第24話 訪問者

 いつものごとく嫌々売場へ出て、労働の喜びを享受していたタイミング。


「音無ちゃ~ん、お疲れちゃ~ん」


 ふらりとやって来た知らないおじさんに肩を叩かれた。

 これが真のセクハラである。内線一番っと。

 ――待て。知ってるおじさんだ。踏みとどまれ。


 白いシャツに白いジーンズ。首にはピンクのストールを巻いたトレンディー。胸ポケットにグラサンを引っかけ、クラッチバッグと革靴の黒光りが眩しい。


「あっ、おはようございます。加藤SV!」

「おはようちゃ~ん」


 SVとは、スーパーバイザー。各地域、複数店舗の経営指導や業績管理を担う人。

 いつも画面越しのコミュニケーションだったゆえ、一瞬分からなかったぞ。


「珍しいですね、直接店に来るなんて。何か、ありましたか?」

「急な話ぃ~、ちゃんと視察しろって部長に怒られちゃってさぁ~」


 加藤SVは、リモートワーク大好き人間。かなりテキトーで、かなりいい加減。 

なぜ管理職に昇進できたのか謎だ。っぱ、会社はコミュ力が一番大事らしい。


「まあ、そんな身構えないでよ音無ちゃん。気楽にさあ、普段通りでよろしくちゃ~ん」


 観光気分よろしくガチャマシンを眺めるや、さっさとスタッフルームへ引っ込んだ。


 相手をしなくていいのなら、好都合。上司と雑談より、業務に励む方が精神的に楽。俺は品出しと清掃を丁寧にこなし、他にタスクがないか頭をひねった。頼む、To Doリストをチェックさせてくれ。


「そうだっ、ホームページに載せる店舗の写真を撮らねば!」


 ディベロッパーに催促されてたんだ。おたく、データ提出はよって。

 SNSでも使うらしいじゃん。あらゆる角度、あらゆる風景の構図を用意しないとな。


 手始めに、上手に撮影する方法をようつべで調べよう。たくさん動画視聴しなきゃだし、あー忙しっ。こりゃ、SVの世間話に付き合ってる暇ないぜ。

 売場のカウンターを陣取って、アイパッドを操作していると。


「音無ちゃ~ん、ちょっといいかなぁ~?」


 加藤SVに手招きされ、仕方がなく休憩室へ向かった。

 上司が足を組みながらデスクに腰掛け、俺の聖域が侵略された居心地の悪さだ。


「急な話ぃ~、この店舗月末で閉店なんだよねぇ~」

「……は?」


 一瞬、理解できなかった。閉店? 長年のご愛顧ありがとうございました?

 さりとて、俺は本気でいつ辞めてもいいと思っていた名ばかり店長さ。


「そう、ですか。かしこまりました。売り上げ不振とかです?」

「いやいや、音無ちゃんはよくやってるよぉ~。ただ一つ、重大なミステイクってわけ」


 加藤SVの厳しい視線に、俺がごくりと喉を鳴らせば。


「テナント契約が今月でおしまいちゃ~んってこと」

「っ!」


 それ――初めて聞いたぞ。前任者から引継あったか? いや、ない。基本的にバイト業務のOJTだけだったし。


「その顔は、前の店長ちゃんが伝えてなかったかぁ~」


 所詮、肩書だけ店舗責任者。日々の、目前の仕事に忙殺されるばかり。

 テナント契約が半年毎に更新なのは一応知っていた。けれど、次の更新がいつかなんて全く考えてなかった。


「ここが閉店ってつまり、従業員は解散ですかね?」


 平たく言えば、クビってこと? 雇用契約さよならバイバイ?


「社員は別店舗で引き続きよろしくちゃ~ん」

「自分、バイトっす」

「あぁ~、そうだっけ? 音無ちゃん、まだ代行者? まあ頑張ってたし、移動ってことで話通しちゃおっかぁ~」


 パチンッと指を鳴らした、加藤SV。


「急な話ぃ~、隣の駅ビルのテナント契約済みだからさぁ~。本部の社員が店長やるけど、音無ちゃんもまた売り上げ頑張っちゃってよぉ~」


 返事に悩んでいると、先方が沈黙は肯定と捉えて。


「マニュアル送るからさ、業者の手配と片付け。DVへの手続き、よろしくちゃ~ん」


 加藤SVは、一仕事終えたと言わんばかりなご満悦な表情。金持ちロリが残したダージリンを一気飲みするや、スマホでどこかに連絡しながら去っていくのであった。


 休憩室に平穏が戻るも、心穏やかにあらず。

 取り残された俺、口を閉めるのも忘れてしまう。


「は、ははっ。これが転機ってやつか。Suddenlyは突然に」


 そして、重複である。

 もちろん、俺は国語の偏差値48だからじゅうふくと読んじゃうよ。

 進路選択を突きつけられた以上、移動か退職のどちらかを選ばなければならない。おひとり様ゆえ、人と関わりたくない第三の道を画策するも秒でとん挫。


 なんせ、おひとり暮らしにはすこぶるお金がかかるのだから。

 とにもかくにも、不労所得三億円欲しいと思いました。

 音無景弘の人生、年末ビックジャンボに全て賭けるぜッ!

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