第9話 リア充のすゝめ
《二章》
ひとりでいたっていいじゃないか。にんげんだもの。
みつをの言う通りだ。他人の顔を窺って生きても仕方がない。それで成功が約束されているならば、空気読みガチ勢になってもいいだろう。
「問題は、みつをはそんなこと言ってないんだよなあ」
似たような詩があった気がする。でも、違った。知ったかぶりしてすまん、みつを。
三日前、伝説のガチャポン荒らし改めぼっちな女子小学生・天羽きららと取引した。
彼女が一発で引き当てたシークレットを譲渡してもらう条件、それは友達作り。おひとり様が自慢な俺に、ぼっちの打開を要求するとか正気かい? 嫌がらせならば、効果てき面。急所に当たった! 効果は抜群だ! 音無は倒れた!
友人関係に疎い。イマジナリーフレンドすら登録者0人ゆえ、万策尽き加減だ。
「やはり、俺には荷が重かったらしい。さようなら、悪徳タヌキ。お前が欲しかった」
集まらず! ガチャポンの森! オモチャの世界も過疎化問題あり。
カプセルトイのミニチュアの町を眺めながらメランコリー。
「先輩ぃ~、全然アンニュイ顔似合いませんね! ウケますってば」
休憩室で響いた騒音もとい結崎の爆笑が鼓膜を揺さぶっていく。
「うるさいよ。売場で汗水垂らして働きなさい。サボるバイトは給料出ないぞ」
「だって、暇じゃないですかぁ~」
ソファに座って足をブラブラさせるや、口を尖らせた結崎。
金曜日の午後七時。
学校や会社帰りの面々でショッピングモールが込み合う時間帯だが。
「今日、めちゃくちゃ天気悪くありません? わたし、ほんと直帰余裕でしたもん。ちゃんと来たんですから、褒めてください」
朝から折り畳み傘じゃガードしきれないレベルの大雨が降っていた。
電車は遅延気味。車で来るお客さんは大体スーパーへ。専門店街の人影は疎らだ。
「このバカちんめ。弊社は台風が来ようが地震が起きようとも、開店するし出勤はマストでしょうが。やらなきゃ、意味ないよ?」
もちろん、リーダーとSVは在宅で各店舗の状況を報告待ち。
店を守るのが店長の務めですよね? 責任を果たしな――爆ぜろッ。
「ところで、先輩。わたしに対して、何か思うところがあるんじゃないですか?」
「もういる意味ないし、帰れば?」
「ひどい!?」
「先上がっていいですよ」
言い直してもダメですから! 結崎、ご立腹。
昨今、何でもかんでもパワハラ・コンプライアンス違反。
店長の高圧的な態度を謝罪します。素直な気持ちを口に出してはいけないのである。
「そうじゃなくてっ。二人きりですよ、ふたりっきり! 可愛い女子高生、密室、閉店まで。何も起きないはずがなく――」
「二人きりより、ひとりぼっち。それが俺のモットー」
微妙な知り合いとセットで取り残された時、気まずい雰囲気の回避方法を教えよう。
自分が相手に興味ない姿勢を見せれば、あちらも気が楽になる。
磨け、アウトオブ眼中。魔眼の域に達すれば、一発で他人同士になれるのだ。カッ。
「自分、何もしないをするんで。それじゃ」
部屋の端っこに陣取って、だらぁ~と呆けた。本日お日柄も悪く絶好のボケ日和。
「あっ、鎌倉パスタの店ってまだオープン記念やってます? わたし、お腹ペコペコなんですよぉ~。ちら、ちらちらっ」
女子高生バイトに店長が食事を奢ると禍根残らへん? 成人男性、リスク管理大事。
「先輩の寂しいディナーに添える一輪の花。華やぐ結奈とはわたしです!」
「……世の中には稀有で物好きな例外もいるってことか」
俺の鉄壁を誇ったパーソナルエリアが花のJKに蹂躙されていく。
心のバリアフリーは勘弁してください。SNSもビックリな無法地帯ですぞ。
「それとも、わたしが出してあげましょっか? なんとここに、優待券が二枚」
「大人を舐めるな、未成年! よろしくお願いしますっ」
深々と頭を下げた、店長。
カスハラ相手の練習と思えば、膝も折る所存。誠意とは何か。文字通り、姿勢だ。
「うわぁ~、先輩ドン引きですよ。年上男子のプライドはないんですか、プライドは」
「意地で腹が膨れるかっ。誇りで夜を越せるかっ。金欠は夢も見られねえ!」
財布には、残金298円。もうダメぽ。
後輩バイトが深いため息を吐き、情けない大人へ救いの手を差し出した。
「全く、仕方がないですねぇ~。サラダとスープも付けちゃいましょう。今度は私を敬ってください」
「結崎がこんな頼りになる奴だったなんて、俺は今猛烈に感動しているッ」
これが人の優しさか。温かいなり。孤独にしみるぜ。
「早速行きましょう。どうせお客さん来ませんし。思った時がチャンスですって」
「ただサボりたいだけでは?」
「さあ。さあ!」
やる気ゼロなバイト君が誤魔化すように、ドアを半開きのまま手招きした。
俺は外出中と書かれたプレートを手に、貴重品を金庫へしまっていく。
休憩は一人で過ごしたい。一人を堪能したい。それがぼっちの流儀。
でも、空腹には、勝てなかったよ……ぐぅ~~。
店に着いたら、初手カウンター席の端狙い。女子高生の連れが冴えないフリーターでは周囲から怪訝な視線が飛ばされるゆえ、俺がしかと配慮せねば。
あと、小学校の家庭科で習っただろ? 孤食で黙食を努めようってさ。それ、誤植。
「うぅ~、明太子とうにクリーム……どっち食べようか迷いますね」
取らぬドラの皮算用よろしく、わたしどっちかなんて選べなぁ~いときたもんだ。
両方選べばいいじゃなぁ~いと返しておく。腹回り気を付けなはれ。
「わたしは繊細なんですから! 乙女心の機微を感じ――」
結崎が頬を膨らませ、ドアを勢い良く押しかけたちょうどその時。
カチャリと、ドアが先んじて開かれた。
予想外のタイミングで空振りした結果、ズッコケた。ドレッシーな黒だった。
顔をひょっこり出したのは予想外――ではなくて、想定内の女子小学生。
「あら、お姉さん大丈夫? そんなところで寝てたら危ないじゃない。背後からパンツを覗いている下卑たヘンタイがいるわよ」
「ちょっと! わたしのセクシーアングルだからって興奮しないでくださいよ」
「してないが」
そして、真顔である。
「結奈ちゃんの下着ですよ!? それはそれで納得いかないじゃないですか!」
「注文が多いなあ。ここはまだ料理店じゃないぞ」
不満げに詰め寄ってきた結崎に、宮沢賢治もそうだそうだと後方腕組作家面。
「というか、誰ですかこの可愛い女子? 勝手に入っちゃダメだからね」
「へー、こんな錆びれた店におじさん以外の従業員いたんだ」
天羽が結崎の横を堂々と素通りするや、なぜか俺をぎろりと睨んだ。
「雨のせいでお気に入りのカバンがビショビショじゃない。どうしてくれるわけ?」
加えて、ベレー帽、カーディガン、スニーカーがぐっしょりと濡れていた。せっかくのおませコーデが台無しである。
「いや、家にいればいいじゃん。天候悪けりゃ自宅待機。羨ましい環境だ」
社畜の仕事は雨天決行。毎日が労働日和。全てを吹き飛ばせ、タイフーンッ!
「あんたが孤独で悲しく蹲ってると思って来てあげたの。感謝なさい」
「望むところだ……むしろ望むところだ!」
俺は、音無景弘。言っておくが――ソロだぜ?(キリッ)
おひとり様人生はゲームであっても遊びにあらず。ガチ単独プレイだ。
それはさておき、家でひとりぼっちが寂しかったのかこの幼女。
両親は相変わらず家に不在で頼れる知人がいない……ってコト?
「ちょっと待ったーっ! 何なんですか、この子は! 先輩の何なんですかぁ~」
「別口の雇用主。副業関係と言っておこう」
「は? 冗談は顔と性格と態度とひとりぼっちだけにしましょうか」
「注文が多いなあ――」
以下略。
結崎がしつこく食い下がってきたので、カクガクシカジカっと説明。
流石に、天羽のプライベートな部分は黙っておく。俺はへっちゃらだけど、生意気ロリにとってイジられたくないセンシティブだろう。友人とズットモがそんなに偉いかね。彼氏できたり進学したら、大多数が打ち切られる脆い関係性よ?
「このロリコンがどうしてもって懇願するから、あたしは渋々来てあげてるの」
クソガキが引き当てたシークレットをくれくれ厨するおじさんに、家来になって役立てば譲渡する。そういう設定に落ち着いた。イライライライラっとしたぞ。
「なるほどぉ~。わたしはてっきり、先輩がモテないから小さな女子へ手を出したって疑っちゃいました。通報、止めときますね」
結崎が安堵した様子でスマホをポケットにしまう。
子供ほど始末に負えず、面倒な生物はおらんだろ。泣く、喚く、騒ぐ、暴れる。稀代のストレスモンスター。一生モテなくとも、ロリ狙いに走れんよ。
俺は、うんうんと天羽を見た。脛を蹴られた。い、痛いとです。
「あんた今、失礼なこと考えたでしょ。家来のくせに反抗的ね。切腹ものだわ」
「ハラキリを求めるな。令和の幼女怖い」
「フン。おじさんさぁ、散々一人がいいとか言ってたくせに話が違うじゃない」
「ひとりでいいぞ。いや、ひとりがいいぞ」
眉根を寄せた、天羽。きみ、いつも不機嫌そうだね。
「こんなに美人なお姉さんがあんたと一緒にいるの、おかしいでしょ。恵まれた人間関係を持ちながら、よくもぼっち自慢してくれたわ。恥を知りなさい!」
恵まれた人間関係……? いらいらいらいらいらいらっと、ストレスマッハフル。
隣の芝生は青かろうが花は赤かろうが、まとめて芝刈り機だ。
俺の烈火の怒りが、アマゾンで間違えてチェーンソーをワンポチする寸前。
「え、綺麗で優しくて健気な純情可憐? えへ、ぐへへ……っ」
「全部言ってねー。結崎、少し黙っててもろて」
露骨なお世辞に照れるんじゃない。チョロインかい。
「じゃあ友達以外、どんな関係よ?」
「こやつとは……」
改めて問われれば、どんな関係性か。すこぶる難しい。
俺は顎に手を当てて、考える人よろしく考えた。
「友達――ではない。だって、友達になる提案してないし了承もしていない。そもそも、俺は定義を知らんからな! 昔は、同じ学校に通う生徒同士。今は、同じ職場で働く店長とバイトだ」
「ひどっ、他人すぎません!? 二人の間に、けっして切れない運命の赤い糸が……」
「あ、そこ断線してます」
もっと絆を大事にしろ等、意味不明な言動を繰り返す女子高生。
「まあ、結崎は友達がたくさんいる陽キャ。青春の王道を闊歩する存在。つまり、助っ人だ。天羽、参考になるんじゃないか?」
「……妄想だけのおじさんじゃ頼りにならないから、現役で青春を謳歌してる人の力を借りるわけ? 小賢しいけれど、マシな判断じゃない。褒めてあげるわ」
クソガキに褒められた。わーい。
結崎と関われば、きっとコミュ力が上がるはず。
なんせ、俺が具体的な用事なしでさえ他人に喋りかけられる場合があるのは彼女のおかげ。しつこく執拗に会話を強要されたゆえ。
基本ぼっちだが、リアルガチコミュ障にあらず。でも他愛のない雑談、きついっス。
天羽は結崎の方へ振り返り、スカートの裾を持ち上げた。
「天羽きらら。初めまして、結崎お姉さん。今日はよろしくお願いするわ」
「うん、よろしくね~。きららちゃん。って、わたし何させられるのっ!?」
握手を交わしてから、オーバーリアクション。これがリア充コミュニケーションか。
「じゃあ、行きましょうか。隣の店、予行練習にちょうどいいものがあったわ」
「アレか。よし分かった。手短に済ました後、ディナーへしゃれ込もう。案ずることなかれ、今夜は結崎の奢りさ」
友達ができた時の予行練習。生意気ロリのやりたい事リストを実践していく。
それこそ、俺が欲しいシークレットレアのカプセルトイを入手するミッション。
天羽がくるりと踵を返すや、休憩室を出て行った。音無、追随するぜ。
「うそっ、状況飲み込めてないのわたしだけですか? 待ってくださいって、先輩ぃ~」
結崎が俺のシャツを掴んで、目的不明な旅へ同行する。
思いのほか引っ張る力が強くて、三枚2000円のロングTは犠牲になるのであった。
そして、伸び伸びである。
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