第12話 相談相手
――ラーメン、焼き肉、DIY、映画、カラオケ、サウナ、キャンプ。
「なぁ~にが、今っ! おひとり様ブームがアツい! だよ!? こちとら、十年以上ソロプレイヤーだってばよ」
リニューアルオープンした本屋へ足を延ばすと、看過できない雑誌を発見。どうせ、アニメや芸能人のようつべ動画にタダ乗りしただけの企画と思えば案の定だった。
「勝手にブームを演出して、飽きたらオワコン扱いする。マスゴミを許すな」
ネット記事のタレントインタビュー。ソロカツアピールがなんと多きことか。
声優の自分の声が嫌いで学生の時友達いなかったムーブとどっこいどっこいっしょ。
「おひとり様特集号? はっ、おじさんみたいのが量産されるなんて世も末ね」
「人類全員おひとり様になればいい。さすれば、ぼっちなる概念は消えようぞ?」
「屁理屈じゃない。世界を滅ぼせば、世界平和が築かれるでしょうね」
破壊者が不在ゆえ。
「てか、天羽どうした急に現れて!? たまげたわ」
暇な時間帯に堂々と店を抜けてきた、俺。休憩室で耐久戦は望むところなものの、偶然たまたまトイレへ行く途中に別の店に迷い込むとかあるだろ? あるもん!
「残念だけど、不審者を目撃しちゃったの。善良なる市民には通報の義務があるでしょ」
天羽は黄色い帽子を被り、ランドセルを背負った小学生ルック。
「俺のステルスアクションじゃなくて、放課後すぐこっち来たのかって話」
ガチャポンの森へ来訪は渋々了承した。但し、ちゃんとサボらず学校に行ったら。
不登校女児を成人男性が店舗で囲うわけにはいかへん。もっとご遠慮したまえ。
「友達、欲しいんだろ。校庭で一緒に遊んでこいって。かけっことか、かけっことか」
「犬じゃあるまいし、お子様の遊びは趣味じゃないの。それに……」
「今更、他のグループにいーれーてーが言えないのか?」
「ふんっ」
不機嫌そうに答弁を拒否した、天羽。
「自分から歩み寄らなければ、何も変わらんぞ。意地を張っても得にならんし」
「それ、あんたが言うわけ?」
「俺だから、断言できる。何も変える気がない奴をよく観察したはずだが?」
どうも、変革できない音無です。時代の急激な変化に逆らっていく所存です。不動の景弘と呼ばれる日も近い。
「おじさんみたいな希少モデルは一周回って愉快よ。あたしの理解の範疇を超えたヘンタイって大したものだわ」
「よ、よせやい……」
「少しだけ、羨ましいわ。その能天気さ」
アンニュイな伏し目がちの幼嬢。精神年齢は完全に先輩っす。
インテリジェンスの著しい発達ね、小学生の交遊において妨げにしかなるまい。先に頭で考え、動かずに結論を出す。意味もなく走り回るキッズとは対極だ。
俺は偏差値とIQが低いので、聡明なアドバイスなど送れない。クラーク博士のごとく、少女よ大志を抱けとのたまってもうさん臭い。どこかに賢い大人はいないものか。せめて、人生経験豊かなで立派な大人は――
「店長さん、こんにちは」
「……いた」
俺が考える人よろしく考えれば、常連の一人・保科桜子さんと遭遇した。
「保科さん。ちょうど探してました」
「うふふ、私のことずっと想っていてくれたの? 嬉しいわ。でも駄目よ、私には愛する旦那と娘がいるから……」
「あ、そういうのいいんで」
自慢の豊満ボディをくねらせ、半笑いで頬に手を重ねていた美人。シアーのボウタイブラウスにフレア状のロングスカートを合わせている。多分、大人のファッション。
「ねえ、この人誰よ? まさか、あんたの知り合いじゃないでしょうね?」
天羽がなぜか俺の背後に隠れた。
あっ、今お尻触ったでしょ! キャーエッチ! この人、痴漢でーすっ。
「知り合いだ。しかし、店の常連と言えばその意味が分かるかな? お嬢さん」
「あー……ふーん、変人枠ってこと? じゃあ、気遣いは無駄ね」
十文字やマイケルと同じは可哀そうなものの、俺が交流できる時点でんにゃぴ。
生意気幼女が人見知りを解除するや、胸を張って一歩前へ。ぺったんこだった。
「あら、可愛いらしい子。店長さんの妹かしら?」
「これと二親等? 冗談はおじさんのぼっちと性格と顔だけにしてちょうだい」
「突然の全否定やめろ」
恐ろしく速い右ストレート。俺でなきゃワンパンされちゃうね。
左頬に不可視の拳を食らってしまい、怯んだ最中。
「じゃあ、ガールフレンドね! 遠目でもすごく仲が良さそうだと思ったの。店長さんも隅に置けないじゃない」
「友達はいません。ガールもボーイもナッシング」
即答である。アイデンティティーが誉れです。
「おじさんと友達扱いされるなんてこの上なく不愉快の極み。でも、いいわ。今回は流します。あたしは心が広いから」
「そんなに照れなくてもいいのよ。私、お似合いだと思う! うん、応援しちゃうっ」
「人の話を聞かないタイプは苦手だわ。あんたの知り合い、自己中ばっかじゃない」
わりぃ、手鏡持ってねーわ。
保科さんの真の心の広さに包まれ、クソガキは困惑するばかり。
包容力の差ですね。どこがとは言いませんが、先方のボインは全てを許したまえのごときボイン。キャミソールを盛り上げたそれが透けて、チラリズムも大盛り上がり。
「おじさんがキモいこと考えてるの、下卑た視線でバレバレよ」
「一目瞭然っ」
「死ね!」
シンプルに悪口やめて。
一流のぼっちはヒソヒソ噂話はへっちゃらだけど、直接攻撃に弱いんだ。
「店長さんも男子だもの。大目に見てあげなきゃ。えぇっと、」
「天羽きららです。小学六年。この人とはビジネス上の交流だけで、誤解なさらず」
天羽がぺこりと頭を下げる。
名刺でも出されたら、社会人として俺は完敗を喫するところだった。名刺? 作ってないよ。自腹と言われて、じゃあ持ちませんと言いました。ポートフォリオでいい?
「きららちゃん。ピッタリな名前ね。保科桜子です。店長さんとは、子供には説明できない爛れた――」
「煩悩ピンクは欲求不満の発露かしら? あたしは子供で、夫婦間の営みに関して門外漢。それでも、おじさんなんかに色目を向けたらあなたの価値を下げてしまうわよ」
女子小学生、人妻に女のプライドをかく語りき。
あんさん、ほんまにロリかいな? プリキュアで喜ぶ女児であってくれ。
「最近の高学年は意見がはっきりしてるのね。感心しちゃった。ふふ、成長した花蓮に会ったみたい」
生意気幼女の軽口なんのその。保科さんが大人の余裕で受け切った。
「それで、何か私に聞きたいことがあるのよね? 役に立てればいいけど」
「人生の先輩にアドバイスを頂いたらどうだ? 現状、手をこまねいたまま。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥ってやつだ」
俺が視線を向けると、天羽は考え込む仕草で。
「恥知らずが恥を語るのは滑稽だけど、ブレイクスルーのきっかけは必要か」
……恥の多い生涯を送ってきました。否、おひとり様は恥辱にあらず。
そんな書き出しをしたためるような文豪。ぼっち人間失格だぜ。
「若い子たちとゆっくりお喋りなんて久しぶりね! それじゃあ、隣のベーカリーでお茶しましょうか」
両手をパンッと合わせた、保科さん。
まさか、パン屋と掛け合わせたブレッドギャグ!? はは、イースト菌生えます。
「乾パン野郎は放っておいて。桜子さん、年の離れたお姉さんにしか見えないじゃない。本当に子育て中のママなの? 年齢、逆サバ読みしてない?」
「まあ、きららちゃんはお世辞が上手ね~。支払いはお姉さんに任せてっ。好きなパンいくらでも頼んでいいわよ」
あそこは食べ放題だけどねとウインクするや、保科さんがルンルンと歩き出した。
「うちの母親と同世代でしょうに……子供と向き合う態度が正反対なのね」
ため息交じりに呟いた、精神年齢お高めキッズ。
この時ばかりは年相応の幼げな表情がこぼれてしまう。
「ふん、良かったわねおじさん。パン食べ放題だって。ひもじいあんたがご相伴に預かれるのよ? 泣いて感謝しなさい」
「え、今日はパンの耳以外食べていい? 柔らかい生地、ふわふわの触感。ヤッターッ!」
「店内入ったら、はしゃがないでちょうだい。同行する身としてみっともないから」
天羽は冷たい一べつを向け、ベーカリーへ歩を進めた。
「お前は俺の保護者か」
音無家は放任主義ゆえ、一緒に外食なんか基本しないんですけどね。
人生ソロ勢ならば、ここは黙って回れ右するところ。絶好の直帰チャンス。
俺はもちろん、おひとり様の末席を汚す者としてUターンした。したのだが。
「お腹が猛烈に、ウインナーロールを欲している! 食らえ、食ねば、食らう時ッ」
タダ飯には黙って付いて行く。是、ぼっち教の定めなりや。
……惣菜を想像した途端、空腹には勝てなかったよ。
自由自在な教えの解釈こそ、おひとり様の軽いフットワークがなせる技なのだ。
俺は回れ左して、美味しい香りがする方へ誘われるのであった。
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