第4話 風の噂

 好きなものを仕事にするな。嫌いになるぞ、とよくネットで見かけた。

 いや、何を選んだところで仕事なんて嫌いでしょうに。趣味に携われる分、少しだけマシだと感じた今日この頃。


 ――労働は人生を摩耗させる。

 音無景弘の座右の銘である。さて、次の日替わり座右の銘も考えておこう。


「うーん、最低でも守銭奴タヌキが欲しいなあ」


 休憩室の端に追いやられたアンティークテーブル。

 俺のプライベートスペースと化したそこに、カプセルトイたちが並べられている。


 猫や犬の住民ソフビ、テントや家具のインテリア、木々や花のミニチュア、魚や虫のフィギュア。

 ジオラマの町を、一日一回のガチャポンで造っていく。


 コンセプトは、動物たちによる無人島開拓。集まれ! ガチャポンの森!

 最近やったゲームのもろパク……もとい、インスパイア・リスペクトさせてもらった。


「残業アニマルシリーズのシークレット。一週間回したのに全然当たる気がしない」


 動物たちがいろんな職業の格好をしている人気カプセルトイ。そのレア枠が、他のアニマルにあの手この手でローンをふっかける銭ゲバタヌキだなも。

 マイブームの発展には、島唯一の売店を支配するタヌキの配置が必須!

 しかし、必要不可欠なピースが未だ揃わない。メルカリ価格は五千円。


「違うだろ、金で解決する話じゃないんだ」


 おひとり様は高尚な趣味であれ。

 本日二度目の座右の銘はさておき、カプセルトイはガチャガチャで手に入れるべし。

 俺は、プロのぼっちらー。一流のソロリストならば、孤独の挑戦を続けたまえ。


「先輩、難しい顔しちゃってちょっと賢く見えますね」

「アイデンティティーを再確認してたんだ。欲しいブツが手に入る道程を楽しむために」

「ふーん? メルカリで探せば手っ取り早いじゃないですか」

「だから、それは違うって言ったばかりでしょうが!」


 あっけらかんと俺の流儀を否定した、結崎。

 ったく、これだから近頃の若いモンはっ。最近のJKは全くなっとらん!


 どうせ、ようつべもドラマも倍速でタイパなんやろ? ブームに踊らされ、思考停止な話題性の過剰摂取。自分だけ取り残されるのが……怖いか?

 子供の頃、ゆっくりよく噛んで味わえってママに教わらなかったのかい?


「結崎はまず、SNSばっか見るの止め」

「ところで、あの噂聞きました?」


 俺のコミュ力では、友達が多い女子の発言権に一瞬で押し流されてしまう。


「隣の駅のガチャガチャコーナーに出没したらしいですよ」

「誰が?」

「伝説のガチャポン荒らし」


 結崎がすっとんきょうなアヒル口で、すっとんきょうなことを言った。

 伝説のガチャポン荒らし。

 一部地域の業界でさん然とその名を轟かせたり、轟かせなかったり。


 曰く、ふらりと立ち寄ったガチャショップにて。シークレットレアだけ引き当てるや、つまらなそうに去っていく存在らしい。


「ちょ待てよ、どんな確率だ。身内の犯行じゃなきゃ、眉唾やなって」


 筐体に当たりを仕込む順番を調整すれば、関係者はシークレット引き放題。

 宗教上の理由で、ガチャで不正はしないけれど。おひとり様教、崇めたまえ。

 そもそも、噂が流れてまだ一カ月程度。伝説に昇格するの超スピード!?


「三階のおもちゃ屋さんでも目撃例があります。そこの店長が、すごい子がパフォーマンスを披露。集客力あるから、毎週やってくれってエックスで呟いていました」

「あのおっさん、商魂逞しすぎる」


 知り合いのホビー好きだが、ガハハと大笑いする光景が目に浮かんだ。


「周辺で痕跡を残したんだ、いずれガチャポンの森にもご来店するかもしれん」

「わたしも神引きの方法、教えてほしいですねえ~。シークレットレアって、結構高値で売れますし」

「ガチャ屋のバイトが堂々と転売したがるな。裏でコソコソ、秘密裏にやりなさい」

「そこはちゃんと止めるべきでは!?」


 やれやれと肩をすくめた、俺。

 結崎は、カプセルトイ自体にあまり関心がないらしい。別にモーマンタイ。

 服屋でファッションに興味ない店員も結構いるみたいだし、労働の目的など九割九分がお賃金。タスクをこなして、時給を受け取ろう。少ねぇーぞ、二倍寄こせ!


 時計が残酷な現実を告げた。


「もう休憩終了、か。はぁ……」

「この世の終わりみたいな顔じゃないですか」

「客が多いと、売場を回らなくちゃならん。何度も何度も、狭い所をグルグルと」


 掃除に補充、厄介な奴の対応。目を離した途端、一斉に襲いかかってくるのだ。

 肩書だけ店長が、ガチャポンの森を守らなければならない。


「じゃあ、休憩行ってきまぁーす!」

「……」

「何ですか? わたしの顔、じろじろ見つめちゃって。可愛いだけですけどぉ~?」


 そして、てへぺろである。

 チャーミングな面構えなのは認めざるを得ない。

 否、俺は他人の容姿をあーだこーだ評価できる立場にあらず。


「結崎、俺が休憩中ずっと隣で駄弁ってたな」

「はい、先輩が寂しいと思って! いや、お礼なんていいですってっ。今度スタバの新作ドリンクでいいですって」


 実質、催促やめろ。


「オメーは今、勤務中やろ! 仕事サボんなっ。一時間分、給料引かせてもらうからな」

「そんなぁ~!? 今月は物入りなんですけどっ。わたしはお小遣い少ないんですよ? バイト代減らされたら、大変じゃないですか!」

「知らん。節約するか、掛け持ちすればええ」


 泣きつくバイトを引きはがすや、俺は午後便の荷受を済ませていく。

 結崎がサボった分の手間であった。完全ワンオペシフトが無謀ゆえ増員したのに、これじゃあ仕事量が全然軽減されない。せめて、週七から週六出勤でおなしゃす。


 何処か、デフォで三人分働けるバイトリーダーがおらんものか。

 時給1500円スタートでどうでっしゃろ? 初手、店長越え。ほんとは三人分の3000円払いたいが、そこまで行くとSVやリーダーが怒鳴り込んで来るだろう。


 偉そうにしてるだけの奴より現場が優秀だからって、人件費使い過ぎや! ってね。

 急募、ほぼ全ての業務を取り仕切れる有能バイトリーダー。

 特典として、名ばかり責任者が部下になります。自分、指示待ちの方が得意さ。

 一緒にカプセルトイ専門店を盛り上げませんか? 個人スキルが活かせる職場です。


未来のガチャポン業界を背負うのは、あなたかもしれない!

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