第7話 交換条件

 翌日。

 早朝に集約された業務をワンオペマジックするのは、もはやルーティーン。

 どれだけ肉体と精神が疲労困憊マンでも、無意識にこなせちゃう領域へ至った。両目をつぶってごらん。君の空間把握能力はすでに、売場を鮮明に捉えられるはずさ。


 過労の瀬戸際、人は新たなスキルを目覚めさせる。

 セルフ3Dレーダー。俺自身が、観測機になることだ。悲しいね。


「リモート朝礼で社訓を唱和させるのマジ訳わかめ。社畜のマインドコントロールか?」


 なぜ会社は、バイトのやる気を削ぎたがるのか? 互いに期待しないのが信頼関係。 

 ……俺らのこと嫌いなん? 俺は仕事も会社も嫌いやぞ!


 本心の吐露はさておき、ショッピングモールが営業開始した。

 ガチャポンの森、本日もオープンです。はぁ~……

 とは言え、平日の午前中は常連がウザ絡みして来なければ暇である。


「パズル、プラモ、新作ホビーの試遊、TRPGのシナリオを毎日ちょっとずつ進める。強制労働施設の奴隷作業と違って、日々の成長が感じられるなあ」


 やれやれ、おひとり様の趣味は忙しいぜ。

 バックルームへ引っ込んで、俺の真の責務を果たさんと意気込んだちょうどその時。


「あんた、ニヤニヤしちゃって気色悪いわよ。店員より通報される側の顔ね」

「いらっしゃいま――っ!? おまっ、天羽きらら!」


 反射的に営業スマイルを携えたが、迎え撃つ仏頂面に意表を突かれてしまう。


「約束通り、来てあげたわ。頭を垂れて、感涙に咽びなさい」

「いや、学校はどうした学校は。水曜の十時だぞ。今日、あるだろ?」

「フッ、バカね。あたしは賢いの。義務教育課程なんて、全て履修済みよ」

「そういう問題じゃねぇ……」


 自信満々に胸を張った、天羽。ぺったんこはロリの特権。

 仮に事実だとしても、サボるんじゃない。俺だって働きたくないのに、金のために渋々嫌々毎日通勤してんだぞ。土日休みは慢心。完全週休二日制は怠け者の証なり。

 大人になんてなりたくない。あぁ、一生小学生でいられたら良かったのに。


「ずっと子供のままがいいなんて正気? いくらアニメで脚色しても、ピーターパンが異常者なのは誤魔化せないけれど?」

「……甘いな。いや、若いな。大人になっちゃうと、真の自由が何だったか悟るんだ」

「年寄り臭いおじさんだわ」


 鼻をつまむのやめなさい。

 辛辣な少女の視線が痛い。すげーよ、これで興奮できるロリコンって。


「再訪早くない? 来週、最悪もう来ないと予想してたんだが」

「偶然、暇だったから。そう、たまたまよ」

「学校行けよ」

「……」


 髪の毛を弄りながら、無視である。アーリー反抗期かい?

 客の個人情報やプライベートにできるだけ関心を持たない。それが単独を嗜む者のモットー。残念ながら、常連の知りたくない日常をインプットされてしまったが。


「ビビッと来たわ」


 女子小学生とあんまり絡めば、面倒な代償を支払わなければならないかも。

 丁重に迷子センターへ押し付けもとい保護してもらおうか思案中。


「おじさんは耳まで遠いわけ? 返事は!?」

「うん?」


 いつの間にやら、天羽がくだんの筐体前で憤慨していた。


「だから、ビビッと来たって言ってるでしょ!」

「ビビッと!」


 来てます。神引き、来てます。

 ナウでヤングな言い方をすれば、バリサンである。


「それってつまり、シークレットの予兆……ってコト?」

「さあ? いつもの調子が出そうなだけ」


 天羽は肩をすくめ、背後のガチャマシンへ寄りかかっていく。


「用がないなら、あたし本屋行くけど?」

「ちょ、待てよ! 少々お待ちくださいませっ」


 俺は瞬きする間もなく休憩室へ戻り、一息も入れず帰ってきた。


「どうぞお納めください」

「ん。気が利くじゃない」


 ガチャ代の五百円とワイロのカヌレを差し出せば、口角を釣り上げた天羽。

 女子小学生に金品とブツを提供……マズいですよ!

 ガチャポンの森店長が善からぬ行為に走ったと噂が立つ前に、さっさと神引きってやつを始めてもらいましょうやグヘヘ。


 さりとて、仰々しい儀式など催されず。

 伝説のガチャポン荒らしは、淡々とハンドルを握り――回すのみ。

 ガラガラポン、と。

 パンドラの箱が吐き出すのは、金色のカプセル。たまには希望を振りまこう。


「マジその手腕、どういった具合だ。言っとくけど、普通はリアルガチで全然ちっとも全く大当たりは出ないからな」

「知らないわよ。あたしにとってはずっとハズレだもの。シークレットじゃなくて、おじさん程度のコモンを寄こしなさい」

「俺はレア度1かい」


 多数派からハブられてる意味では、おひとり様のレア度は高いかもしれない。孤高のアンコモン。レア度2。び、びみょー。

 俺がガックシ肩を落とせば、天羽はカプセルをカパッと開いた。


「この眠たそうなとぼけタヌキが珍しいわけ? ふーん、微妙ね」

「表情に騙されるな、こやつは隙あらばローン契約を吹っかける奴ぞ」


 なんだか言って、残業アニマルのグッズラインナップに大体入ってる。

 うんうん、誠実さが人気の秘訣だなも。


「天羽のおかげで、俺の趣味がさらに充実した。新たなるステージへ飛翔せよ」

「……」


 手を出すと、ひょいっと避けられる。


「神引きを、ありがとう! じゃあ、また。さようなら」


 再び手を出すと、さらにひょいっと避けられる。


「何ゆえッ」

「欲すれば、相応の対価を支払う。常識でしょ」

「え、カヌレ渡したじゃん。一個五百円でクソ高かった」

「これはお客様に対するおもてなしじゃない。等価交換が成立しないわ」


 横柄なマナー講師然とした態度。礼儀作法むつかしい。

 頭を搔きながらどうしたもんかと独り言ちた、俺。


「釣り合わない交換レートは提示しないから、安心しなさい」

「金ならねぇぜ。自慢じゃないが、稼いだ分は生活費と趣味の活動費でトントンや」

「要らないわよ。あたしまだ、100万円くらい残高あったし」

「ひゃ、百ま――っ!?」


 100万円貯金してるということは、100万円貯金してるということなんです。

 小学生のお小遣いで貯まるマネーか? パパ活か、パパ活やってんのか?


「変な想像しないでちょうだい、ヘンタイ。死んでもごめんよ、ロリコンの相手は」


 天羽が苦虫を噛み潰したような渋面を作る。


「お祝い金に手を付けなきゃ、フツーそれくらいの金額になるんじゃないの?」

「ならへん」


 シンプルに、いいとこのお嬢さんらしい。金持ちのクソガキめ。

 ちなみに今月、俺のゆうちょ残高480円。もうダメぽ。


「で? 幼嬢は何を求めてるんだ? シークレットがかかってんだ。何でもする気概で、何でもはしないぜ」


 俺ができることなんて、週七連勤のほぼワンオペくらい。搾取されすぎ?

 天羽は一度視線を外して、ふぅと息を漏らした後。


「あんた、あたしの家来になりなさい」

「家来ぃ~? 生意気な女子小学生の手下ぁ~?」


 思わず、声が裏返った。

 何を言い出すかと思えば、何を言い出すかと思えばである。


「フ、ふふふ! ファーッファッファッファ! 甘く見られたものだなぁ」


 音無景弘はおひとり様を征く者。

 人生ぼっち、ソロプレイヤーが座右の銘。


「残念だったな、俺はすでに会社の手下だ。社畜は二君に仕えず! 是、忠義なり!」

「自分で言ってて、悲しくないの?」

「言うなっ」


 天羽の冷静なツッコミが鋭く、俺の自尊心はもう擦過傷まみれ。軟膏塗っとけ。


「タダとは言わないわ。報酬も出してあげる」

「シークレットだろ? 悪徳タヌキは欲しい、喉から手と足が出るほど欲しい」


 怖いですね。


「けれど、俺は個人とつるんだり団体に加わるのが嫌なんだ。面倒厄介事人間関係を抱えるくらいなら、じゃあ目的を諦めた方がマシさ」


 皆やってるよ。個性はワガママ。一人で行動するのは自分勝手。

 ――皆と違うは悪である。


 日本の教育とやらは、すこぶる馴染めなかった。はっきりと社会の歯車を作る工場であり、形の違うネジなどエラー品で廃棄が当然だと正直に言ってくれ。博愛、友和、協調の精神を育むなどふざけた言葉をのたまって誤魔化してくれるな。

 ストレスの結晶なる皆勤賞は俺の意地であり、抵抗の証なのだ。


「……なんか、昔の嫌なこと思い出した。余計な手間をかけさせて悪かったよ」


 やはり、安易に他人を頼るべきにあらず。ここまでのやり取りで心底疲れた。幼女と一週間分の会話とか魔が差したというやつか。

 俺が安息の地へ旅立たんと、ホップステップらんらんるーの一歩目にて。


「――1500円」

「如何に?」

「あたしの家来、時給1500円でどう? このチンケな店に隷属する時給は1000円だったかしら?」

「――っ」


 驚愕につき、首がしゅんと回った。

 うそぉ、俺の時給低すぎ……っ!?

 マジである。そこかよと問われれば、一番重要な点である。

 ショッピングモールの求人票や、ホームページにも同じ金額が書いてあった。


「わざわざ調べたのか。今どきの女子小学生は家来が流行ってるん?」

「そんなわけない。おじさんは都合が良さそうな人選なのよ」

「家来の才能はないぞ。基本的に、主従関係とか信頼関係ずっと一定現状維持。全く上がらない平行線」

「過干渉せず、ビジネスライク。そこが評価点」


 天羽は片目を閉じ、俺を指さした。


「いくらあたしが可愛くたって、変な気を起こさないでしょ? ロリコンのくせに」

「ロリコンの才能もないぞ。クソガキには物理で天誅を」


 体罰はマズい? ちぃ、カヌレのフレーバーだけぺろぺろしてやる!


「それで家来になるわけ? 部下の枠も空いてるけど?」

「どっちも同じじゃん。クッ……俺はカプセルトイ専門店ガチャポンの森店長! プライドを以って、職務に従事す――」

「時給1500円。残業なし。休み自由」

「今日からよろしくお願いしまぁーす! サァー、ボスッ!」


 上司に敬礼。今後ともお世話になります。

 ……プライドぉ~? んなもんで一人暮らしを支えられるかっての。お金ほちぃ。


「交渉成立ね。契約書とか作る? おじさん、一応大人だし任せるわ」


 ふんと鼻を鳴らした、新たな雇用主。

 ダブルワーク。副業。聞いただけで胃もたれしちゃう。腹痛が痛い。


「対価が発生する以上、ちゃんと家来でも何でもやってやる。けど、本業の拘束時間が長いからさ。あんま付き合えんよ」

「詳しい話はあっちでしましょう。付いてきなさい」


 天羽は大手を振ってまかり通るかのごとく、偉そうな仕草で休憩室へ先んじた。


「聖域を、荒らさないでくれぇ……」


 否、主君向かうところ家来の姿あり。

 クソデカため息に加えて、お供しますの言葉も漏らした。

 なんせ。

 今日から俺は、ロリの犬なのだから。一周回ってワンと鳴くでドッグ!

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