第5話 伝説のガチャポン荒らし
平日のお昼すぎ。
売場の方で奇妙な胸騒ぎを覚えた。
エンドレスワンオペが俺の気配察知を鍛え上げた結果、休憩室でだらけようが混雑具合を鋭敏に感じ取ってしまう。余計な才能に目覚めるな。日々鈍感に過ごしたい。
気づいてしまったので、俺はため息交じりにフロアに出た。
「ほう、拙者の気位を瞬時に感知したか。及第点をくれてやろう、我が好敵手」
違う、お前じゃない。
ドアの正面切って待ち構えていた十文字を無視するや、反対側の通路へ進む。
はたして、視線を一段下げればそこに見慣れぬ客がいた。
幼さを残しながらも大人びた可憐さを備えた容貌だ。亜麻色のロングヘアーに黄色い帽子を被り、大きなリボンが付いたセーラー服とフリルで膨らんだスカートを合わせている。そして、背中にはレース刺繡が施されたピンクのランドセル。
十中八九、女子小学生である。
子供がガチャ屋に遊びに来たところで、別におかしな話にあらず。勘違いか。
まあ今頃、普通の小学生は学校で給食だと思うのだが。戦え、プリン争奪戦!
今日は、運動会で振替休日や開校記念日でもない。そういった売上に関わる近隣情報はディベロッパーの方から共有されるのだ。地域密着型ショッピングモールってやつ。
じゃあ、なぜ? ランドセルを背負った小学生が平日の昼時に出現したのか?
周囲を見渡せど、おそらく一人。どのガチャを回そうか、考えているようだ。
不審者の他に、非行少年たちの発見連絡も努力義務である。警察から学校に連絡される前に、とっと退散した方がいいぞ。
皆勤王だけど、サボりたい気持ちはよく分かる。テスト返却だけの登校とか、マジ面倒だったもん。午前上がりなら、早起きさせるな。やれやれ、今回は勘弁してやるか。
俺が心中、サボりたいなら極力目撃者を増やすなとアドバイスを送ったタイミング。
「あんた、さっきからジロジロ見てるけどなに? 不審者?」
女子小学生が俺の方を振り向いて、近づいてきた。
「いや、違うけど」
「平日の昼間に、こんな所で大人がフラフラしてたわけ? 仕事は? ちゃんと働いてるの?」
「あ、はいっ。一応……この店で働いています」
なぜか、幼女に職務質問された。
首から下げた従業員カードを提示するが、先方は怪訝な眼差しを返すばかり。
「って、ちょ待てよ!? 怪しいのはきみの方でしょうが。そっくり同じ質問、するところだったぞ」
「学校で習わなかったかしら? 知らない人に名乗っちゃいけないのよ、特にロリコンにはね!」
「何、だと? 俺はロリコンじゃねえ! わざわざ子供の相手なんてしたくねーよ」
いちいちうるさい生物じゃん。控えめに言って、市役所に騒音苦情を出すレベル。
「正体見たり、ロリコンは皆同じ言い訳するじゃない」
俺が一歩近寄れば、女子小学生は一息で後退していく。
「動かないで。動いたら、分かるわよね?」
彼女はランドセルに手を伸ばし、何かを引き延ばしていく。
長い紐の先に繋がれたブツがきらりと光った。
「っ! そ、それはマズい!」
「ご明察。やっぱり、見覚えがあるみたいね? あんた、随分と震えてるじゃない」
ニヤリと勝ち誇った、女子小学生。
「対ロリコン殲滅兵器・防犯ブザーよ! これを鳴らせば、ヘンタイは死ぬ。そう、社会的にねっ!」
「ま、待て……話せば分かるッ」
俺は愕然として、膝から崩れ落ちてしまった――わけもなく。
特に焦りなし。目下、雰囲気で茶番に付き合っております。
しかし、厄介事は面倒。いい加減、補導してもらうべきか。
や、流石にかわいそうか。迷子センターに押し付けよう。俺だって人生の迷子なり。
内線を求めてバックヤードへ向かったところ、予想外の邪魔が入った。
「景弘音無! そ、そのお方はまかさ……っ!?」
「知っているのか、十文字。ひょっとして有名人か?」
「然り!」
うむと腕を十字に組みつつ、首を縦に振った十文字。
へー、たまには役に立つじゃないの。その正体、詳らかにしてもらおうか。
「控えおろう、そのお方をどなたと心得る! 万物万象あらゆるガチャポンのシークレットを引き当てる――伝説の神引きガチャポンハンターその人なるぞッ!」
十文字が膝をつき、女子小学生を崇め奉りたまうで候。
くだんの人物をもう一度確認していく、俺。
生意気そうな小娘は、突然現れた十文字を腐ったミカンよろしく見下すばかり。
「もしや……この子が噂のガチャポン荒らし……って、こと?」
「頭が高い、平伏せよ! 汝が謁見するは、ガチャガチャの神なりや」
「お前はどのポジションだよ。神官か」
鬱陶しい常連なんて無視に限る。どうせ、雰囲気で語っている。そういう奴なのだ。
正直、伝説のハンターか荒らしなのかどっちでも構わない。
なるべくできるだけ可能な限り、俺は客と関わりたくない。接客とかストレスの温床ゆえ、マニュアル対応で心を無にしなきゃやってられん。顧客満足とのたまう暇があれば、従業員満足を最大限高めてみろ。時給と休みを増やせば、やる気は勝手に生じるぜ。
仕事もプライベートも一人がいい。おひとり様は他所と交わることなかれ。
しかし、現実は思い通りにならない。
繋がりが価値にされた昨今、社会的弱者は今日も多数派のフリをする。
「きみの噂は最近よく聞く。近所の店でシークレットばかり引き当てるってさ」
「なによ、それが悪いわけ?」
「いや、全然。単純にすごいな」
「バカみたい。ハズレばかり掴まされて、こっちはいい迷惑だわ」
「?」
お客様のクレームに、店長は首を傾げてしまう。
クレーマーとコミュニケーションできないのは、俺が陰キャだからにあらず。
いや、音無景弘は陰キャだぞ。体育に蔓延る悪しき習慣・戦慄の二人組作って事案、余り者グループからさえはみ出してしまう孤高のぼっちプレイヤー。
……フ、ダブルスってラケット二本持ちのことだよな? ゲームセット、ウォンバイ音無。悲しい勝利だね、ぐすん。
うちはセルフサービスがモットー。お客さんに過干渉しません。
全ては俺の取り越し苦労だったのだ。売場異常確認ヨシ。
ピークタイム前に、休憩室でサボるもとい英気を養わなくては。
十文字を雑に追い払って、ウェブトゥーンと睨めっこにしゃれ込もう。
籠城する寸前、振り返れば伝説のガチャポン荒らしがガチャを引こうとしていた。
「お手並み拝見させてもらおう」
視線は正直だね。やはり、噂が真実なのか知りたいらしい。
女子小学生が回すのは、ランプパズルの筐体。
――ガラガラポン、と。
金色のカプセルが出てきた。おめでとう、シークレットである。
無表情で中身を確認した途端、仏頂面な幼女に様変わり。
「まあ、一度くらいたまたまさ。偶然のラッキー」
次に選ばれた景品は、シャドーアートのアクセサリー。
――ガラガラポン、と。
金色のカプセルが出てきた。おめでとう、シークレットである。
仏頂面で中身を確認した途端、しかめっ面な幼女に様変わり。
「お、おう。二連チャンとか、やるじゃん。ま、まあ俺だってそれくらいありますけど?」
カプセルトイ愛好歴十年、必死の強がり。
二連続レアは一度だけある。排出率が高い限定ガチャだったのは内緒さ。
遂にガチャポン荒らしが手を出したのは、デカデカとゲーミング発光を放つスーパーガチャマシン。一回千円のやつ。
……クックック、残念だったな小娘。その筐体は――出ないぞ? 別に、不正はしておらん。一箱に一個なんてチャチな確率じゃねえ。排出率は、一ダースにつき一個さ。
「この勝負、もろたで幼女……っ!」
ニチャアとほくそ笑んだガチャポンの森店長の姿が鏡に映る。
はたして彼は誰と戦っているのだろうか。すごく、恥ずかしいと思いました。
否、伝説と呼ばれる所以は伝説と呼ばれる所以があるから。
高級ブランドとコラボした化粧品に手を伸ばした女子小学生。
――ガラガラポン、と。
筐体のハンドルを回して現れるは、金色のカプセル。
「ば、バカなぁ~っ!? そ、そそそそんなはずはっ!」
愕然。今度こそ、膝から崩れ落ちかけていた。
三連チャンシークレットを目前に、俺は正気を疑わざることこの上なし。
この現実、リアリティーがねえ! 嘘っぱちだ、ヤラセに決まってる!
最後はスーパーガチャマシンだぞ? アレから激レアが出てくるの、初めて見た。
毎日筐体にカプセルを補充してる自分でさえ、いつ出るか全く予想できなかった。
「伝説のガチャポン荒らし……本物か。認めざるを得ないね」
俺は深いため息と共に感服して、握手を求める勢いだ。
人見知りが業務以外で自ら話しかけようとするくらいテンションが高まった。
女子小学生が金色のカプセルをまじまじと見つめ、強く握りしめていく。
「あーもう! この店も不良品ばかり! ほんっっっとに、使えないわねっ!」
中身を確認するまでもなく、しかめっ面を通り越し怒り心頭。
近づいてきた俺に気づき、伝説のガチャポン荒らしはギリッと睨んだ。
「あんた、責任者だっけ!? パッケージに載ってる商品が出てこないじゃないの! インチキで騙されたわ!」
「……は?」
「どうせ、ハズレしか入ってないんでしょ。今なら許してあげる。お巡りさんに逮捕されるか、返金するか。選びなさい」
再び防犯ブザーに手をかけた、生意気幼女。
どっちが脅迫してるんですかねえ。俺がロリコンだったら、誘拐事案ですぞ。
「きみ、まさか気づいていないのか? 自分がしでかした末恐ろしい偉業を」
「はあ? 何のことよ?」
怪訝な表情を向けたいのはこっちである。
無自覚系ガチャポン無双? あたし、また何か引いちゃいました?
なるほど、これは伝説のガチャポン荒らしですわ。たまったもんじゃない。
「よく聞け、少女。先ほど引き当てた金色のカプセル、本当は当たりなんだぞ。いくら欲しくても全然出やしないレアもの。人はそれを、シークレットと呼ぶ!」
「ふーん、欲しくないものは全部ハズレでしょ。そんなことも分からないわけ?」
「っ、ク・ソ・ガ・キャ~ッ!」
営業スマイルの仮面が剥がれ落ち、カプセルトイ愛好家がひょっこりはん。
「バックルームへ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「お菓子はあるんでしょうね? あたし、フィナンシェの気分だから」
そんなおフランスなモンはねえ! せんべいかじってろ!
もちろん、お徳用である。
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