第20話 詭弁まかり通れば
取り調べよろしく、テーブルを挟んで二人の女子小学生が対峙した。
「あなたのこと、調べさせてもらったわ。柊雪月花。六年三組、マスメディア部所属。これといって特徴はなく、あまり目立った児童ではない。無遅刻無欠席で問題を起こさず、仲良しグループの友達だっている。ふーん、いわゆる普通の子ね」
メガネをクイッとさせ、タブレットのメモを読み上げた天羽デカ。
「様になってるじゃないの。嫌味ったらしい感じがよく出てる」
「おじさんも取調されたいわけ? あんた、叩けば埃しか出ないでしょ」
「かつ丼頼んでくれ。話はそれまで黙秘権」
利益供与がドウタラー。規定むつかしくて、俺には分からん。
「柊は別に、何もやましいことは……」
「本当に?」
「うっ」
「本当に、何もやっていないの? あたしの目を見て、ちゃんと答えられる?」
天羽は身体を前に乗り出すや、ビビる容疑者へ追撃していく。
「ちょ、直視できません!」
「それはつまり、自白す――」
「吸い込まれるような綺麗な瞳が眩しすぎますぅ~」
そして、感動である。
良かったね、推しとガチ恋距離が体験できて。
「雪月花さん。勘違いしないでちょうだい、別に責めているわけじゃないのよ。単なる事実確認。あたしの次の出方を決める重要な証言をあなたに求めているわけ。協力してくれるかしら?」
「柊が、天羽さまのお役に?」
「もちろん」
大人びた微笑みで、優しく諭すような声色を扱う天羽デカ。
落としのきらら。取調室にこの人ありと言われた伝説があったり、なかったり。
柊さんは深呼吸がてら、観念した。今までの行動をぽつりぽつりと語っていく。
否。
あーだこーだ長く、控えめに言って俺はほとんど興味がないのでスキップ。
――要するに?
「一目見た時から天羽さまの立ち振る舞いがかっこよくて、どんな人か詳しく知りたかったのです。けれど、直接やり取りするような度胸は柊にありませんでした。こそこそと付け回す真似をして、すいませんでした」
「あたしは他の小学生より、可愛くて賢いだけじゃない。同級生に尊敬されるほど、立派な人間ではないの」
……あぁ、よかった。ギリギリ謙遜できるんだ。
最後のラインを超えてきたら、俺がクソガキに活を入れるところだったぜ。時代的に体罰はマズい? 中学時代の俺、教師に廊下で体落とし食らったけどセーフかい?
「カリスマなのです。柊だけじゃありません。教室の大多数が天羽さまをすごいお方だと一目置いているのです! その結果、出過ぎたマネをしない暗黙の了解が生まれました」
「そう……ずっと、避けられていると思ったわ」
不意に視線を逸らした、天羽。
確かに、こやつはすごいお方だ。能力や性格、言動いろいろと。
さりとて、所詮小学生。自分だけぼっちが気になるお年頃。嫌われてるわけじゃないと分かっただけでも、収穫だろう。
俺は徒党を組むのが苦痛だったゆえ、孤独の楽しみ方を探してばかりだった。
「雪月花さん。お願いがあるの」
「喜んでっ。天羽さまに迷惑をかけた以上、何でも協力する次第であります!」
「あたし、一般的な交友関係に明るくないでしょ。見識を広げるために協力し」
「それはできませんっ」
できないんかいっ。
俺は来週の納入予定を確認がてら、ツッコミしてしまう。思わず干物シリーズを倍プッシュ寸前だったぞ。
「なぜかしら? 天羽きららがあなたの友人たり得ない理由を教えてほしいわ」
生意気ロリは仏頂面だが、いささか動揺が見え隠れ。まばたき多いよ。
「友人たり得ないのは、柊なのですっ! 天羽さまは推しの存在! 凡庸なる柊が触れていいわけありますか!? どんな粗相をして天羽さまを落胆させてしまうか、想像するだけで悪寒が止まりません」
「そこまで身構える必要ないでしょ。じゃあ、あたしが歩み寄ればいいわけ?」
「カリスマJSは、そんなファンに媚びるような好感度稼ぎなんてしないのです。天羽さまのアイデンティティーを貫く姿こそ、柊たちが憧れた理由ですから!」
「……参ったわね」
あーいえばこういうガチ勢のなぞの覚悟に、生意気ロリは怯んでいた。
疲れてるじゃない。横で聞き流す俺でさえ、辟易とさせられた。
柊さんにとって、天羽は対等にあらず。孤高の稀人なり。
クソガキはひとりぼっちが寂しい女子なのだが、今まで周囲に壁を作ってきたツケが来た。もはやその城壁をよじ登ること、エベレストの如し。
「柊では役者不足で実力不足なのです。天羽さまのご慈悲に応えられず、本当に申し訳ありません」
誠心誠意の謝罪は、ある意味完全な拒絶。少女の勇気を無残に引き裂いていった。
「謝らないでよ……どうして、上手くいかないの……こんはずじゃなかったのに」
天羽の目にも涙――ほぉ、我慢したか。代わりに鼻水ズズズ。
泣けば解決という安直な乙女心を認めない根性に敬意を表そう。
ぼっちな女子小学生のため、おひとり様なソロ志向がたった一つの冴えないやり方を提案した。
「じゃあマネージャーとかどう?」
「ヘンタイさん?」
「天羽はぜひともキミに協力してほしいみたいじゃん。できませんじゃなくて、どうやって達成するか考えてみれば?」
ブラック企業あるある。できない、やれないは、怠け者の言葉。
仕事は死んでも離すな。柊さんにとって、クソガキは上の存在なんだろ? じゃあ、命令は絶対だよなあ?
「柊が天羽さまのマネージャー?」
「この際、プロデューサーでもマスターでも名称は何だっていい。天羽に一番関心を持ってて、情熱溢れる柊さんが一番適任者。遠目から眺めるより、スーパータレントの学校や私生活のサポートを隣でしてみろ。こんな時、ファンならどうする?」
先方はうぅ~と唸り、悩みがぐるぐる目を回す。
「そんな大役が務まるでしょうか?」
「それはオメーの推しに聞いてくれ」
俺は、やれやれと肩をすくめた。屁理屈をこねるだけ。固めるのはご本人だ。
柊さんが恐る恐る天羽の表情を覗き見れば。
「初めから言ってるでしょ。雪月花さんを頼りたいと。あたしから、お願いよ」
「……っ!? はい、はいっ。不肖・柊雪月花が命をかけてサポートさせていただく所存なのです!」
幸福を噛みしめるかのように、稀代のガチ勢が何度も頷いていく。
「よろしくね、雪月花さん」
念願叶ったはずが、極めて冷静な顔だった天羽。
いや、口角が吊り上がりそうなの必死に我慢してる! 強がりちゃんめ。
俺がロリコンならば、女子小学生が友情を交わした瞬間に興奮しただろう。でゅふ、幼女氏のシンデレラストーリーはたまりませんなー。
「イイハナシナダナー」
ぼっちが救われた光景を横目で捉え、徐に独り言ちた俺。
さて、仕事を捌かないと。サボればサボれるほど、帰宅時間が遅れるゆえ。
そんな疲れた社畜に鋭い視線を送る女子小学生がいたとは、全く察知できなかった。
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