第18話 ガチャポン荒らしは筐体を選ばず
パフェを食べる時、幼女は幸福を感じるとか。
俺がロリコンなら、その場面に遭遇してデュフフフと興奮するのだが。
「やべ、今日の無料10連引いてないじゃんっ。忘れるところだったぜ」
ほぼログボ勢なソシャゲだけど、アニバ記念には飛びつけ。キャラは可愛いし、もっと遊びたいんだけどなぁ~。自分、労働環境が可愛くないんで先延ばしエンドレス。
「おじさん、食事中にスマホイジるのやめなさい。行儀が悪いでしょ」
「だから、ぼっち飯キメてるんじゃん。他人に迷惑かけない不断の努力をしてるんだ」
「ごめんなさい、一緒に食べてくれる人がいないだけだと思っていたわ」
「……そういった表現もできよう。孤独のグルメは己との対話で忙しいのさ」
ナレーションの差し込みやらBGMの編曲とか? 全部、ソロ編集だぜ?
冗談は半分さておき、テーブルを拭き始めた天羽の様子をチラリズム。
「なによ。食欲を満たせば、次は性欲なの? 覗きはロリコンの癖だっけ?」
「女子小学生がロリコンと行動するな、ガチ勢は危ないだろ。や、違うって。俺、子供が最も忌避すべき対象」
怪訝そうな天羽に、俺は心底素直な感情を告白する。このキラキラな瞳を信じてっ。
「子供嫌いはあたしと類似してるのに、あんたが言うとサイコパスを感じるわ。単なる良心の欠如かしら?」
「まあな。うちの両親、基本放任あまり関心なしだったゆえ」
「うざっ」
ファミリーは団体戦にあらず。結局、個人戦だと教わった。いいえ、何も教わっていません。勝手に学んだ。音無家、見て盗めの職人気質気取りなり。
「奢ってもらう以上、生意気幼女に有益な情報を一つ提供しよう。これで貸し借り0」
「おじさんの趣味自慢とか必要ないから。年寄りは話が長くて困るのよ。若い世代の貴重な時間を浪費しないでちょうだい」
「俺は校長先生じゃねえぞ。できるだけ会話もカットしたい寡黙なおひとり様」
別名、コミュ障陰キャ。ふ、フヒ! 牛丼のトッピングはチーズがたまらんですぞっ。
あれ、牛丼店で普通に注文できるけどコミュ障か? 一人で行くけど、陰キャか?
「天羽……友達作りの件だが、近いうちに達成できるかもしれない。棚ぼた展開っぽいけど、お前は持ってる側の奴だもんな。持たざる者とはワケが違うか」
「ごたくは結構。詳しく説明して」
「オッケー。若い子に合わせて、タイパ重視で簡潔に」
「案外根に持つじゃない、おじさん」
クソガキは薄い笑みを浮かべ、俺の口火が切られる瞬間を待った。
柊雪月花に関して、カクガクシカジカッと説明タイム――
天羽はうんうんと頷きながら、考える人よろしく考えた。
はたして、俺より利口な頭脳が導いた回答とは一体。
「柊雪月花……そんな子、クラスにいたかしら?」
「ズコーッ!?」
首をきょとんとしたリアルガチなボケに、思わず俺はテーブルへ頭部大激突。
「騒がしい」
「オーバーリアクションはお前のせいだ。クラスメイトの名前くらい憶えとけっ」
「あんたがそれを言うの? どうせ、隣の子の名前だってずっと知らないままでしょ」
口をへの字に曲げた天羽に、俺はチッチッチと指を振っていく。
「失礼な、俺は級友の名前をちゃんと把握してたからな。薄情ロリと違って」
「どーゆー了見よ。何の利益を与えれば、あんたがそんなマネするわけ?」
「ふ、俺は慎重派ぼっち。校内で突然声をかけられた日にゃ、全く対応できない自信があったからな! 名前はちゃんと知ってるアピールで、時間稼ぎに使うのだよ。まあ……その機会は訪れなかったけど」
「あんたは備えなくとも憂いなしね。羨ましい限りだわ」
そして、皮肉である。
「漢字テストより頑張って暗記したぞ、アレは! おかげで、現文の通知表が1下がったくらい」
「そ」
興味をなくしたのか、紅茶代わりにルイボスティーで喉を潤す天羽。
「柊さんとやら、なぜかお前を過大評価過剰羨望していた。明日、ちょっと声をかけてみればいい。喜べ、少女。目的が叶うぜ」
「……善処してみる」
歯切れが悪いじゃない。今から緊張してるのかい?
確かに、ぼっちレベルが高いと難しい友達ミッションだろう。
俺なら正々堂々、そのハードルくぐります。はい失格。
「休憩室から応援してるぞ。明日発売のマンガ読みながらさ」
「必要ない。ヘンタイの応援なんて気分が悪くなるもの」
「その調子が続けば大丈夫だな」
女子小学生のプライベートに干渉するつもりはない。
それこそヘンタイのそしりを免れぬ。お嬢ちゃん、今日学校どうだったぁ~。
天羽が紙ナプキンでお口を拭いて、会計の頃合い。
「じゃあ、最後にガチャって帰ろうか」
「無駄遣いばかり。あんた、生活費って言葉分かる?」
呆れた表情を見せたガキンチョに、俺は頭を横に振った。
「そういう意味じゃねー。この店、食べ終わった皿五枚でガチャ一回できるんだ」
コンベア側のテーブル端に、回収カウンターのポケットがある。そこへ皿を投入すれば、キーホルダーやコラボアイテムが当たる抽選が始まる。
「あと一枚、あと一枚食べればガチャが回せるという恐ろしき誘惑っ! 純粋な子供を標的にしたファミリー向け回転寿司の計略っ、アコギな商売やでホンマに!」
「ご飯食べに来たのに、余計なオモチャは要らないでしょ。処分なさい」
「マセガキにはこのエンタメが分からんのですよ、マセガキには」
つくづく思考がヤングアダルト。斜に構えるのは高校生から始めとけ。
ガチャの前に精神統一が音無ルーティーン。いざ、参らん。
――ガラガラポイっと。
ルーレットスタートッ! ドゥルルルルルルルダンッ!
皿を五枚入れてパネルに現れるは、五等の文字。
レーン上に設けられたガチャマシンから、緑色のカプセル。
「か、かっぱ巻きのストラップ……」
「あんたの滑稽な姿ほど愉快なものはないわね。これがエンタメだっけ?」
女子小学生に鼻で笑われた。
俺は耐え難きをたえ、忍び難きをしのぶばかり。
正直、スシのストラップやキーホルダーならうちの店にある。回転寿司シリーズだ。
しかし、そこにガチャがあるならばこちらも回さねば無作法というもの。是、ガーチャーたる所以。ガーチャーって何ぞや? セルフツッコミはさておき、残りの五枚投入!
――ガラガラポイッと。
以下省略。
「か、かんぴょう巻きのキーホルダー……」
海苔の光沢部分やディティールにこだわった? んなもん、知らへん!
「巻きものおじさんにピッタリよ。流石と褒めてあげる」
「誰だよ、巻きものおじさん。せめて、イクラの軍艦出ろ。食ったやつにしてくれ」
カプセルに入った説明書を読めば、イクラは四等。レア度上げるんじゃないよ。
まあ、ガチャは基本ハズレばかり。そういう風に作って、そういう風にできている。
否――その常識を打破せん稀人が世の中に存在していた。
「ガチャガチャができる分、片付けはセルフサービスってわけ。いちいち面倒だわ」
天羽は無表情ながら、皿五枚を丁寧にポケットへ落としていく。
――ガラガラポイッと。
ルーレットスタートッ!
「しなくていい」
システムに人の気持ちは分からない。さりとて、余計なお世話は働くらしい。
「あっ」
「どした?」
「ビビッときたわ」
ドゥルルルルルルルダンッ! チャラララララーンッ!
「確変!? 演出、キタコレ!?」
喧しいBGMに加え、魚や人魚たちが狂喜乱舞するムービーが差し込まれた。
パネルに映し出されたのは、特賞の文字。金色のカプセルが排出される。
オメデトウ! オメデトウ! オメデトウ!
「お食事券五千円だって。今日の会計もこれで済ませられるみたい」
生意気ロリは優待券を入手するも、別に嬉しそうにあらず。
もっと喜べ、究極的に完全体なタダ飯になったじゃない。
「神引き、か。そういえば、伝説のガチャポン荒らしじゃん。すっかり忘れてた」
一番大事な設定じゃん。設定って何だ!? いやさ、あまりにクソガキ力が目立つゆえ。
「そのダサい肩書、名乗ったこと一度もないけどね」
不満げな顔を見せた、伝説のガチャポン荒らし。
「いくら神引きしたところで、あたしが望むものはけっして出てこない。本当に欲しいものはカプセルなんかに入っていないのよ」
「あー、なるほど哲学だな。深いぜっ」
「……妙な才能のせいで、ヘンタイに付きまとわれる始末。ほんと、サイテー」
天羽が会計ボタンを押すと同時、席を立った。
女子小学生に奢ってもらう成人男性として、レジで頭を下げなければならない。誰が相手でも感謝の意を伝えねば。それが音無景弘の流儀。え、全然恥ずかしくないよ。
俺が天羽の後を追随するや、先方はくるりとターンした。
「これ、あたしはいらないからあんたが処分しておきなさい」
「さっき会計がチャラになるって話したじゃん。儲けもんじゃん」
お食事券を押し付けられたが、俺は返そうと……クッ、腕が動かん! 手が勝手に握りしめてるっ! 五千円の誘惑が悪いんだ! 俺は悪くねえ! 俺は悪くねえぞ!
「こんな紙切れ一枚で喜ぶような安い女じゃないの。バカにしないでちょうだい」
こんな紙切れ一枚で喜ぶような安い男なんですの。バカにしてちょうだい。
おじさんはね、心が繊細な生物なんだ。
――おひとり様は孤独に強くとも、誘惑には弱いまま。本日の座右の銘なり。
「奢ってあげると言ったでしょ。それはお腹が空いた時、使えばいいんじゃない?」
「ね、姉さん……っ!」
図らずも、ポロリした。天羽のきらら姉さん、年下だけど芸歴は先輩系。
俺が半袖短パン姿で冬将軍と格闘した小学生時代と比べて、精神年齢がダンチ。
ガチで、思春期もう終わってるん? 発達スピードが速すぎた結果の隔たりか。
「おじさんに姉さん呼びされると、怖気が走るから。おべっかは不要よ」
「あっそう。口の悪さはクソガキっぷりが発揮されてて安心したわ」
「お互い様ね」
生意気の権化がこちらを半眼で睨むや、さっさとレジへ向かっていく。
俺は少しだけ立ち止まり、徐に独り言ちた。
「いいや。おひとり様だよ。お前とは違う人間だ」
なんとなく、そろそろ頃合いだと思った。
確信はない。俺の勘はよく外れる。
さりとて、別れの時は迫っていると感じずにはいられなかった。
はたして、この胸のざわめきは安堵か歓喜か。
それとも――
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