第10話 プリント倶楽部
ゲームセンターと通路を挟んだアミューズメント施設。
ガチャポンの森の隣フロアにて、それらがキラキラと稼働していた。
「プリクラ懐かしいですね。わたしもよく中学生の頃、何百枚も撮ったなあ~」
しみじみと物思いに耽った、結崎。
振り返るは、刹那に輝くプレシャスメモリーズ。
親友たちとズットモ同盟を結成した過ぎ去りし過去――
「それで? その親友とやらは今でも交流してんの? ん? 無敵チーム、どこ?」
「うわぁーっ! 聞こえない聞こえないっ。全然聞こえませんからっ」
結崎は耳を塞いで、質疑応答を全力拒否。
高校デビューで彼氏ができたり、ノリを合わせるのが面倒で疎遠になって空中分解。どうやら、うちのバイト君も思い当たる節があるようだ。音楽性の違いで自然消滅かな?
プリクラ機はカラフルで目立ち、デカデカと女性モデルがアップされていた。
「女子小学生の間で今、プリクラ流行ってるのか?」
「前の学校じゃ全然。けど、今のとこは結構ブームみたい」
天羽が腕を組んで、店内を見渡していた。
「クラスの女子――中心人物とか、うるさい連中……みんな筆箱にプリクラ貼って自慢してるわ。ほんと、くだらないわね!」
「迎合したいんだろ? お前もその一員になりたいんじゃなかったっけ?」
「言うじゃない。おじさんのくせに生意気よ」
「いいか、よく聞け。本来、皆なんて存在しない。あるのは皆と違うは悪という同調圧力だけさ。学校という狭い牢獄もとい閉鎖空間でよく起きる現象だ」
全国の居場所がないと嘆く少年少女たち。外の世界を一度覗いてみるといい。
社会の歯車製造工場は君たちを金型に押し込めるばかりで、助けてくれなどしない。自分がやりたいことを探して、必死に足掻いてみろ。それしか、方法はないのだから。
まあ、俺は一人でできるかぎり楽に生きたいんですけどね。五千兆円ほちぃ!
「それでも……あたしは……嫌だから」
何が、とは聞かなかった。思春期にはそんな辛いのかね、フレンドゼロが。
おそらく多数派の意見だが、俺は全然ピンと来ない。悲しいね。嘘だけど。
世の中、愛と勇気だけが友達と欲張るアソパソマソがいるならば、悲哀と孤独だけが友達と謙虚るオヒトリサマソがいたっていいじゃない。
「きららちゃんはどの機種入りたいのぉ~?」
「あたし、あまり詳しくないから。初めてだし、お姉さんが選んでちょうだい」
「おっけー。それじゃあ、うわっ! これ、まだあるじゃん! これにしよう!」
結崎が楽しげにおススメの筐体を指さした。
「あっ、Ver.3,0って書いてある……結崎の若かった頃より進化してるんやなって」
「はあ!? とっても若いですけど! わたしはピチピチフレッシュ十七歳っ!」
「おじさん、デリカシーがないのかしら? お姉さんは立派なレディでしょ」
「あ~ん、良い子だねぇ~」
結崎がニコニコスマイルで天羽の頭を撫でていると。
「あとちょっとだけ、猶予が残されてるじゃない。意地を張っても許されるわ」
「きららちゃん!?」
SE、ガーンッ。
落胆の音が確かに聞こえた。
「ふ、ふふふ。見て、あっちにドレッサーがあるよ……きららちゃん、せっかくだしお化粧しちゃおっかぁ~」
ふらふらゆら~りな足取りで、結崎の霊圧は風前の灯火だった。幽霊じゃないね。
「プリクラショップ。やたら鏡並んでると思ったら、加工前にさらに加工すんのか。二度手間じゃない?」
「あたしは素材が良いから化粧なんて必要ないわ」
「え、マセガキほど化粧に関心ある生物いないでしょ?」
「ふんっ」
「グフッ」
そして、腹パンである。ザクとは違った、ザクとは。
体罰禁止のご時世に立派な暴力を食らったぜ、ロリから。
「この店、男だけの入場は禁止みたい。あたしのおかげで体験できるわよ」
「あ、別に大丈夫っす。自分、そこのベンチで休んでます。なんなら、バックルームに戻ってます。どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」
俺がプリクラ撮る意味ないし。だって、見せる相手いないもん!
友達がいないおかげで余計な手間を減らせたな。コスパタイパ世代もニッコリ。
幼女のお守りを後輩に任せ、本気で引き返そうと一歩踏み出したタイミング。
「あのガラクタ。もう必要ないから、あとで処分しておくわ」
「ずっとこの店来たかったんだよなあ。プリクラ一緒に撮ってくれて感激やで」
「薄っぺらいプライドね。おじさん、自分が情けなくないの?」
「欲しいモノに全力の、どこが恥ずかしいというのだね?」
渋々Uターンすれば、あきれ顔で迎えてくれた天羽。
「てか、友達と一緒じゃなきゃダメじゃないか? グループの仲間の証だろ、知らんけど」
「いいのよ、今回は練習だし。それに可愛い女子高生と撮ったプリクラは、自慢できる注目材料だもの。紹介してくれたお礼に、端っこで写らせてあげる。特別よ? 泣いて感謝なさい」
「わーい」
泣いて拒否したいものの、手短に済ませた方がマシだろう。何も考えないを考えて、淡々と作業をこなすのは得意なんだ。
「きららちゃ~ん、はっやっくぅ~! 今ならわたしのテクで、先輩も綺麗に磨いてあげちゃいますって」
元気を取り戻した結崎がはよ来いと手招き。
「気が利くお姉さんだわ。あんたの腐った性根まで美しく仕上げてくれるなんて」
「いや、できないよ。化粧とは覆い隠すだけで、本質は何も変わらんぞ」
人間関係、化かし合い。なるほど、化粧が社会人のマナーと言われるわけか。
俺はため息と共に、幼女だけ送り出した。
指定されたプリクラ機の中へ先に失礼をば。当然だが、目前のディスプレイに己の姿が映っていた。パッとしない野郎でさえ、キャッピキャピに変身できる魔法をかけてくれる夢の願望機。それがプリント倶楽部なのだ!
「BGMやかましい。白い光強すぎィッ」
メルヘンな音楽と共に浴びせられた女優フラッシュに、俺は軽く目眩を起こすばかり。
たとえまがい物だといえ、美しさを得るのは大変だと思いました。
「ビビット盛れかわ……Y2Kのギャルメイク……エンジェル美白……目ヂカラゲキ推しモード……はーん、なるほど大体理解した」
メニューパネルが、チンプンカンプンってことがさ。
大学入学共通テストの現代文読解、ワカモノ語訳にしてみない? 偏差値だけじゃ測れない地頭の柔軟性が試されよう。ナウでヤングなギャルほど東大へ行け!
「マジチョベリバぁ~」
「そのダサい言葉やめなさい。おじさん界隈で流行ってるわけ?」
「俺の生まれる前だな。Y2Kは」
押し入り強盗よろしくプリクラ機の中へ潜り込んできた、天羽。
「うわぁ~、懐かしいなぁ~。でも内装が、ちょいちょい変わってますね」
「時の流れ――か」
「どういう意味ですかっ」
ご立腹な結崎が火を噴く前に、俺は操作を頼んだ。さっさと済ませましょ。
「そ・れ・よ・り、きららちゃんですよ! きららちゃんですって!」
「二回言わなくいいよ。二回言わなくていいって」
「どっちもね」
女子小学生の深いため息も構わず、JKが興奮気味に。
「ファンデとアイシャドウ、リップを軽く使ってこの仕上がりヤバくないですか!?」
やたら眩しい光に照らされた天羽を観察する。
キラキラの目元にツヤツヤなほっぺ、プルプルした唇。
「お嬢さん、メイクアップ成功じゃん」
「素材を活かしただけでしょ。じろじろ見ないでちょうだい、ロリコン」
素っ気ない態度に見えたが、口角釣られてますぜ。マ・セ・ガ・キ。
「バッチリ化けたところで、撮っちゃいないよ」
被写体に俺を加えるのは余分だと思い、結崎が設定の最中に脱出を試みた。
しかし、腕を掴まれてしまう。
「観念なさい。あんたも頭数なの。クラスの幼稚な男子と比べたらギリ許容してあげる」
「心の広い判定、痛み入るね」
人生で一度くらい、プリクラを体験してみよう。やればハマる可能性微レ存。
ところで、ソロモードないん? え、マルチ前提なの? 皆で……思い出いっぱい?
カァーッ、多様性の時代はどうしたダイバーシティッ! おひとり様に配慮せよ!
音無、憤慨極まれり。気分が悪いぜ、俺はもう帰らせて――
きゅるる~ん。撮影タァーイムッ! サンプルを参考にしてポーズを決めてね!
「きららちゃん、ゆびハート。先輩がたてピース。わたしは虫歯ポーズいきまぁ~す」
「こ、こうかしら?」
「ばっちし!」
結崎がお姉さんよろしく、不安げなロリを盛り上げていく。
もう一回遊べるドン。
「きららちゃんとわたしでハートの輪っか。先輩は変顔で!」
「おじさんは普段通りなの? 証明写真に使えるじゃない」
「俺のマイナンバーカードはウケ狙いじゃねえぞ」
愛想笑いが漏れた俺を、女子小学生と女子高生にハートの輪っかで囲まれる。
ある意味、シュールで面白かった。
パシャ。パシャッ。撮影完了後、プリクラといえばデコ。それくらいは知ってる。
結崎は慣れた様子で、ラクガキやスタンプとタッチペンを動かしていく。
「まずは、先輩の死んだ目をぱっちり二重にしましょう。美白モードで頬にチーク付けて……王子様風メイクに補正っと」
「ぷっ、あははははっ! 何この別の生物! もう加工じゃなくて、別人じゃない」
「俺の顔で遊ぶな。そういうのは友達同士でやりなさい」
ぼっちに内輪ウケの強要は犯罪である。到底許される行為ではない。
でもクソガキが楽しそうで、何よりです。
逆に結崎を毛が三本立ったオジサン化させたり、天羽を文字通り猫顔へ合成したり、加工盛りだくさんでやりたい放題だった。
プリント一枚だけなんて選べなぁ~いとJKがわがままゆえ、五百円連投。
もちろん、ここはブルジョア幼女がお支払い。五百円貯金箱は一杯で減らしたいとのたまいやがったぜ。おじさんにいっぱいくだちぃ!
結崎さん、年下の小学生に支払わせて恥ずかしくないのですか? あとでクレープとか奢ってやりなさい。俺にも一口くださいね。
え、俺……? 全然恥ずかしくなかったよ。金欠社会人の諦めっぷり、舐めんなっ。
プリクラ機に閉じ込められて幾星霜。
ようやく狭い空間から脱して、全身を弛緩させた俺。
はぁ~~~~、脱力に全力せよ。
「あんたがどうして一番疲れてるのよ。何もしてないでしょ」
天羽が出た途端、眉根を寄せて。
「めちゃくちゃしたじゃん。人の用事に付き合うの、おひとり様にとって最も苦痛を伴う所業! 耐え難きをたえ、忍び難きをしのび」
「結崎お姉さん、ありがとう。次はもう、上手く立ち回れそうだわ」
「わたしも久しぶりに遊んで楽しかったぁ~。このプリ、大事に取っとくね。おかげでいつも写真から逃げる先輩もバッチリ撮れたし」
まあ、俺もそっちに懐いた方がいいと思う。
三人集まれば、自然と二人組とひとりきりが形成される。優れたアイディアなど特に浮かばない。これが、三人寄れば文殊のぼっちってやつか。違うね。
「この後、ご飯食べに行くんだけどさ。きららちゃん、家に帰らなくて大丈夫?」
「まだ平気よ。うちの親は自主性を重んじてるから」
「そっかぁ~、じゃあ一緒に鎌倉パスタしよっ」
フェイドアウトを諦めない俺だったが、咄嗟に天羽へ視線を向けた。
今時の小学生は、俺が若輩だった頃より習い事や塾で帰宅時間が遅い。まだ二十時。されど、もう二十時。悪気がなくとも、連れ回しと判定されてしまう。
誠に残念無念遺憾ながら、音無景弘は成人男性ゆえ児童と一緒はすぐ犯罪者扱い。
っぱ、社会人はつれーぜ。
「問題ないわ。おじさん一人は変質者だけど、お姉さんがいれば通報されないでしょ」
結崎の視線が外れた瞬間、天羽は人差し指を唇に近づける。
「今日は家に誰も来ない日なの。察してくれる? ……取引でしょ」
そう言い残し、陽キャが放つ光に誘われるかのごとく身を翻した。
「さいで。ならば、何も言わん」
所詮、個人主義の人間。他者の事情に首を突っ込む面倒な真似と無縁でいたい。
否、考えずにはいられなかった。何も考えないのが得意な俺が。
家に誰も来ないねぇ……
せめて、帰ってこない日と口を動かせなかったのか。
親が仕事で忙しく、子に全く構ってあげられない。
本気でおひとり様を享受したい存在にとって大歓迎。その上、金は潤沢ときたもんだ。
しかし、転校デビューに失敗し友達皆無なお年頃ははたして――
「一人で、自由気ままを満喫したい。ただそれだけさ」
必死に頭を振って、小難しい話を脳内から排除した。
俺が悩むのはどう考えても間違っている。人生ソロ勢は他人に無責任なんだ。
腹が減った。欲望に正直たれ、勝手にパスタ大盛り頼んじゃおう。店ってどこ?
俺は食欲を満たすため、先行する幼女のお尻を頼りに追いかけるのであった。
ロリコン、ダメ絶対! イエスロリータ、ノータッチッ!
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