第2話 賢者タイム①
――地球へ
魔王から突然に告げられた指令は、まったく予想外の内容だった。リリィは頭にハテナを浮かべたが、魔王にはちゃんとした思惑があった。
どうやらこちらの世界で『勇者』と呼ばれる存在が生まれたらしい。その勇者は地球から『転生』してきた『男子高校生』で、強大な力と加護を持ち、魔王を倒す使命を背負っているのだとか。
……リリィにとって、馴染みのない単語ばかり。しかし魔王の凄まじい慌てっぷりから、魔界の未来が脅かされていることだけは分かった。
魔王は考えた。勇者とて男。魅了してしまえば、きっと無力化できるだろうと。そこで、サキュバスのエリートであるリリィを
しかし、いきなり勇者にリリィをぶつけるのは無鉄砲すぎる。あまりにも危険だ。ということで、まずは勇者の故郷である地球で力を試すこととなった。現地の『男子高校生』を魅了することができれば、きっと勇者にも通用する筈。
リリィはこのとき、生まれて初めて魔王に頭を下げられたのだった――。
※
あんなに慌てた魔王様の姿を見たのは初めてだ。リリィは拳をギュッと握りしめる。自身の手に、魔界の未来がかかっていることを改めて実感した。
……絶対に、失敗はできない。
「大丈夫よ、リリィ。あなたはエリートなのだから」
自分自身を励ますように、独り言を呟く。彼女がエリートたる理由。それは単に生まれ持った魔力の高さだけではない。
リリィは勤勉だった。前回の敗北を経て、『男子高校生』という存在の
地球が誕生してから現在に至るまでの歴史。男子高校生が住む『日本』という国の文化、宗教、思想、そして恋愛観。さらには、地球における男の生態についても……。
様々なデータを、ありとあらゆる手段を用いて調べ上げた。その中でひとつ、リリィにとって目から
『賢者タイム』と呼ばれる時間の存在だ!
どうやら地球の男には、性刺激に全く反応しなくなる時間があるらしい。性的欲求が満たされ、興奮が一定のピークを超えた後、あたかも『果てた』かのように性欲が低下するという。
例えるならば、魔法の
とにかく、それは地球の男が持つ自己防衛スキルと捉えていいだろう。前回、魅了が通用しなかったのも、きっとその『賢者タイム』が原因に違いない。だとすれば、リリィが取るべき対策は一つ。
彼の『賢者タイム』を徹底的に調査すること!
私生活をとことん観察し、性欲の波を完全に網羅してやるのだ。敵を知ることこそが勝利への近道。リリィは、自分の立てた作戦の完璧さに自信を持っていた……。
※
こうして、再び閑静な住宅街へとやって来た。前回と打って変わって、東の空からは洗い立てのような陽光が差し込む。朝とはいえ、人通りは
リリィは人目を気にせず、街中を堂々と歩いていた。相変わらず、ショートキャミソールにホットパンツという露出度の高い格好だ。さらに悪魔特有の角や羽、尻尾まで隠すことなく
本来であれば、職務質問を受けても文句は言えないだろう。しかし、誰一人として彼女に注目する者はいない。それどころか、誰も彼女の存在に気づいていないかのようだ。
「ふふっ。流石は魔界屈指の優良商品、魔女っ子マリリン監修の『スケルトンキャンディ』ね。これなら、周りに騒がれることなく調査ができそうだわ」
リリィの身体は、不思議な薬の力で透明になっていた。実態はあるが目には見えない、そんな状態だ。あとは人にぶつからないように気をつけるだけ。
すれ違う人々を避けながら、徐々に歩みを速める。とある場所へ向かって……。
「ここね……」
たどり着いたのは、例の男子高校生が住む家だ。道には迷わなかった。男の精力を探知できる彼女にとって、住所を突き止めることなど造作もないのだから。
「調べさせてもらうわ……! あなたの『賢者タイム』を、徹底的にね!」
そして、彼が最もエッチな気分になったタイミングで、このジャケットを脱ぎ捨て、私の美しい肌をさらけ出してやるんだ! ふふっ、目に浮かぶわ。あの男が鼻血を垂らして倒れる姿が。
リリィは息を弾ませながら、家に向けて歩きだしたのだった。
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