第13話 女子会

 香ばしい匂いに包まれたベーカリー。

 メロンパン、焼きそばパン、クロワッサン、明太ポテトフランス、ウインナーロール。

 いくつになっても、パンの陳列棚でトングをカチカチさせちゃうのは何ゆえか?


「行儀が悪い。小学生に注意されなきゃ止められないわけ?」

「はい、すいません」


 育ちの悪さを露呈してしまう、音無景弘。躾はどうした、躾は。

 いやさ、我が家に高圧的なマナー講師がいなかったんだ。企業研修で怒鳴り散らして人格否定ムーブ、実にエチケットやで。マナーの前ではモラルなど価値なし。


 イートインスペースの奥テーブルがちょうど空席だったので確保する。

 俺はテーブルマナーも存じ上げないから、右の席へよっこらしょ。さりとて、黙食は得意だぜ。黙々とモグモグタイムに集中。


 天羽がエーミールよろしく軽蔑の視線で貫こうとするも、そうだそうだつまり俺はそういう奴なのだと精神乱されず。我が心、不動なり。


「きららちゃんも遠慮しなくていいからね~」

「隣の情けない大人の図々しさで、もうお腹いっぱいよ。アールグレイ、いただくわ」

「店長さんは食べ盛りなんだから、大目に見てあげましょ。食べる姿なんか若い頃の主人にそっくりだわ、ふふ」


 保科さんの瞳が怪しく光った。

 ……俺もお腹いっぱいになりました。ごちそうさまです。

 空気なモブキャラが背景と一体化するのは、学生ぼっちあるある。昔取った杵柄さ、本題へ入ってくれ。その間、コーヒーブレイクとしゃれ込もう。


 生意気ロリに、人生の先輩に自分の言葉で相談するよう促した。嫌そうな反応を見せたものの、俺が心底頼りないのは以心伝心。たどたどしく、プライドが邪魔しながらかいつまんで現状を語っていく。要所要所まとめるの上手じゃん。きみ、パワポ詳しい人?


「友達が欲しいけど、なかなかできずに困ってるのね。あまり身構えずに、自然体で喋りかけてみれば大丈夫よ」

「あくまで、見識を広めるため。別に、仲良しこよしが目的じゃない。嫌でも交友関係を築かないと、学校って独り身を憐れむ場所でしょ。集団意識が鬱陶しいったらないわ」


 天羽は、本当に面倒だと毒づくばかり。

 せやろか?


 確かに、クラスで点々と息を潜める孤立者は舐められる傾向が強い。それは認めざるを得ない。けれど、真のぼっちはリア充やら一軍メンバーの侮りなど全く気にしていない。逆もまた然りだろ? 同じ空間にいるように見え、違う世界に住んでいるのだから。


 俺は元学校生活ソロプレイヤー。皆がやっているからの雰囲気に流されず、自分の好きなことを優先できた。マンガを読み、ソシャゲ周回に努め、VのASMRに耳を傾け、動画編集のバイトで小遣い稼ぎ。ひとりぼっち、暇な時間を弄ぶ余裕なしってね。


 級友どもの視線や評価に対して過敏……? それはただ、お前の臆病が原因だぞ。

 ――否、俺と天羽では求めたよりどころが違う。他人の性質を一緒くたに考えるな。欲するものが異なるゆえ、他人とは分かり合えないのである。


「きららちゃんは大人びてるから、学校の外で新しい関係を作ってみたらどう?」


 昔、俺が同じようなことを言った気がする。

 思春期の牢獄だけが居場所じゃない、世界は案外広いのだと。

 しかし、それは問題解決ではなく現実から目を背けた逃避とも言える。おひとり様はそれでオッケーだが、先方は友達を作りたいアンチぼっち派の急先鋒。


「でも、それはもう大丈夫そうね。店長さんがいるものね」

「……は? 当然すぎて口にしなかったけど、あえて声を大にしましょう。別に、あたしはこれっっっぽっっっちもおじさんと仲良くないから。勘違いしないでちょうだい」


 天羽は腕を組んで、フンとそっぽを向いてしまう。

 俺が若かった頃、それをツンデレと呼んでいたなあ。

 縦読みマンガ世代にはもう伝わらない? 悲しいぜ。


「うんうん、勘違いしてごめんね。うふふ」

「だぁーかーらぁーっ。保科さん、絶対誤解してる! あんたも反論したらどう? 友達一人もいないのが自慢でしょ!?」


 子供の悪戯に付き合うママと、駄々をこねるクソガキの図。


「チョコレートファウンテンとチーズのやつめっちゃ興味深い……あ、自分はお気になさらず。本当にお構いなく! どうぞご歓談ください」


 食べ放題が始まった瞬間、もう個人戦。俺は音無景弘。言っておくが、ソロだぜ?

 人生で一度くらい、ホテルビュッフェに置いてある噴水っぽいのでフォンデュりたかったんだ! いざ、貧乏人の夢が叶う時!


「僅かでも期待したあたしが愚かだったわ。顔突っ込んで、さっさと溺死しろ!」

「ちょ、一口サイズのちゃっちいフォークで刺すな。敏感だから! 敏感肌だから!」


 女子小学生に乱暴され、悲鳴を上げる成人男性の図。


「ほら、外だと楽しそう。娘が旦那によく同じまねしてたの思い出しちゃった」


 柔和な眼差しで若人の戯れを見守った、前方合掌母親面。現役子育て世代です。

 おひとり様の信念を以って、颯爽と席を離脱した俺。

 単独行動させればTier.Sの性能は伊達じゃない。


 フランスパンの切れ端にチーズを絡ませ、マシュマロに溶けたチョコを垂らしていく。ほう、いいじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。

 あ、一応ついでに天羽の様子を窺っとくぞ。役目でしょ。


「きららちゃんは最初の一歩が苦手なのよね。それを乗り越えれば、友達たくさん出来ると思うわ。こんなに可愛いくて大人びているんだもの。教室の男子たちも放っておくはずないわ。案外、あっちも声をかけるのが恥ずかしいだけかもよ?」

「あたしが綺麗で聡明なのはもちろんだけど……」


 その邪智暴虐なる自信をどうして友達作りに割けないんだ。これにはメロスも激おこ。


「友達作りのきっかけは何でもいいの。好きなドラマやアイドルの話でも、インスタとかティックトックのおススメとか。持ってる文房具を褒めたりするのもいいかも。ね、簡単そうでしょ? 些細なことから始めても、必ず成功するわ」

「……そうね。その視点、失念していたかもしれない」


 小学生の娘を持つ主婦から、極めてまともなアドバイスが届いた。

 しかし、天羽が珍しく歯切れが悪い。

 フレンドゼロのベテラン勢が察するに、それができるなら悩んでいないのだろう。


 友達が欲しい? 隣の席の奴と仲良くすればいいじゃん。家に遊びに行って、一緒にマリカすればいいじゃん。グループディスカッションにあたしもい~れ~て~っ!

 大多数が平然と、自然とこなせる対話が苦手な奴もいるのだ。小六で二次方程式が解けても、友人関係の問題に解の公式など通用せず。


 皆と違うのは悪である。それが見かけ上の平等を重んじた義務教育。

 だから、コミュ力を必修科目にする必要があったんですね。可及的速やかに、やれ。


 音無景弘は、友人関係のいざこざや立ち回りなんて真っ平ごめん。同じ派閥でも、リーダーのご機嫌を取って本日のご意見をお伺いするの疲れへん? それが友情を保つ秘訣とのたまうならば、俺は孤立した可愛いそうな奴と同情されよう。


「私もクラスで一番人気で目立ってた女子に憧れたものよ。必死に話題に付いて行けるよう、好きでもないアーティストの曲たくさん覚えたっけ。結局、取り巻きの一人くらいの扱いだったわ。うわー、懐かしい」


 在りし日の軌跡に思いを馳せた、保科さん。


「でも、大変だったりしたけどそのおかげで主人と知り合えたの! 人生、何が運命の巡り合いになるか分からないものよ~」

「小学生相手に惚気はどうかと。あたし、恋愛に興味ないし」

「そんな!? いけない子だわ、きららちゃん! あなたは希少な原石よ、磨けば光るしカット次第でいくらでも変身できちゃう無限の可能性が――」


 目の色を変えた保科さんは、天羽がどれだけ逸材なのかレクチャーしていく。

 確かに、子役でもモデルにもなれそうなルックスだ。クソガキだけど。頭もいいし、現役小学生ナントカーでインフルエンサーにもなれそう。クソガキだけど。


 この幼嬢を観察するに――ロリコンじゃないぞ。年上とは普通にコミュニケーション取れるのだ。やはり、小学生特有の後先考えない刹那的な生き様が理解できないのか?


「そうだ。今度、花蓮の相手をしてくれない? あの娘、最近背伸びしたがる年頃で。きららちゃんに懐くと思うの!」

「子供の相手は苦手よ。あたしに学童保育は務まらないわ」


 オメーもキッズだろうに。ほんとはお子様ランチ好きだろ。

 あ、やべっ。めちゃくちゃ睨んでる。気持ち、通じ合っちゃうタイプぅ~?


「きららお姉さんの力を貸してほしいなあ」

「お姉さん……っ! その響き、嫌いじゃないわ」

「うふふ、花蓮にお姉ちゃんができて新鮮な気分。妹をねだられて困ってたけど、私頑張っちゃおうかしら? でも、旦那は全然家に帰ってこないし……ちらっ」


 流し目でこっちを見るんじゃない、セクシー人妻。泣きぼくろ捉えた。

 う、魔性の色香に吸い寄せられていく。俺は悪くねえ! 美人がしなを作ったのがいけねえんだ! ぐへへ。


「火遊びにしたって、おじさんじゃしけったマッチ程度。何が燃え上げるわけ?」


 ふしゅ~。

 そして、鎮火である。


「間男にこれを選んだら、趣味が悪いって近所の笑い者じゃない。やめなさい」

「きららちゃんから店長さんは取らないから安心して。二人の間に入る隙はないもの」

「勘違いしないでちょうだい、粗大ゴミは勝手に捨てられなくて処理に困ってるだけ」


 どれだけ俺が無能であるか、天羽の弁舌冴えわたる。

 人の悪口で盛り上がるのは、交友あるあると噂で聞いた。やったね、きららたん。予行練習ができたよ! しかし、音無景弘は老若男女平等主義者。あとで頬をつねります。


 とにもかくにも。

 生意気女子小学生に大人の友達ができてめでたいと思いました。

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