第3話 結崎結奈

 週七連勤がデフォ。

 休み? 毎日二十四時間働いてるわけじゃないよね? 帰ったら、それが休みでしょ。


 控えめに言って、労働環境が終わっていた。ブラック辛いわー。基本ワンオペが唯一の救い。いや、別に頭おかしくなってないぞ。

 高校まで無遅刻無欠席な皆勤王だったし、就業中に全力でサボれば意外と乗り切れる。


 常人には苦痛の放置プレイなら大歓迎。グループディスカッションやブレストを強要される職場じゃなくて、ほんと良かった。前例がないから却下? じゃあ聞くな。


 日曜日のショッピングモールは、混雑を極めていた。

 まことに残念遺憾ながら、カプセルトイ専門店もその余波を受けてしまう。

 ファミリー層やなんとなく遊びに来た若人たちが、狭い売り場を蹂躙していく。


「お前、どれにするぅ?」

「うち、これー」

「食らえ、三度目の正直! ちょ、また被ったしっ」

「ママぁー、きょうりゅーのにんぎょうほちぃー」


 賑やかな店内を、穏やかな面持ちで見守っていたガチャポンの森店長。

 ……~~っっ! 補充に掃除に応対っ! いちいち忙しくすな! こんな場所で蔓延るな! 安息の地だぞ、疾く散れい!


 ニコニコ笑顔の仮面を張り付け、イライラ憤怒の感情が爆発寸前。

 人が密集するほど、リアルガチで体調が悪くなる。頭痛が痛いぜ。

 俺は一通りのタスクをこなすや、セーフティールームへ緊急避難。


「当たりが出ない? 不良品掴まされた、返品しろだぁ? ガチャ舐めんなっ」


 モンスターなクレーマーが出現すれば、初手召喚魔法・警備員で退散させた。

 欲しいブツがあれば、メルカリでワンポチどうぞ。俺の流儀に反するが。


 休日のピークタイムは流石に一人じゃしんどかった。一流のバイトリーダーなら繁忙期、三人に分身できるらしい。いかんせん、名ばかり店長だとどだい無理なスキルなり。


 もはやここまで。万策尽きた。自分、辞めさせてもらいます。暇そうな楽チンバイトだと思ったのに、全然話が違う! 転職サイトに星1レビューを書き連ねる寸前――


「おっはようございまぁーす! 結奈ちゃん、ただ今参上です!」


 休憩室のドアが勢いよく開け放たれ、元気の押し売りが侵入してきた。


「あ、うちは大丈夫です。間に合ってます」

「いえいえ、お話だけでも! 絶対に損はさせませんから……」


 まるで手練れなセールスレディが両手をまごまごさせつつ、一歩も引かないご様子で。


「って、厄介者を追い出す感じやめてくれません!? せっかく美少女が応援に来てあげたんですよ!」

「普通に五分遅刻だぞ。結崎さん、シフト守ってくれないと困るんだよキミい」

「うわー、先輩厳しい。さっすが、社会人」

「店長と呼びなさい。まったく、学生気分は困りますね」


 俺が真面目に注意すれば、結崎がうへーとふてくされた顔になっていく。

 結崎結奈は、当店のバイトメンバー。ツインテールをリボンで結び、オフショルダーのニットから覗かせる肩とミニスカートから伸びた脚が白く眩しい。花のJKである。

 高校の一年後輩。つまり、高校三年。受験生じゃん。勉強に励みなさい。


「わたしは専門学校行くんで、勉強しなくたって余裕ですもん」

「進路先が決まってるなら、早めのスタートダッシュ決めればどうだい」


 社会人(バイト)のありがたいアドバイスなど、若者に通用しなかった。悲しいね。


「先輩だって、わたしがいないと困るくせに~。本当に一人で、営業前から閉店まで年中無休を貫けるんですか?」

「ぐ、それは……」


 結崎が、ニヤリと口角を釣り上げた。

 いくらワンオペ上等を掲げても、流石に皆勤賞の俺でも限界は訪れよう。

 基本、友達と呼べる存在がいない音無景弘。学校生活は孤高を気取らず、付かず離れずな永世中立組員の立場を維持していた。


 一流のぼっちでさえ、クラスでは真の意味で一人になりえない。

 青春を謳歌せし者たちの鮮烈な輝きに目を背けていたのに、なぜか後輩の女子と交流しなければならない羽目になった理由は涙抜きに語れな――長いので割愛。


「すっごく感謝してくれていいんですよ? 手始めに、結奈ちゃんがバイトに入ってくれてありがとうと感謝を伝えましょう!」


 満面の笑みで肩を小突いてきた、結崎。

 ボディタッチやめて。セクハラ事案だ。


「面接で落としましたが。うち、高校生は雇ってないけど」


 今後ますますのご活躍とご発展のほど、ラインにてお祈り申し上げたのにねえ!

 俺がガチャポンの森店長になったことを何処からか聞きつけ、無理やりバイトに加わったのだ。おかしい、音無景弘に愚痴を吐く仲間なんておらへんぞ。


 コミュ力高い光の女子高生だ。陰キャな俺より、よっぽどガチャ屋の戦力だろう。売場で結崎が接客すれば、明らかに雰囲気が華やいでいる。

 くそぅ……50円だ! 50円時給上げてやるっ!


 悲報、カプセルトイ専門店の店長。入社一カ月の高校生バイトに時給負けする!

これが愛嬌の差というやつか。フ、人生ソロプレイには不要なステータスさ。

 本当は喉から手が出るほど欲しいことはさておき、忍耐力ばかり磨く毎日なり。


「俺、休憩行くから。店舗チェックよろしく」

「あたしもお昼まだですけど! ふふん、仕方がないですね。一緒に食べに行きましょ」


 結崎はバッグをロッカーへしまい、スマホ片手に準備万端。最近は専らペイペイ!

 忙しい時間帯にスタッフがいないと困るから、バイトを働かせるんでしょうに。

 百歩譲って、従業員の不在を許そう。


 ここ、ガチャショップ。勝手に回して、どうぞ。そこに入ってないなら、ないです。

 さりとて、俺が絶対に譲れないラインがそこにはあった!

 それ、すなわち――


「今から昼ごはんなんで、結崎とランチは行けないなあ」

「……は?」


 きょとんとされた。


「だから、俺は昼飯を一人で食べるじゃん。あなたの付き添いはできません」


 お分かり? どぅーゆーあんだすたん?

 結崎、表情を凝固させてしまう。

 もしや、イングリッシュ苦手かい? 俺もさ、最終成績英検三級だぜ。


「はぁぁあああーーっっ!? 意味分かんないんですけど! 昼ごはん行くからお昼断られたの、初めてなんですけど! 先輩、あいかわらず偏屈捻くれぼっちなんですか!?」

「ちいかわと文房具バトルの筐体、そろそろ補充しといて。今日はタンドリーチキンな気分やなって」


 休憩と退勤時間ほど、おひとり様は拙速を貴ぶ。

 女子高生バイトに仕事を押し付け、全力で従業員用レストルームへ駆け出した。


「もう! これじゃあ、せっかく来てあげた意味がありませんけどぉ~っ!」


 店内、大声で叫ぶのはご遠慮ください。特にスタッフな。

 結崎の文句を頭の片隅からも置き去って、俺は自由なる翼を今羽ばたかせん。


 時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たせ。

 誰にも邪魔されず、好きなものを食らえ。

 この行為こそ、最高の癒しである。

 ……っぱ、孤独のグルメは人生のバイブルだと思いました。

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