第6話 幼女を懐柔するのは甘いものに限る
悲報、音無景弘氏。女子小学生を休憩室へ連れ込み事案発生。
あまりに舐めたクソガキゆえ、つい勢いでやっちゃった。反省はする。
さりとて、安心してくれ。家には絶対上げないから。完全アウトとか社会的常識を弁えてるとか、そんなんじゃねーんだ。他人を自分の領域へ入れたくない。
そう、答えはいつだってシンプルなのだ。
おひとり様は寂しくなきゃ、死んじゃうピョンうさね~。
「このせんべい、硬いんだけど。ねえ、チョコとかないの?」
「チョコとかグミは、昨日バイトが全部食い漁った」
「ちっ、使えないわね」
女子小学生は悪態をつきながら、ロイヤルなミルクティーで喉を潤した。
ソファに案内した途端、勝手にタブレットや社外秘の資料を弄ってもう大変。
誰だ、部外者を招いた奴は! 店長です! こりゃ減給待ったなし。
処分を下される前に自主退職を考えつつ、俺はとりあえず自己紹介した。
「ガチャポンの森店長、音無景弘だ。よろしく。きみの名前を教えてくれない?」
「……怪しい不審者に名乗っちゃいけないのよ」
「怪しくない不審者はいないだろ。あと、知らない奴に付いて行くな。危ないから」
「ふん、屁理屈なヘンタイね。あんた、友達いないでしょ。そんな顔してる」
「その通り、人生ソロプレイ中。本当は全てのしがらみとさよならバイバイしたい! 俺は一人で旅をする!」
ぴかちゅー(合いの手)っ!
「ぼっちって意味では――きみと似た者同士かな?」
「……っ、何を言って。そんなわけ、ないじゃ」
「別に隠さなくていい。長年おひとり様やってれば、感じるんだ。同類の気配がな」
俺は、やれやれと肩をすくめた。
同類といえど、いろいろタイプや派閥があるので一緒くたにできないのだが。
「一緒にしないで」
「もちろん」
「その自分にもそんな時代があったって顔がムカつく」
幼女がキイッと威嚇するや、不承不承に口を動かしていく。
「天羽きらら。名乗られた以上、返すのが礼儀でしょ」
「うん?」
「あたしの名前。一回で覚えなさいよ。記憶力が乏しいわね、おじさんだから?」
天羽きらら。通称、伝説のガチャポン荒らし。別名、クソガキの権化。
ちゃんと覚えた。俺が他人の名前を記憶できるなんて、事件です。
「精神的にはもう定年間近。俺の座右の銘は、人生万事モラトリアム」
小学生から見れば、社会人なんて立派な高齢者。年金逃げ切り世代になりたい。
俺も若い頃、スーツ姿のリーマンがすこぶる大人に見えた。
目下、随分くたびれた様子と窺える。社畜度に応じて、老化は止まらないんだなあ。
「モラトリアムぅ~? それで怠け者の王様があたしに何の用よ?」
「天羽さんの神引きについて教えてほしい」
「かしこまなくていいわ、おじさん。あんたの方が年上だし」
かしこま!
ただし、オメーはもうちょっとかしこまれ。
「天羽はシークレットを三連続引き当てたよな。あれ、どんな手口だ?」
「だから、ハズレでしょ。パッケージ詐欺だわ」
天羽が不満そうな顔で、テーブルへ金のカプセルを三つ置いた。
「あたしはちゃんと表記されたやつが欲しかったの。これ全部、処分しておいて」
「モッタイナイ! それを捨てるなんてトンデモナイ!」
「じゃあ、好きにすれば? シークレットとか、興味ないし」
え、マジで? ヤッターッ!
否、物欲我慢。スタッフがおいしく頂きましたはまた後で。
「周辺の店舗でも、神引きばかりしたらしいな。当店まで噂が聞こえたぞ」
「神引きってどこが? 狙った景品を今まで、一度も当てられなかったじゃない」
「ぜひコツを聞かせてほしいもんだ」
ガチャポン荒らしにそっぽを向かれてしまう。
俺は、冷蔵庫から山吹色のお菓子(モンブラン)を差し出す。結崎のシフトを増やすための撒き餌だが、別の獲物にも有効らしい。
目を輝かせた幼女。お主も悪よのぉ~。
「ガチャガチャにコツなんてないでしょ。これだっ! って思った時、引いただけ。ん~、このモンブランいけるわね」
マロンペーストと生クリームの二重奏に舌鼓を打ち、ほっぺが落ちそうな至福をキメた天羽。
「思いついた瞬間が引き時ね。なるほど、普通だ」
俺だって、絶対シークレット引ける! っていつも自己暗示してるぞ。
残念ながら、神引きはテクニックにあらず天性のタレントらしい。
大事なのは、何を引くより誰が引いたか。
幸運チェックが残酷な現実を突きつけていく。
「まあ、伝説のガチャポン荒らしも結局狙い通りにいかない。っぱ、カプセルトイは闇のゲームですわ」
ガチャ屋ってひょっとして、アコギな商売……? 店長は何も考えないを考えた。
「ごちそうさま。おじさんのくせに、ケーキ選びのセンスあるじゃない。褒めてあげる」
天羽が、お上品なシルクのハンカチーフで口元を拭う。
「ふぅ、お腹いっぱいだし帰ろうかしら」
幼女が満足したようで何よりです。よいしょと立ち上がるや。
「あんた、もう女子小学生に声かけやめなさい。寛大なあたしは穏便に済ませてあげたけど、普通にお巡りさん呼ばれる事件だから。不審者、ヘンタイ、ロリコン、おじさんは存在自体が罪よ!」
そして、ドヤ顔である。
おじさんにはもう少し、甘口であれ。社会も会社も辛口ばかりゆえ。
「ちょっと待って。頼みがある」
「なによ」
「神引きをもう一度、披露してくれないか?」
俺がご帰宅を引き留めると、天羽は顎に手を当てながら。
「あたしに引いてもらいたいガチャガチャがあるわけ?」
「流石、幼嬢。賢いな、幼嬢」
「どこが幼いのかしら。もう小学校六年生なの。たおやかな淑女でしょ」
「いや、その理屈はおかしい。レディー」
本音をポロリしつつ、申し訳程度のお世辞。
俺はカプセルトイのミニチュアが趣味であり、残業アニマルシリーズのシークレット狙いを告白した。休憩室の隅っこに陣取ったプライベートスペースを内見してもらって、悪徳タヌキの必要性をPRしただなも!
「あんた……大人のくせにガチャガチャ集めなんて恥ずかしくないわけ?」
そして、ドン引きである。
「はん! 趣味に大人も子供もねぇんだよ。好きな物を好きと言えなくなったのが大人じゃない。それこそ、諦めて年齢を重ねただけのクソガキさ」
「いや、その理屈はおかしいわ。おじさん」
コンマ一秒の論破であった。
確かに! 納☆得。
「お願いします! 何でもはしませんから! 何でもはっ、しませんから!」
「プライドもないのね。ある意味大した矜持よ。変質者より厄介じゃない」
成年男性に頭を下げられ、ため息交じりに困惑する女子小学生だった。
「ノブレスオブリュージュかしら。次はカヌレを用意しておきなさい」
天羽がそう言うや、亜麻色の髪をなびかせながら休憩室を出ていった。
うわぁ、幼女かっこぃぃ。
俺も売場へ移った。腕を十字にクロスさせた変な奴を再び見かけるも、一切無視。
くだんの筐体は、中央列の三島目下段に設置されている。
場所を教える前に到着済みな天羽。目を細め、真っ直ぐ視線を注いでいた。
「ほう、伝説のガチャポン荒らしが動くか……っ! その神引き、如何ほどなりや?」
後方腕組み実力者面が、クハハと笑った。
オメーはさっさと帰って、ようつべに動画上げろ。毎日投稿が義務です。
「ダメね、全然ダメ」
伝説のガチャポン荒らしが首を横に振っていく。
「ビビッと来なかったわ」
「昭和世代?」
運命感じないん? 一目惚れとか古臭いん?
「昭和ぁ~? いつの時代よ」
フンと鼻を鳴らした、平成生まれの令和っ子。いや、俺も同じだけど。
「おじさんが女子小学生に粘着して欲しがったシークレットってやつ? それを引けるのは、直感が働いた時だけ。まあ、あたしにとって全部ハズレよ」
「流石に、引いたから金色のカプセルになるわけないか」
因果律操作? それ、なんて中二病? オタクは十文字だけで消化不良である。
「今日は当たらないわ。諦めなさい」
肩をすくめて脱力した、伝説のガチャポン荒らしさん。
「ていうか、あんた店長なんでしょ? 一個ぐらい抜いても、バレないんじゃないの?」
「それをやっちまったら、俺はカプセルトイを趣味と名乗れねぇんだ。おひとり様は不正など、絶対にせん!」
※一部例外あり。場合による。臨機応変かつフレキシブルに。
「ふーん、少しはプライドあるみたい。どうでもいいけど」
天羽はこちらを一べつして、隣を通り抜けていく。
「また今度、気が向いたら来てあげる。じゃあね」
「どうぞまたお越しくださいませぇ~」
心にもない定形文を口にしながら、俺は少女の背中を見送るのであった。
伝説のガチャポン荒らしの正体見たり、生意気ロリ。
ふと、筐体が視線に入った。ダメ元でガラガラポンっと回してみる。
赤いカプセルだった。
「またダブったか。やっぱ、ガチャポンってクソかもしれん」
「……貴様の運命力など知れたもの。我が宿敵、宿願成就させたくば綺羅星を掴め」
「うるさいよ。十文字の好きな美少女フィギュアシリーズ、撤収させてもろて」
「フヒヒ、サーセン」
神引きは素人じゃ到底真似できない。
天羽きららが持った、稀有な才能。
本人は持て余しているようだが、全く以って羨ましい話である。
もし次があるならば。
今度こそ、俺はクソガキを利用してやるぜ。
しょーがねーから、帰宅前にケーキ屋へ寄っていこう。
「カヌレ専門店入ってるの、偶然じゃないよな?」
スマホでメニュー表を調べていく。
「一個五百円か。ちょっとお高いんじゃありませんこと?」
でもこの価格設定知ってる! 残業アニマルシリーズと一緒や。
まるで、カヌレガチャだと思いました。
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