第8話 副業の方が時給が高い
「は? 友達が欲しい?」
休憩室はリングさながら。
初手右ストレートを食らい、ふらふらグロッキー。
なす術もなく、ワンパンノックアウト寸前だった。
「別に、友達が欲しいわけじゃない。学校の交遊関係を広げる協力を打診したの」
世間一般では、それを友達作りと呼ぶでしょうに。
天羽きらら。ツンとした態度で午前の紅茶を嗜んでいた。
生意気ロリの背景を簡単に聞いたところ、一カ月ほど前に東京から引っ越してきた。新しい学校は雰囲気が合わなくて、クラスのノリは全く馴染めない。どこのグループにも入れず、いつも校庭の景色を眺めるばかり。気づけば、休みがちに。
親は仕事の都合で家を空けがちで3LDKのマンションに専ら一人暮らし。美少女のハウスキーパーに週三で家事をこなしてもらい、退屈な毎日を過ごしている――
「お前はラノベ主人公か。どこにでもいるようなごくごく普通な小学六年生かい」
ふざけんな。その設定寄こせ、俺なら、もっと怠惰になれるもんっ。
おい、ご両親。流石に女子児童を放置するな。多忙を言い訳にするな。塾や習い事に通わせてるから、ネグレクトじゃない? いくら金を積んだって、こいつ将来グレるぜ?
「ラノベって何よ。ウェブトゥーンみたいなやつ?」
「っ!? もう、ラノベが通じない世代か」
音無景弘、一八歳の初夏。初めてのジェネレーションギャップ。これが若人……
そんなことはさておき、俺は気を取り直した。
「友達作りねぇ……それを俺に課すとは、なかなかどうして面白くない」
「おじさんが友達少ないの、一目瞭然だわ。まあ、荷物持ちくらいなら使えるでしょ」
「学生時代、親友やら真の仲間とかいなかった。でも特に困らんぞ」
嘘である。二人組作って。グループ課題。移動教室の連絡。テスト範囲の確認。孤立無援なうちわウケ――校内ぼっちは地獄の連続だぜえ! アレはしんどかった。ぐすん。
それでも、徒党を組んで人間関係に精神をすり減らす方が嫌だったんですけどね。上っ面を撫でることが世渡り上手と言えば、俺はやはり社会不適合者である。
「あんた、反面教師の逸材ね。とても参考にできない。いや、できるのかしら?」
「よ、よせやい。クソガキに褒められても嬉しくないやいっ」
心底軽蔑するような表情が似合っていた、天羽。
「つーか、一人の何が悪いんだ? 自分の時間を自分のために。最高じゃないの」
「だって……恥ずかしいじゃない」
「ほう」
「あいつひとりぼっちなんだって思われたり、噂されたら……惨めになるでしょ」
ならない。あちらにとって路傍の石ならば、こちらにとって道端の雑草。対等ヨシ。
俺は、新鮮な気分を味わった。一般的な感性を小学生に学ぶ、社会人です。
ぼっち自虐こそあれ、今までその発想がなかった。
これが、ソロプレイヤーと皆でわくわくエンジョイ勢の差異らしい。
ポケモンの通信交換は悪しき文化! ハードとソフト、二つずつ必要ゆえ。
「天羽。おひとり様になれば、面倒で煩わしい悩みから解放されるぞ」
「諦めて流されるのが、一番かっこ悪いじゃない。あたしは逃げたくない。あんたが泣いて悔しがるほどの自分の居場所を作ってやるわ」
「さいで」
やれやれと肩をすくめた、おじさん。
見解の相違なものの、お互い全く違う環境で育った別個体。各々の道を行け。
「天羽が伝説のガチャポン荒らしって呼ばれる経緯にどう繋がったんだ?」
「クラスで流行ってたの――文房具バトル」
文房具バトルシリーズは、小学生に人気のカプセルトイ。
消しゴムや鉛筆に武器や乗物に見立てたパーツを装着して、机上から落とし合う遊び。俺の若かった頃が第一ブーム。最近の小学生に第二ブームが到来していると、十文字なにがしのようつべチャンネルで取り上げていた。
「懐かしい。もちろん、二つ買ってソロプレイに興じたぜ。俺が編み出した必殺技スピニングホールドに対して、これまた俺が開発したグラウンドゼロで自滅を誘発させ」
「おじさんのぼっちエピソードに興味ないわ。ほんと、寂しい奴」
「いいんだよ、楽しかったんだから。で? 同じオモチャ持ってるから輪に入れて作戦は上手くいったのか?」
マセガキには、マロンが分からんのです。必殺技のマロンは!
甘栗のロマンを明日のおやつに決めるや、天羽が首を横に振った。
「同じオモチャが手に入らなかったの。三連続ハズレで諦めたんじゃない」
「パッケージに載っていない金色のカプセルが出たのか」
「皆が持ってるやつじゃなきゃ、意味ないでしょ。だから、いろんな店を回ったのよ。とんだ無駄骨だったけど」
天羽がげんなりと徒労感を漂わせていく。
「シークレット持ってる方が人気者になれるじゃん。神引きでスター街道まっしぐら」
「冗談は顔だけにして。冗談は顔だけにして、おじさん」
「これだから素人は……」
根本的にズレているお嬢さんだ。精神年齢の高さが仇となったらしい。
アドバイスを送ろう。子供心をもっと知れ。遊び心を養え。童心に帰れ。
うぅ~っ、俺もっ! 小学生に戻りたいっっ!
「いろんな店で天羽が言うところのハズレを引きまくった結果、伝説のガチャポン荒らしの二つ名を冠したわけか。なるほど、内情を聞けば噂ほど頼りにならんね」
「あたしのどこが荒らしなの。ちゃんとお金払って、ガチャガチャしただけじゃない」
憮然とした幼女をなだめつつ。
「とにかく、文房具バトルのふつーのカプセルトイがあれば解決だろ? 俺がテキトーに何個か引いて、悪徳タヌキとトレード。お互いの目的が叶って、ウィンウィンしよう」
内心ほくそ笑みながら、ニコニコ営業スマイルな俺。
有利なレートで可及的速やかに取引を完了せよ。この勝負、もろたで工藤。
「何言ってるかしら? 条件はあんたがあたしの家来になる、でしょ。オモチャの方はネットオークションで全部揃えるわ」
「チッ、このブルジョワ幼女め。やはり、財力……っ! 栄一が全てを解決するっ!」
令和キッズ、諭吉のことも時々でいいので思い出してください。
小賢しい女子小学生が、くだんの品が入った金色のカプセルを弄んでいく。
「こんなガチャガチャ一つで、年下の女子にペコペコしちゃって恥ずかしくないわけ? このロリコンッ」
「全然恥ずかしくないね。少なくとも、友達いなくてウジウジする泣き虫よりは」
「……へぇ~、言うじゃない。おじさんが子供のあたしでも対等に扱う態度、嫌いよ」
「フッ――って、おい!? そこは嘘でも好きと言いたまえ」
天羽は子役顔負けの満面の笑みを披露して、無言を返した。沈黙はゴールドかい?
「さてと。今日はもう帰るから。おじさんをどうこき使うか、次来るまでに考えといてあげる。あたしの役に立つ栄誉に感謝なさい」
そこに誉れはないんだよなあ。ハァ、面倒くさい。
「はいはい。またのご来店をお待ちしておりまぁーす」
「態度の悪い店長ね。グーグルのクチコミ、いたいけな少女を傷つけたから☆1よ」
「ガチな悪質行為はやめてもろて」
俺は、クソガキにカヌレセットを持たせた。
土産だ、持っていけ。結崎の分がまた消えたけど、かまへんかまへん。
天羽を見送るや、俺はどさっとソファに座り込んだ。
「欲しいシークレットの入手がこんなに疲れるなんて、参っちゃうぜ」
子供の相手って、すこぶるきつい。特に生意気な奴ほど。
伝説のガチャポン荒らしの正体見たり、ひとりぼっちな女子。
神引きの所以がまさか、仲間に交ざりたい願い一心だったとは。
ただのおひとり様が、友達作りにどんな手助けができる? 何もしないをしたい。
知らない道を案内しろと言われたところで、右往左往せざるを得ないはず。
「他にナビゲーション役が必要だ。でも、人間関係を広げたくないんだけどなあ。俺は常々、イッツァスモールワールドでありたい」
やると言ってしまった以上、付き合う他あるまい。自分、大人なんで。
クソガキに社会人の責任というものを見せてやろうじゃないか。
手始めに――時給上げの交渉に挑まねば。
1800! いや、1700! 1600円でおなしゃす! 雇用主様ぁ~。
断言したはずさ、プライドで生活費は賄えないと。
まったく、女子小学生から頂く給料は最高だぜッ!
今月、カツカツなんでっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます