第27話 火種
「寂しくなるわね、店長さん。このお店が無くなるなんて」
保科さんが閉店のニュースを知って駆けつけた。
「本社の意向なんでしゃーなしです。俺はいい思い出とか、あんまないんで」
蘇るは、ワンオペの苦行。振り返るは、厄介な常連。思い出すは、クソガキへ接待。
え、リセットボタン押していいの? 押します、俺が押しますってば。
「店長さんは隣の店舗に移動するのしら?」
「悩み中です。たとえ移動しても、すぐ辞めるかも」
モチベーション皆無は当然として、俺は何がしたくないかもっと追求すべきだ。
……何がしたいかで自分を語れ? あのさぁ、やりたいことだけで全て賄える奴は一握り。おひとり様は精神が自由なれど、肉体は不自由なり。妥協忘るることなかれ。
「それじゃあ、私たちの密会も紫陽花が枯れるまでね」
「昼下がりの蜜月なんて、自分胃もたれしちゃう」
「あら、頑張りなさい。あなた、まだまだ若いんだから。ねっ?」
鼓膜を舐めるようなセクシー人妻の囁きに、きゃって言っちゃった。俺が。
奥さぁ~ん、マズいですよ!
「ふふ。相変わらず旦那はちっとも帰ってこないし、ワンナイトで精を出すのも」
「やめんか、子持ち主婦っ!」
「ごめんなさい、出される方よね」
そして、下ネタである。
セクハラまみれの職場です。一刻も早く退職する決意が漲る今日この頃。
「その顔、出会った頃の主人にそっくり。ほんとシャイな人で、懐かしいわぁ~」
青春時代へトリップした、保科さん。
プレシャスメモリーズの中でじっとしてもろて。
常連の面倒にいくら付き合っても、仕事は減らずサビ残が増えるのみ。
ながら労働のプロゆえ、テキトーな雑談に付き合いつつディスプレイを片付けていた。
「そういえば、きららちゃん。最近、見かけないけどケンカしたの?」
「さあ? 習い事、忙しいのでは? そもそも、子供が入り浸る場所じゃないですし」
「残念ねえ。寂しいでしょ?」
「?」
質問の意図が分からなかった。いや、寂しいなる単語は理解できる。なにゆえ、その感情を抱いていると予期されてしまったのか。
考える人よろしく考え、哲学閃いちゃう寸前な俺。
「仲良さそうだったから、心配してる……って、コト?」
「いやね、年を取るとお節介したくちゃうのよ。ふふふ」
保科さんにまだお若いですよとお世辞を述べる余裕すらなく。
俺は、落胆の表情を必死に繕うばかり。
常連には何度も伝えてきたものの、さりとておひとり様の性質は伝わらず。
みんなと一緒じゃいられない。無理解は仕方がないけれど、分かったつもりはやめてくれ。別に孤独は可哀想な奴じゃない。一番穏やかな状態だから。
「花蓮がそろそろ帰ってくる時間だわ。店長さん、次は連れて来るから遊んであげて」
「接客はします。仕事なんで」
「きららちゃんと仲直りしておいてね」
「接触しません。私事なんで」
人生ソロプレイヤーの断固とした決意に苦笑した、保科さん。
ちいかわの新弾ガチャを回すや、スーパーへ足を延ばすのだった。
「勘違いされても、否定するこっちの方が疲れるなあ。他人にどう思われようが気にしない。それが俺の生き様でしょうに」
最近、無駄な思考を割かざるを得なくすこぶる参ったぜ。
解放せよ、解放せよ。ストレスを、ワンオペを。
全力待機ぞっ。そのための休憩室。そのためのジオラマ作り。
趣味に熱中させたまえ。さすれば、文句を吐かない人畜無害――
否、そんなぼっちの微々たる願いなどいとも容易く無情にも打ち破られた。
「ヘンタイさん! 大変ですよ、ヘンタイさんッ」
「やはり、来るか……邪魔者が」
常連三連チャンと来れば、オマケで追加ゲストの訪問も予期できよう。
「天羽さまが! 天羽さまの窮地なのですっ」
「騒ぎたいなら、フードコートかマック行ってもろて。店長、休憩で多忙につき」
どこぞの小学生マネージャーを意に介さず、俺は速攻で聖域の扉を封印した。
「どうして柊を無視するのですかぁ~っ!?」
ドンドンドンッ!
手前味噌で恐縮ですが、居留守の音無と恐れられたこともある。
「うぅ~……ヘンタイさん、助けてください。助けてください、ヘンタイさんッ」
小娘の泣き落とし? んなもん、全米が泣いても通用せんぞ。おひとり様は業者レビューを一切信用してないからな! 自腹と己が目で確かめるのみ。
「柊はどうなってもいいですから! 天羽さまをお救いください!」
チラリと、監視映像を確認。
ドアに縋りついた憐れ女子小学生。
それを遠巻きに眺め、噂話に興じる主婦や学生たち。
「何でもしますからぁ~っ」
少女の悲しき叫びに、仕事ができる警備員が駆け付け――
「柊くん、キミが困っているならばッ、ぜひ話を聞こうじゃないの! 疾く入りたまえ」
そして、大人の対応である。
目下、一人きりじゃいられない。
信念? 生き様? そんなもん、些事よ!
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