第2話 賢者タイム②
男の家はいわゆる『豪邸』で、リリィの想像以上に大きかった。彼女は玄関の隣、リビングと思われる大きな部屋を窓から覗き込む。そこには、テーブルに座り、一人でパンを
例の男子高校生だ。
無駄に広いリビングには彼の姿しか見当たらず、物音一つしない。他に誰もいないのだろうか?
どう見ても物寂しい光景だが、本人は全く気にしていない様子で、無表情のまま淡々と朝食を摂っている。まるで孤独そのものが日常に染みついているかのようだ。
「何というか……
※
その後、男は家を出て学校に到着した。さぁ、調査開始だ。まずは、現在の彼に性欲があるのかどうかを確認したいところ……。
おっと、早速チャンスがやってきたようだ! 階段を上る男の先に、女子高生が一人。リリィは透明なのを良いことに、そっと彼女のスカートを
「きゃっ!」
女子高生は高い声を上げながら、慌てて捲れたスカートを押さえた。ラッキースケベ、ど定番のスカート捲り。下の段にいる彼からは、色んなものが丸見えだろう。
……さぁ、どうだ!?
「……」
彼は女子高生に見向きもせず、そのまま通り過ぎてしまった。
「なっ……!?」
リリィは思わず驚きの声を上げる。そんな……あり得ない! 捲れたスカートを前にして、興味すら示さないなんて。これも『賢者タイム』が原因? それとも、性欲そのものが枯れているのだろうか?
いや……まだだ。まだ調査は始まったばかり。リリィは歯軋りをしながら、慌てて彼の背中を追いかけた。
あれから一時間、二時間、三時間……。時間が刻々と過ぎる中、男は淡々と授業を受け続けていた。板書をひたすら書き写し、時折出題される問題を解くことの繰り返し。
「しっかしまぁ、退屈なものね」
教室の外で、リリィは大きなあくびを一つ。これだけ多くの男女が集まっていれば、多少なりとも異性を意識するタイミングがあるはずだ。しかし彼にはそれがない。というか、まるで他者と関わろうとしていなかった。
「まずいわね……。このままでは、何の収穫も得られないじゃない」
リリィは少しずつ焦りを募らせる。しかし、好機は突然訪れた。
「それでは、四人グループを作ってください」
先生の掛け声とともに、生徒たちがざわつき始める。あれよあれよと、四人一組の集団が形成されていく。そんな中、例の男はおろおろと周りを見回すばかり。
「全く、仕方ないわね……」
リリィはふらっと教室へ立ち入り、彼の元へ近づく。そして透明な手で、彼の背中をそっと押した。
「うわっ……?」
男は流れるようによろめき、そのまま前方の集団へ飛び込む。そう、まだ三人しか集まっていないグループの元へ……。
「あれ? 上田?」
図体の大きい、いかにも体育会系な男が、物珍しそうな表情で首を傾げる。
「あっ……その、ごめん!」
ぺこりと頭を下げ、早急に立ち去ろうとした。しかし……。
「丁度良かった! あと一人足りなかったんだ。上田、一緒に組んでくれないか?」
「えっ……?」
目線を上げると、体育会系の男が手を差し伸べていた。その後ろで、微笑みを浮かべる女子が二人。
「上田君、確か絵が上手なんだよね? 心強いなー!」
「よろしくね、上田君!」
「あっ、えっと、その……よ、よろしく」
彼はホッとした様子で小さくお辞儀をする。その姿を、リリィは満足そうに見つめていた。
それからさらに一時間が過ぎ……。
「どうして!? 彼には、性欲というものがないの!?」
昼下がりに差し掛かったころ、リリィは教室の外で、人知れず地団駄を踏んでいた。
……おかしい。あれだけお膳立てをしたのに。男女二人ずつのグループで、あんなに女子と近い距離で会話して、顔色ひとつ変えないなんて。
まさか……『ずっとオレのターン』ならぬ『ずっと賢者タイム』!? いやいや、そんなの普通あり得ないでしょ!?
歯ぎしりをしながら、もう一度男の様子をうかがう。今は授業の合間。周囲の生徒たちが談笑する中、彼はまたしても一人になっていた。机に向かい、黙々と何かを書いている。
「また一人に……って、あれ?」
リリィはとある異変に気づいた。それは彼女が、今か今かと待ち望んでいた状況。
男が、顔を赤らめていたのだ。
どうして……? 一体何があったというの? 彼はただ、ひたすらペンを走らせて……いや、あれは絵を描いているのか?
とすれば、その絵に秘密があるに違いない。確認しなきゃ! 幸いにも、彼の席は窓際だ。教室の端を辿り、ゆっくりと男の元へ近づく。
もう少し、もう少しで、彼の手元が見え――。
「上田ー。寒いから、窓閉めてもらってもいい?」
「あ、うん。分かった」
男は作業を中断し、窓へと手を伸ばす。次の瞬間、ぽよんという効果音が聞こえそうな、何か柔らかいものに触れた。
「ひゃあん!」
「えっ……?」
センシティブな声に反応し、驚いたように手を引っ込める。彼だけじゃない。教室にいる生徒全員が、声の発生源であるリリィの方向を注視していた。勿論透明なので姿は見えていない。しかし、だからこそ、あたかも視姦されているような錯覚に陥ってしまう。
リリィの顔が、見る見るうちに熱く火照り始めた。
「くっ――。んんっ――!!」
触られた胸を押さえ、必死に声を押し殺し……。耐え難い恥ずかしさのあまり、彼女は窓の外へ飛び出してしまった。
「なっ、何? 今の……?」
男は首を傾げながら、自身の手をまじまじと見つめ続けた。かすかに残る柔らかい感触を、名残惜しむように……。
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