第22話 転職と天職
《四章》
集まれ! ガチャポンの森!
カプセルトイで創造するジオラマの町は、銭ゲバタヌキを迎えて発展を遂げた。一介の商人だった彼は町役場を買収し、実質的な支配者と化した。
銭ゲバタヌキのビジネスライクな運営は大いに繁栄させたが、町人たちの民意を分断させる劇薬の作用をもたらすのであった(政治背景の設定)。
「公共事業も牛耳って、談合し放題。毎日料亭行くとは、お主も悪よのぅ~」
すき焼きや舟盛りのミニチュアを配置して、タヌキとキツネが袖の下を握り合う。
一日一回のガチャながら、テーマ開拓できそうな素材が結構あった。SNSに投稿しないし自己満足だけど、これから忙しくなるでー。
趣味の充実ほど、おひとり様は元気になる。これでつらぁ~いお仕事もへっちゃ――
「らにはならないんだよなあ。はぁー辞めたい」
いつもの休憩室で本音を吐露しちゃう、俺。正直者に良いことあれ。
趣味のテーブルと一旦おさらばし、デスクへ戻った。俯き加減なのは仕様です。
「先輩、下ばかり見てお腹痛いんですかぁ~?」
「痛くない。お腹は減るばかり」
今朝は豪勢に、天かす大盛うどんのうどん抜き食べたんだけどな。しょっぺ。
「元気出してくださいって。ほら、結奈ちゃんスマァーイルッ」
結崎がニコッとリア充フラッシュ。
「ふっ」
俺は一笑に付すばかり。それで孤独の暗闇を晴らせるとでも?
「サービスしてあげたのに、なんですかそのバカにした態度はッ」
結崎は憤慨しつつ、店長の左腕を小突く暴行に及んだ。い、痛いとです。
「せっかく先輩のために、親が旅行のお土産で買ってきたきりたんぽ鍋セット持って来たのになぁ~。あげる気がなくなりました」
「炭水化物! 肉! 野菜!」
いわゆる、美味しいものっ。
俺はスッと立ち上がり、虎の子のどら焼きを用意がてらバイト君に座ってもらった。
かつての怨敵。安息の地を占領せんと企てた女子小学生の置き土産である。
「いやあ、結崎がいつもシフト入ってくれて助かりますよお。器量も良いですし、ご両親はさぞ自慢の娘さんですな」
「露骨に態度が変わったじゃないですか……物欲優先の先輩らしいですけど」
揉手でへりくだった成人男性を前に、花のJKは呆れ果てていた。
恥ずかしくないのか? 社畜の汚名を背負った時点で、プライドなど捨てたわっ。
「食費すら稼げない憐れな社会人にご慈悲を!」
オール趣味、控えたら? それ、おひとり様の死と同義ぞ?
「まあ、わたしは優しいですからねぇ~。誠意次第です」
「金品はちょっと……ガチャポンの余りならたくさんあるけど?」
「いりませんよ。ガチャガチャ、そんな惹かれませんし」
カプセルトイ専門店の従業員、かく語りき。そんなんでよく面接受かったな。
ちょっと待って、俺は未だに採用した覚えないぞ。これが闇バイトか。
いい加減、スキマバイトでも頼ろうか。俺以上にテキトーな奴が来ても金の無駄にしかならないと結論を出せば。
「先輩、その揉手は飾りですかぁ~? 結奈ちゃん、日々の労働で肩凝ってますよ!」
ペシペシと自分の肩を叩き、バイト君がアピールする。
「昨今、店長がコミュニケーションと言ってバイトに触ったら全部セクハラ事案。結崎に不快な思いをさせるわけには、いかないッ」
「なんでこーゆー時だけ常識人のフリするんですか! 今更、擬態したってもう遅いですから!」
「自分に嘘を付き続けるのが、大人なんやで」
悲しいけどこれ、社畜なのよね。
俺が悩み抜いた答えに、先方は不服そうに。
「ごたくはどうでもいいんで、さっさとお願いします。バイトするか、サボって整体行くかの瀬戸際ですからねっ」
「堂々とサボるな。ったく、あとで相談窓口やめてくれよ」
別にクビは好都合だが、懲戒免職処分は納得しかねる。こんなクソもとい成長を実感できる職場環境を提供してくれた会社の犠牲になるのは真っ平ごめん。自分、匿名通報いいっすか。無駄だなも。
結崎が長い髪をまとめ、肩の前へ垂らしていく。
俺は平常心で、女子高生の肩に手をかけた。モミモミと指圧する。肩幅が華奢なのに、マッサージには想像以上に力を込める必要があった。
「あぁ~、気持ちぃ~。心がぴょんぴょんしますぅ~」
「お客さん、凝ってますねぇ~。だいぶリンパ溜まってますよ」
ところで、リンパって何ぞや? エロマッサージ用語かしら?
「学校とバイトで毎日忙しんですよぉ~。結奈ちゃん、すぐ頼られちゃうので。文武両道、みたいな?」
「帰宅部で放課後はいつも、青春ラプソディーだろ。あと、専門学校行くから受験勉強しないで済むと舐めくさってたじゃん」
「あーっ、あー! 全然、聞こえませんってば。ところであん摩、上手じゃないですかぁ~。今からでも整体師を目指してみません?」
結崎がもっと強く、ペースを上げろと催促する。
「客と直でコミュニケーション取る仕事、むいてないのが確定した。そろそろ事務の資格目指すか、リアルガチで思案中」
ハロワで教育訓練給付金貰えるやつの中から妥協しよう。笑顔で接客より、一人で勉強する方がマシさ。文系理系等しく賢くないゆえ、合格率が高い資格を選ぶしかないが。
「じゃあ来年、わたしと一緒に専門学校行きましょうよぉ~」
「そんな金はねえ! 奨学金は耳心地がいいだけの借金っ! 親が全部払ってくれるよそ様とは違うんですよっ」
「というかうちの高校って、進学校ですよね? 就職組って少なくありません?」
進学率が高いだけの自称進学校。有名難関大学へ入れるの、学年考査で10位くらいまで。まあ、どこにでも建っているようなごくごく普通な県立高。
「もったいなくなくないですか? 先輩、定期テストで成績上位者だったじゃないですかぁ~。掲示板に点数順で名前が書いてあるやつ、いつも載ってましたよね?」
「え、マジで!? 知らんかった……フ、俺は友達いないからな。テストを見せ合って全然勉強しなかったわぁ~やら、お前ガリ勉じゃん! とか、そんなやり取り全くしないんだ。他者と比較せず、結果を己のみで受け止める。それが学園ぼっちの生き様や!」
そして、ドヤ顔である。
テスト一週間前は渋々勉学に努める真面目さを備えていた、音無青年。
「悲しい! 言ってくれれば、わたしが褒めてあげましたよ!」
「あ、大丈夫です。気休めは売ってでもされるな。それがおひとり様の流儀や!」
結崎に半眼で睨まれるも、我が心不動なり。
肩揉みの次は頭皮マッサージせよとわがままの限りを尽くした、JK。
大人の男の恐ろしさを知らしめんと、ゲンコツを振り上げたタイミング。
「きりたんぽ鍋、美味しかったなぁ~」
「百会は自律神経を整え、神庭は不眠改善。和りょうは目の疲れに効き、天柱は肩凝り改善のツボでっせ」
素人施術師、指圧が垂直にツボへ伝わるように頭皮を刺激していく。
「あぁ~~~。そこぉ~、そこっ、そこ効くぅ~」
結崎が恍惚の笑みと弛緩した声を漏らしてしまう。
エロコンテンツじゃないです。当店のサービス、健全ですから!
脱力してイスから滑り落ちる寸前、どうにか体勢を戻した結崎。
「ふぅ……満足しました。先輩! リラクゼーションサロンに転職したら、指名してあげますからねっ」
「だから、接客サービス業は」
「あと、エステとかネイルもやってくれた最高ですねぇ~」
「美のカリスマスタイリストどんだけぇ~っ!」
美容関係、もっとも縁遠いのだが。
この時はまだ、まさかビューティ音無が誕生するなんて夢にも思わなかった。
それこそ、白昼夢であった。
わたしがぁっ、万能スタイリストよお!
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