第19話 クローズドサークル
売場に出ると常連に絡まれて、無駄に疲れるんだよなあ。
十文字の中二病トークを聞かされ、マイケルの行きたい外国ランキングをリスニングし、保科さんの昼ドラ不倫劇場に付き合わされた。
断じて、カプセルトイ専門店ガチャポンの森は憩いの場にあらず。
やれやれ、店長は忙しんだぞ。休憩室で羽を伸ばしたり、社用PCでソリティア嗜んだり、ヨガボールで体幹鍛えたり、カスハラ相手に白旗上げさせたり。
お喋りがしたいなら、下の階で営業中のカッフェへ行ってくれ。俺もナンチャラフラペチーノ飲みたい。あのドリンク一杯700円ってマ? カロリーの化物がサイフを殺す。
「やべ、三時のおやつが切れてる。俺の貴重な栄養源がっ」
バックルームのお菓子ボックスをまさぐれば、見事に空っぽ。
結崎がちょくちょく補充していた魔法の箱だ。最近はグミやチョコばかりで、チーカマとかおでん缶入れといてと要望した次第。その結果がこれである。
「クレームも入れたのが敗因か」
だって、お腹が膨れるものが食べたかったんだもん。残金、234円。もうダメぽ。
名ばかり店長は、辛くて苦しい大変な労働仕事勤務残業フルバーストな目に合っているのになにゆえお金がナッシング? やりがいないのに搾取すなっ。
「アルバイトがみなし残業……? 労基へ提出する書類作成、急がなきゃ」
ゲーム買っても積むだけ。サブスク加入しても一回だけ。趣味グッズ注文しても並べるだけ。生活費と共に必要経費が飛んでいく。ん? もしや、散財の勢いヤバめ?
音無景弘、世紀の大発見のごとき真実に触れかけたタイミング。
「失礼します! 大変ですよっ、ヘンタイな大変さん!」
血相を変えて、有無を言わさず飛び込んできた柊さん。
「ドアをノックしながら、入室するとは器用な。失礼ですよ」
だから、失礼しますと言う必要があったんですね。やるなあ。
「あと、俺は大変さんじゃなくてヘンタ――でもないぜ!?」
っぶねー、誘導尋問か。おのれ小癪な、女子小学生。
「そんなことはどうでもいいのです! 柊は今、猛烈に焦っているのですよっ」
「さいで。俺は今、猛烈に忙しい。何もしないのに必死だから、出直してもろて」
ドアノブに不在プレートを引っかけたはずなのに、無視されました。
居留守の音無と恐れられた俺を脅かすとは、なかなかどうして面白いぞ小娘。
居留守してるなら、誰にも恐れられませんよね? 何だろう……嘘つくの、止めてもらっていいですか? 国語の偏差値48なんで、墓穴に揚げ足突っ込んじゃうぜ。
「聞いてください! この感動! この動揺! この焦燥を分かち合えるのは、ヘンタイさんだけなんですぅ~」
「ガキンチョの相手は渋味。客なら不承不承付き合うけど」
「ガチャガチャ回してきます!」
柊さんは売場へ直行したと思えば、瞬きする暇もなくカムバック。
「はあ、ハア……これで、いいですか?」
握りしめるは、干物シリーズの金カプセル。
「子持ちシシャモ。まさか、キミも神引きを?」
伝説のガチャポン荒らしの条件とは現役女子小学生ってこと?
クライングマイケル。インザグラスリーフズシャドー。英検三級なんで英文が思いつかなかった。That`s sad.
「シシャモ? いえ、それはどうでもいいのです」
お客様が、せっかくのシークレットをテーブルに投げ捨ててしまう。
なんて所業だ。モッタイナイ精神を以って、俺がキチンと回収してあげよう。
ぐへへ、似非外国人に買い取ってもらえば今週二食で凌げるぜ。
「柊さん、相談があるなら乗りますよ。私はこれでも社会人。店舗責任者を任せられる程度の常識を備えた大人ですから」
「急に距離感詰められて気持ち悪いですぅ~!?」
そして、ドン引きである。
失礼な奴め。報酬を貰う以上、俺は営業スマイルを携えてビジネスするのだ。
オメーが休憩室に乱入してくる理由は一つだけだよなあ?
「事件が起きました。今朝、登校した際の話です」
「どんなハプニングに遭遇したんですか?」
全然興味ないけれど、インタビュアーよろしく熱心な質問も店長の仕事さ。
いや、それは俺の業務じゃないでしょ。メール応対お願いします。
「柊が下駄箱で靴ひもを結び直していたら、急に声をかけられたんですよ! あ、あああ天羽さまからっ! 突然のカリスマJS襲来!? 推しの過剰供給で柊が呼吸困難になるのも当然の帰結と言えましょう」
「言えんが」
「天啓を下されるも、過呼吸パニックな憐れ柊! せっかくの恩情に応えられず、無様にぶっ倒れ保健室へ運ばれる刹那――どれだけ自分の未熟さを嘆いたことかッ。ろくな対応ができず枕を涙で濡らした一時間目、ヘンタイさんなら分かりますよね!?」
「分からんが」
熱狂的信者に共感をプレゼントしたかったものの、理解の範疇を超えていた。
俺も好きな物多かれど、対象が人物に向かないからなあ。
アイドルの追っかけとか、ファン心理。今度グーグル先生に聞いてみよう。
チャットGPT? あいつはダメだ。趣味に関して聞いたら、友達作って遊びに行けとか平気でのたまう。人工知能、絶っ許っ!
「話をまとめると。朝、天羽に話しかけられた。柊さんは感動のあまり上手く返事ができなかった。それでなぜか、ここへ来た。オーケー?」
「はい、パッションは秘めるもの。教室で解放すれば、迷惑になりますので」
柊さんがこくりと頷いた。
「弁えたつもりでも、湧き出る衝動は抑えられないのです。この感情を分かち合えるのは残念ながら、ヘンタイさんしか思い当たる節がありませんでした」
「俺は一応、お前の推しを脅かす厄介者だろ。昨日の敵は今日も敵だぞ」
「柊は、どうすれば……いいと思いますか?」
「人の話を聞きなさい」
俺に助言を求めるんじゃない。自慢じゃないが、友達いないぜ?
知らんがなと一蹴したいが、ぼっちから足を洗いたい奴に協力すると約束しちゃった。ん、ちょっと待って。別にぼっちは悪いことじゃないが。一人で何が悪いんや。
……当初の予定通り、柊さんに頑張ってもらう作戦でいく。
おひとり様が他力本願なんてどんな心境だい?
「天羽に話しかけられたんだから、今度はキミが話しかける番じゃないか? 多分、先方も次のターンを待ってるはず」
「そんな! いけません! 柊ごときが馴れ馴れしくもお近づきを画策するなんて!」
「あ、そう。じゃあ、本人にご足労かけましょう。出番ですよー」
インカムで合図を送れば、返事は来なかった。無視ってつまり、聞いてるな。
お互い連絡先を知らないし、交換する柄でもなくこの形で落ち着いた。
女子小学生と二人きりの空間。
気まずい雰囲気が流れる寸前、生意気の権化がご到着。
「遅い。あたしをどれだけ待たせれば気が済むわけ? おじさん、そんな緩慢な動きでよく店長が務まるわね。無人販売店の看板があんたの仕事なの?」
「初手カスハラやめろ。客という外圧に絶対屈しない。それがうちの店舗目標だ」
自分、いつ辞めてもいいんで!
怒鳴り散らしたり、客を神様とのたまうタイプには抵抗するで? 監視映像で?
小競り合いはさておき、本題の方を進めてくれ。
天羽は優雅に髪を払うや、くだんの人物へ視線を向けた。
「あなた――また会ったわね。今朝のことなのだけれど」
「ふぁ!? あ、あああっ!」
「そう畏まらないで。あたしたち、クラスメイトでしょう?」
柊さんが恐れおののき、ガクブルっていた。
俺もクソガキの変貌に、ガクブルっていた。カリスマJSのオーラに当てられたか。
「あまっ、天羽さま!」
「さまはいらないわ。柊雪月花」
「~~~っ! 柊が推しに認知されてしまった!」
なぜか、頭を抱えて項垂れていた。歓喜の瞬間じゃないの?
「天羽さまを遠目で眺めるだけで満足だったのですよ! それなのに、天羽さまの貴重な時間を割かせて余計な手間をかける始末! ファン失格ではありませんか!」
「面倒なガチ勢だな」
「面倒なファンね」
俺と天羽が初めて通じ合った瞬間。
シンクロしたって、良いんです……やっぱ、シングルいいっすか。
「し、失礼します! 今後二度とご迷惑をかけぬ所存! 柊、今生の誓いですっ」
柊さんは直角謝罪をキメ、全力逃亡を図ったが。
「おっと、ドアは故障中で開かないぜ」
この展開は読めたゆえ、ガチャリと施錠しておきました。
二度手間勘弁。何より、おんなごに逃げられちゃあ面倒だからなあ、ぐへへ……
「ひぃ~、助けてくださぁーい! ヘンタイさんに閉じ込められました!」
ドンドンドン! ガチャガチャガチャ!
無情にもドアは開かず、幼気な少女は絶望に打ちひしがれてしまう。
「おじさん、未成年誘拐に監禁まで? ついに馬脚を現したみたいね。この変質者! おまわりさん呼ぶわ」
「誘拐はしてねえだろ! ちょ、監禁をでっち上げるつもりか!?」
「冤罪だと主張してみれば? 普段の振る舞いであんたの命運が決まるでしょ」
そして、ドヤ顔である。
お前はどっちの味方なんだい。敵の敵はエネミーかよ。
「柊雪月花、あたしと手を組まない? 一緒にヘンタイ退治としゃれ込みましょう」
はたして、差し出された手を救済か。破滅か。
どちらだろうが、俺にとって邪悪な魔の手に他ならない。
畢竟、子供の相手なんぞ付き合いきれんっ。俺は先に帰らせてもらうぞ!
……あっ、暗証番号ド忘れしちった。
ドアロックを外すまで、リアルガチで監禁状態を作り出しちゃったぜ。
おまわりさん、音無景弘がやりました。
それでも俺はやっていないっ!
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