第25話 他人以上知り合い以下
年中無休で閉店セール開催中な店が潰れていた。
ほんとに潰れるやつがあるかぁ~~っっ!
思わずツッコミしたのが三日前。自分の勤め先が閉店セールを開く前兆だったみたい。
特に因果関係はないものの、人は何かしら理由を付けて納得したい生物なのだなあ。
カプセルトイ専門店・ガチャポンの森泉風店が閉店まで、残り三週間。俺は急ピッチでお知らせの更新やら、閉店セールの準備でサビ残を強いられた。
ちょ、待てよ! サビ残は平時からやらされてるぞ。ふざけろッ。
在庫処分のため、返品と店間できないガチャポンはばら売りだってしちゃう。まあ、シークレットは回収しちゃうんですけどね。転売ヤーの皆さん、無駄足ですよ。
俺の安息地にして聖域だった休憩室――段ボールの山々が噴火寸前だ。
「鎮まりたまえ、鎮まりたまえ。爆発したいのはこっちだが」
売場の片付け、筐体の撤収作業はもちろんワンオペ。結崎はテスト期間で休みだ。テスト前くらい勉強しなさい。俺もやったんだからさ。一応、進学校やろ?
重たい什器を運ぶのは流石にキツく、腰を持っていかれたぁぁあああっっ! 湿布と鎮痛剤で、肉体を騙し騙し酷使していく。労災? でもそれ、あなたの不注意ですよね?
健康管理部に問い合わせるや、自己責任だってさ。天秤が一気に退社へ傾いた。
費用が高額になるけれど、全部業者に任せてしまおう。もはや経費など、知らへん。
振り返れば、名残惜し――ダメだ、辛くて苦しくて大変な記憶ばかり溢れてきやがるっ。とてもしみじみと物思いに耽られねー。自分、己に嘘つけません。
音無景弘の心理状態がどれだけ荒れようとも、店は開かれる。
確か、曲や映画のタイトルに採用された有名なフレーズがあったはず。
――ザ・ショップ・マスト・ゴー・オン!
「営業は続けなければならない、か。ブラック会社の社訓にピッタリじゃないの」
あれ、舞台だっけ? 劣悪な労働環境こそ喜劇に相応しい。悲しいね。
店頭で物言わぬ店長がマネキンよろしく置物のフリをしていると。
「我が同志」
「……」
見覚えのある他人が現れた。怖いですね、離れましょう。
「我が怨敵! 此度の一件どうなっておるのだっ?」
俺が反対の通路へ逃げる寸前、十文字は無駄な回転を加えながら割り込んだ。
「どうって、お知らせに書いた通りだ。当店、月末で閉店。今までよく足を運んでいただき、ありがとうございました。じゃそういうことで」
「笑止! それがしと貴様が古から紡ぎし因縁の果て。見届けぬまま逝くつもりか!?」
「知らんよ」
厄介な常連に絡まれ、げんなりと体力が削られた俺。ハードワークでお疲れ気味。
「十文字。お前も、カプセルトイ愛好家。同志と言われるのもギリギリ許そう」
こやつは美少女系ばっかで、俺とジャンルが被らんけど。
「然り。ガチャポンの戦場にて邂逅し、背中を預けた戦友なりや」
「いや、俺に友達はいないぞ」
即否定である。
「フン、面映ゆしか。心情の機微とやら、察してやろう」
クククと笑みを漏らした、十文字。
全然、伝わっていなかった。お互い自分の世界を創造するタイプ。類似点で干渉できる知り合いゆえ、それ以外はちっともかみ合わず。
「来月から隣の駅ビルに新店オープンするから。規模も同じくらい。ラインナップは常連になれば相談可。じゃそういうことで」
最後の挨拶を済ませ、さっさと控室に引っ込む勢い。
「逃げるのか、景弘音無」
無駄にイケメンボイスな挑発に、立ち止まった俺。
「何……だと?」
「小生から逃げるのか。そう、問うたのだ」
「え、当たり前じゃん。おひとり様ってやつは人との接触を極力嫌うでしょ」
「是非もなしっ」
シリアスな問答にしゃれ込もうと思ったができませんでした。
「貴様、新店とやらに移るのだろう?」
「ん~、微妙。シンプルに仕事キツいから、別のとこ移った方がマシだな」
そもそも、カプセルトイ専門店に入社したのは仕事が楽そうだから。その一点のみ。
結局、新店長が来ても環境レベルが同じならば意味ないじゃん。
「ならば、我の元へ来るがいい。動画投稿の深淵、共に覗こうぞ!」
「十文字のチャンネルのスタッフってこと?」
「存分に誇るがいい。否、当方を容易く御せると思うことなかれ」
「一応人気ユーチューバーのスタッフね。今の仕事より楽そうだ、やめとくわ」
俺が笑顔で返せば、珍しく十文字が素で焦った。
「な、何ゆえか!? 音無君も拙者と同じ、ホビーに情熱を注ぐ同志でござろうて! どこが不満なの? 改善の努力はする、けど?」
「お互い、今の距離感が一番安定してるだろ。余計な接近は、疎遠を近づける」
俺は、誰かのために頑張れる人間じゃない。戦力にはなれんぞ。
お前のチャンネル、せっかく一人で成功したんだ。数字が出せる間は、現状に満足したっていいんじゃない? オモチャは好きだけど、あくまで趣味。専門家じゃないよ。
「くっ、ククク――相容れぬ、か。それでこそ、我が宿敵! 貴様の亡骸をいだき、我はようつべ山脈の頂まで踏破してやろう」
「死んでねーよ。あと、ようつべは先行スタートが有利じゃない? 同ジャンルで一位も難しい気がする」
「フヒヒ、サーセン」
そして、正論である。
腕を十字にクロスさせた変質者、プリキュアのガチャガチャを回すや満足そうに。
「残り三週間の命。風前の灯火を愛でるのも一興か。サラダバー」
金色のカプセルを店長に見せつけ、颯爽と踵を翻すのであった。
「……疾く緑黄色野菜はお帰りください」
面倒な常連だぜ、全く。毎回レビュー動画に高評価押してんだから、感謝しろ。
厄介者を追い払うのに時間と体力を使ってしまった。閉店セールのチラシを思い出し、業務用プリンターがある事務所へ向かおうとすれば。
「オウ、カゲヒロ。ヨニゲノジュンビ、バンタンカー?」
新たなる常連もとい厄介者、襲来である。
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