赤く染まった顔を両手で隠す。

 生まれて初めて、自分以外の誰かに触られた。リリィの大切な場所。とても敏感な箇所。透明になっていたのに、どうして……?


 スケルトンキャンディ。今はもう効果が切れているが、学校にいる間は確かに姿を隠せていた。魔力を持たない人間には視認できないはず。


「いや……きっとあいつには、私の姿が見えていたんだ!」


 リリィは考える。透明化など、あの男の前では無意味だったのだろう。でなければ、ピンポイントで弱点を掌握しょうあくできるはずがない。

 となると、これ以上尾行を続けるのは危険だ。さっきみたいに、また――。


「くっ……うぅ……」


 触られた感触を思い出し、再び顔を赤らめるリリィ。弱った子犬のような声が漏れる。

 このままでは駄目。何か別の策を講じないと。あの男について、安全に調査できる方法を。


 ……そうだ、今度は家に侵入しよう。尾行するより、いくらか安全なはず。

 彼に性欲があることは分かったし、『賢者タイム』が永遠ではないことも把握できた。とすると、調査は次の段階に進められる。


 ……あの男の『おかず』について、徹底的に調べてやろうじゃない!

 

 家は彼にとって、最もプライベートな場所だ。探索すれば、性欲を高めるための道具が見つかるかもしれない。


「ふふっ。あなたが普段、なにを『おかず』にしているのか……。参考にさせてもらうわ!」


 そうと決まれば、善は急げだ!


 リリィは勢いよく立ち上がる。しかし彼女は忘れていた。自身が今、小さな滑り台の下に潜り込んでいることを――。


「いだっ!」


 固い音が鳴り響く。思い切り頭をぶつけてしまい、鈍器で殴られたような痛みに見舞われた。

 そんな彼女の元へ、通りすがりの女の子が心配そうに近寄る。


「エッチな格好のお姉ちゃん、大丈夫?」


「う、うん……ありがとう。私、エリートだから。これくらい、平気……いたた……」


 痛みと涙を必死に堪えながら……。見知らぬ子供に情けない姿を見せないよう、必死に笑顔を作るリリィだった。



 再び、あの男が住む豪邸へ到着した。その立派な玄関には、予想通り鍵がかかっている。押しても引いてもびくともしない。しかし、リリィにはとっておきの秘策があった。


「ねぇ、玄関さん。お願いだから、リリィのために扉を開けてちょうだい……」


 人差し指と中指を唇に当て、扉に向けて投げキッスを飛ばす。ピンク色の小さなハートが発せられ、蝶のように舞いながら鍵穴へ吸い込まれた。


 するとどうだろう。ひとりでに鍵が外れ、まるで自動ドアのように扉が開いたではないか。

 これこそが、リリィの得意技『おねだり投げキッス』。魅了の力を込めたハートをぶつけることで、たちまち彼女のとりこにしてしまう。


 例えそれが、物や動物であったとしても……。


「ふふっ。こんなの、朝飯前ね」


 リリィは得意げな笑みを浮かべながら、男の家へ足を踏み入れた。



 念の為慎重に物色するが、やはり人の気配はない。屋内は不気味な程に静まり返っている。もしやあの男、こんな広い家にたった一人で住んでいるのだろうか。


 ふと、棚に立てかけてある一枚の写真が目に入る。そこには、大人の男女二人と小さな男の子が二人、合計四人の人間が並んで写っていた。


 男の子二人は、とても仲が良さそうに見える。兄弟だろうか。そして弟の顔は、どこかで見覚えがあった。


「もしかして、あいつの……?」


 考え中に、リリィは自身のするべきことを思い出す。今は写真など眺めている場合ではない。足早に他の部屋へと向かった。



 こうして家の中を彷徨さまようこと十数分。リリィは、ようやくあの男のプライベートルームとおぼしき場所へたどり着いた。


「はぁ、全く……。無駄に広すぎるのよ」


 半ば疲れ気味だが、ここからが本番だ。リリィは、彼の部屋を勝手に漁り始めた。本棚からは漫画本が、クローゼットからは衣類が見つかる。しかし、これといって刺激的なものは出てこない。


 そのまま彼の勉強机へと向かう。そこで彼女は、信じられないものを目にしてしまった。


「なに……これ? どうして、私が……?」


 見てはいけないものを見てしまった感覚。興奮と恐怖心が同時に押し寄せ、心拍数がうなぎ登りに上昇する。


 机の上にあったもの……。それは、繊細なタッチで描かれたリリィのイラストだった。

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