第21話 分岐点
「あんた、どーゆーつもり?」
マネージャーを先に帰らせるや、スーパータレントが嚙みついてきた。
「どう、とは?」
「おじさんがあたしに助け舟出すなんておかしいでしょ。同情? 憐れみ? どっちにしても不愉快の極みだわ」
「どっちでもねえ」
じゃあ何だと睨みを利かせてきたので、俺は正直に答えた。
「好奇心、かな。俺がとっくの昔に捨て去った選択にさ、必死に手を伸ばした子の行く末ってやつが。まあ、見届けることはないんだけどな。他人だし」
「さっき断られた時、頭が真っ白になってちっとも答えられなかった。あまつさえ、ロリコンの詭弁で窮地を打開してしまったの。こんな屈辱ってある? いいえ、金輪際あり得ないわ!」
あまり吠えるな、負け犬に見えるワン。
「修行不足だよ。なるほど、確かにガキンチョは聡明かつ優秀。とても小学生のレベルじゃない。でも、まだ子供じゃん。経験が足りないよ、経験が。社会人が生きていくには、機転を身に付けなければならない」
「バイト店長のくせに!」
「その通り。アルバイトなのに、責任と義務ばかり押し付けられた! もちろん、時給据え置きで! ふざけろッ」
アンガーマネジメント? 俺は至って冷静だぁぁあああーーっっ!
「……ふぅ。とまあ、名ばかり責任者にさえ劣っているのが天羽の現状さ」
「ふん、中学生になれば成長するわ。あんた程度、瞬く間に抜かしてあげる」
「スペック差がダンチなのも認めるところ」
俺の全盛期とクソガキの小学生時代がどんぐりの背比べってマ? 悲しいね。
閑話休題。
勝手知ったるなんとやら。天羽が冷蔵庫から紅茶を取り出した。
いつの間にか、ラックにアンティークなカップまで用意されている。賃貸ルームの私物化、許せませんよ! あ、奥のデスクだけど上からテーブルクロスかけときますね。
「ん」
来週発売予定のカタログに目を通していると、カタンと音が響いた。ちいかわ、プリキュアの新作かぁ~。また常連客が勢いづくラインナップだこりゃ。
よし、来週風邪引いて休もう。え、熱があるなら注意して働こう。病院行く元気があるなら、先に出勤してください。お客様ファースト、ですよね? ――爆ぜろッ。
「ぼぉーっとしてないで、返事しなさいってば」
「え、何だって?」
せっかく、珍しく仕事に集中してたのに! あー、今のでやる気なくなった!
言い訳はさておき、俺がクソガキの方へ視線を向ければ。
「これ、あんたが欲しかったやつでしょ」
テーブルには、金色のカプセルがぽつんと置かれていた。
天羽はそれを、つまらなそうに指で弾く。
「ちょ、待てよ!?」
業務なる些事を投げ捨て、俺はダイビングキャッチ。フ、今年のゴールデングラブ賞はいただきっ。野球知らないけどね。
落下で破損を免れた、守銭奴タヌキのフィギュア。心なしか、安堵した表情だなも。
「そんなチンケなタヌキが垂涎の品ねえ。マニアの気持ちは理解できないわ」
「共感されたいオタクじゃないんで、好きに言うがいいさ。承認欲求に振り回されないのがおひとり様の素晴らしさ」
「へー」
完全に興味なさそう。別にいい。お互い無関心ならば、争いは生まれないのだから。
真の平和とは、他人同士が手を取り合わないことだった? 急いで論文書かなきゃ。とりあえず、チャットGPTをコピペっと。もちろん、音無景弘は浅学ゆえチェックツールで一発バレするなんて想像できぬ。
「一応、おじさんが役立ったと認めましょう。だから、約束は果たすわ。業腹だけど」
「素直にありがとうって言えんのか? これからの友達付き合いで必要なテクだぜ」
「……お礼は言ってあげる。感謝なさい」
クソガキが腕を組み、嫌そうながらちょっとだけ首を揺らした。
「どっちか分かんねーよ」
「おじさんみたいな珍妙な奴の生態を知れて、まあ特にためにならなかったわ」
「さいで」
「けれど、暇つぶしには良かった。誇っていいわよ」
天羽は、柔らかい表情で真っ直ぐ俺を見ていた。
いつもの気難しい仏頂面を潜め、幼い少女然とした素顔を披露していく。
「目的を達成した以上、もうここへ訪れる理由がないわね。もうヘンタイの相手しなくて清々するじゃない」
「確かに、お前のエリート人生と交わるような人種じゃないからな。実は俺、隠してたけど……子供が一番嫌いなんだ」
「知ってる。あんたそれ、全く隠せてないでしょ」
「ナンダッテーッ!?」
表面上は配慮してたつもりなのに! 一応、我慢してたつもりなのに!
意表を突かれた俺を見て、呆れていたガキンチョ。
「せいぜい、小学校の周囲を徘徊しないことね。ロリコンと邂逅したくないし、お巡りさん呼ぶのも面倒だから」
「俺はワンオペの音無! お前が義務牢獄で刑務作業している間、強制労働施設で奴隷の身をやつしているッ」
「ださっ」
そして、失笑である。
もちろん、俺は国語の偏差値48なので誤用した。それでも本来、失笑が――思わず噴き出しちゃうって意味のイメージ湧かんぞ。
「友達作りは一応成功したんだ。これからは継続を頑張れ、応援してる」
「あんたが他人の応援なんてするわけないでしょ。営業スマイル出さないで」
「まあな! だって、他人だし」
一切合切悪びれず。それが俺の長所だろ?
「あたしが今まで関わった人の中で、おじさんが一番薄情よ。なのに、一番距離が近かった気がするの。ほんと、ムカつく」
天羽はふと立ち上がり、テクテクと入口へ向う。ドアに手をかけ、振り返った。
「さようなら。あたしはあたしの居場所を作って、前に進みます」
「さよなら。俺は俺の世界に籠って、精一杯踏みとどまる」
軽く会釈を済ませ、ぼっちだった女子小学生は新たな一歩を選ぶのであった。
騒がしい奴が消え失せ、静寂を取り戻したバックルーム。
穏やかに、安らかに。落ち着いた雰囲気の中、俺は独り言ちる。
「嘘でも寂しくなるとか言わない当たり、おひとり様なんやなって」
人生ソロプレイヤーの友は孤独のみ。ぼっちに後ろめたさなし。
あの子には、時たま思い出してほしいものだ。一人きりの時間も享受せよと。
「生意気ロリの相手は億劫だった。しかし、悪くなかったのは嘘じゃない」
天羽きらら。クソガキの権化。
もう二度と会うことはないだろうけど、救われたのならばヨシとしよう。
一人でいい、一人がいい。二人きりより、一人ぼっち。それが音無モットー。
悩める幼嬢ときっちり進路が隔たれ、俺は清々しい気分でいるのだった。
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