第2話 賢者タイム①

――地球へおもむき、男子高校生とやらを魅了せよ――


 魔王から突然に告げられた指令は、まったく予想外の内容だった。リリィは頭にハテナを浮かべたが、魔王にはちゃんとした思惑があった。


 どうやらこちらの世界で『勇者』と呼ばれる存在が生まれたらしい。その勇者は地球から『転生』してきた『男子高校生』で、強大な力と加護を持ち、魔王を倒す使命を背負っているのだとか。


 ……リリィにとって、馴染みのない単語ばかり。しかし魔王の凄まじい慌てっぷりから、魔界の未来が脅かされていることだけは分かった。


 魔王は考えた。勇者とて男。魅了してしまえば、きっと無力化できるだろうと。そこで、サキュバスのエリートであるリリィを抜擢ばってきしたのだ。


 しかし、いきなり勇者にリリィをぶつけるのは無鉄砲すぎる。あまりにも危険だ。ということで、まずは勇者の故郷である地球で力を試すこととなった。現地の『男子高校生』を魅了することができれば、きっと勇者にも通用する筈。


 リリィはこのとき、生まれて初めて魔王に頭を下げられたのだった――。



 あんなに慌てた魔王様の姿を見たのは初めてだ。リリィは拳をギュッと握りしめる。自身の手に、魔界の未来がかかっていることを改めて実感した。


 ……絶対に、失敗はできない。


「大丈夫よ、リリィ。あなたはエリートなのだから」


 自分自身を励ますように、独り言を呟く。彼女がエリートたる理由。それは単に生まれ持った魔力の高さだけではない。

 リリィは勤勉だった。前回の敗北を経て、『男子高校生』という存在の手強てごわさを知った。簡単には勝てないと悟った。そこで彼女は、綿密な下調べを行ったのだ。


 地球が誕生してから現在に至るまでの歴史。男子高校生が住む『日本』という国の文化、宗教、思想、そして恋愛観。さらには、地球における男の生態についても……。

 様々なデータを、ありとあらゆる手段を用いて調べ上げた。その中でひとつ、リリィにとって目からうろこが落ちるような情報があった。それは――。



 『賢者タイム』と呼ばれる時間の存在だ!



 どうやら地球の男には、性刺激に全く反応しなくなる時間があるらしい。性的欲求が満たされ、興奮が一定のピークを超えた後、あたかも『果てた』かのように性欲が低下するという。

 例えるならば、魔法の詠唱えいしょう後に訪れるクールタイムのような。もしくは、暴走モードから冷めたバーサーカーのような……。


 とにかく、それは地球の男が持つ自己防衛スキルと捉えていいだろう。前回、魅了が通用しなかったのも、きっとその『賢者タイム』が原因に違いない。だとすれば、リリィが取るべき対策は一つ。


 彼の『賢者タイム』を徹底的に調査すること!


 私生活をとことん観察し、性欲の波を完全に網羅してやるのだ。敵を知ることこそが勝利への近道。リリィは、自分の立てた作戦の完璧さに自信を持っていた……。



 こうして、再び閑静な住宅街へとやって来た。前回と打って変わって、東の空からは洗い立てのような陽光が差し込む。朝とはいえ、人通りはまばらだ。狭い歩道を進む人間が数人いて、その横を車がゆっくりと通り過ぎていく。

 リリィは人目を気にせず、街中を堂々と歩いていた。相変わらず、ショートキャミソールにホットパンツという露出度の高い格好だ。さらに悪魔特有の角や羽、尻尾まで隠すことなくさらけ出している。


 本来であれば、職務質問を受けても文句は言えないだろう。しかし、誰一人として彼女に注目する者はいない。それどころか、誰も彼女の存在に気づいていないかのようだ。


「ふふっ。流石は魔界屈指の優良商品、魔女っ子マリリン監修の『スケルトンキャンディ』ね。これなら、周りに騒がれることなく調査ができそうだわ」


 リリィの身体は、不思議な薬の力で透明になっていた。実態はあるが目には見えない、そんな状態だ。あとは人にぶつからないように気をつけるだけ。


 すれ違う人々を避けながら、徐々に歩みを速める。とある場所へ向かって……。


「ここね……」


 たどり着いたのは、例の男子高校生が住む家だ。道には迷わなかった。男の精力を探知できる彼女にとって、住所を突き止めることなど造作もないのだから。


「調べさせてもらうわ……! あなたの『賢者タイム』を、徹底的にね!」


 そして、彼が最もエッチな気分になったタイミングで、このジャケットを脱ぎ捨て、私の美しい肌をさらけ出してやるんだ! ふふっ、目に浮かぶわ。あの男が鼻血を垂らして倒れる姿が。


 リリィは息を弾ませながら、家に向けて歩きだしたのだった。

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