第2話 口無死村

異変に気付いたのは隣近所に住む若者だった

おかしな音がする・・・というので隣を覗いてみれば

少女が両親を無邪気な笑顔でばりばりむしゃむしゃと食べていたのだ


あまりのことに恐れおののいた若者は悲鳴をあげ 他の村人に助けを求めた


若者の悲鳴を聞き村の人々は悲鳴の元へと集まる

その惨状を見た村の人々は総出で少女を取り押さえた

「こいつは人間でねえ 鬼の子だあ」

誰がそう言い出したかは定かではない

けれどもその意見に反対の意を唱えるものはいなかった

現代でも親殺しは重大な犯罪だろ?ましてや 昔など両親を重んじる風潮は尚更強かった

少女をこのあとどうするかなど話し合いをするまでもなく 皆の意見は一致していた


村人たちは各々、鎌や鍬などを手に取り少女を取り囲み

殴る、蹴る、鎌でめった刺しんいして 鍬で頭をカチ割った

少女がとっくも前に絶命していると理解していても村人たちは暴行を止めようとしなかった


・・・恐れていたんだな それだけ少女の事を

少女によってもたらされた恐怖が大きすぎて少しでもその恐怖を払拭したかった

その感情が少女に対する暴行をエスカレートさせていった

少女の体はもう原型をとどめることもなく破壊され やがて村人たちの暴力衝動も収まって来た


その言葉を誰が発したのかはわからない、その場に女の子の村人はいなかった・・・いなかったとされているんだが

鈴が鳴るような可愛らしい声でこんな言葉がその場に響いたそうなんだ


「おなかがすいた」と



その事件があった翌日からの事だ、村に災いが訪れた


原因不明の流行り病が村中に流行り始めたんだな

感染源もわからず、治療法もわからず

辺鄙な所にある村だから 医療に詳しい大した医者もいない

ましてや昔の医療技術なんて今ほどじゃないだろ?

村人たちは誰もが これはあの少女が起こした呪いだ・・・と噂するようになった


そして少女の霊の怒りを鎮めるために祠を作り あるだけの食べ物を捧げ

少女の霊を祭るようになったんだ

いつしか その祠に祭られた少女の霊を村人たちはこう呼ぶようになる


「口無死様」と


なぜ口無死様と言われるようになったかは文献にも書かれていなかったらしいのだが

恐らくは両親に口を糸で縫い付けられ 口が無くなったからであろうと村人たちは推測していた


だがな、祠も建てたところでこの災いは収まらなかったんだ


変わらず 病の感染速度は広まっていた老若男女問わず 村人たちは死に絶えていった

とりわけ老人たちが真っ先に死んでいったらしい 少女に暴行を加えるよう指揮したのは

当時の村の長老だったからな 少女の恨みも老人に近ければ近いほど強く作用し

死にもたらされる 呪いの力も強くなるのだろうと村人たちは考えていた


次に呪いを受けるのは自分かと村人たちが不安に震える中

とある法則に気づいたものがいたんだ

「口を隠して生活している村人には呪いが訪れない」ということを


当時はマスクなどなかった時代だからな 風邪などを引いたとき布などで口を覆い隠し

他の人に移さないように気をつけるのが一般論だった

当時から風邪のような病は空気感染だということは人々の考えに浸透していたんだな

そうは言っても空気感染の理論が医学界でわかったのはここ数百年くらいの話だから

おおよその勘のようなものだったのだろうが

なにはともあれ その勘は的を射ていたものだということだ

大昔の人の知恵も馬鹿にできないもんだろう?


なぜ口を覆い隠したものにだけ呪いがかからないのか?

誰にもその真意はわからなかったが おおよそこうだろうと予測されていた


両親に口を縫われ口が無くなってしまった少女の悪霊だから 口が見えない人間は自分と同じ境遇の仲間だと認識して

呪いの対象から外すのではないのか?とね


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私を鍬で殺そうとしていた老人はそこで話を中止した


「この村には大きく分けて3つの掟が存在する」


1、口を見えないようにマスクなどの布で覆い隠して生活をすること

2,外部の人間を村に入れない事

3,村の外に出入りすることを禁ずる


「・・・まぁこのご辞世 そうはいっでも まっだぐ よそ者さ村にいれね わけにもいがねし

まっだぐ 村の外さでね わげにもいがねだろ? だがら 2づめと3づめの掟に関しては

でぎるだけ・・という感じになっでるだがな」


村人たちが 余所者の私に対し過剰なまでに警戒したこともマスクをつけるように過剰なまでに促した経緯もこれで理解はできた


けれどもね 編集者さん 私は内心この時 村人たちを鼻で笑ってました

今の時代に呪いだ祟りだなど馬鹿らしい 

ましてや老人の話した 昔話は1000年以上も前の話ですよ

本当にあった話かどうかもわからないし 信じる方だってどうかしてる


編集者さんもそう思いませんか?

はっきりいって俺はこの時点では口無死様の呪いなんて まったく信じてませんでしたよ

信じてる村人の方々には悪いと思いますが それが普通の反応だと思いませんか?


でもね あったんですよ 

「口無死様の呪い」は


いたんですよ

「口無死様はね」


「おめぇさん、今日泊まるとこさ 探してるんだろ?」

「ええ、もう夕暮れですし この時間 山を出歩くのも危険なのでできる事なら一晩ご厄介になりたいのですが」

「本当は今すぐででげ?といいでえとこだが そうはいっでもこの時間に外さ 放り出すわけにもいかめぇ」


老人は村の外れに 誰も住んでいない離れの小屋があるから そこで今晩過ごすようにと案内された

その小屋であんな恐怖の体験をするとは 当時の俺は思わなかったね


村はずれの小屋だというので大して期待はしていなかったんだけどね

存外綺麗だったよ、使われていない小屋と聞いてはいたが掃除はされていて暖炉もあり 薪も常備されてる

夜の山は夏だって冷え込むことがあるくらいだからね 暖炉と薪が備わっているのはありがたかった

更に 腹は減っていないか?と夜に訪ねて来てくれて 白米の握り飯と漬物まで持ってきてくれていた

少し塩気が聞いた握り飯は 山を歩き詰めで疲れていた体にはちょうどいい塩梅だったし

漬物はそれに合わせて塩気を調整してあるらしく 単なる塩だけの握り飯と素朴な漬物だというのに

すごいうまかったよ


最初のやり取りがやり取りだっただけに とんでもない変人偏屈者だらけの村に来てしまったと後悔していたが

実の所 とても親切で思いやりのある人たちだったのかもしれないな


まぁ、今は 全員この世にいないけどね

男は唇を歪ませ 笑みを浮かべた

 


暖炉に火を付け、握り飯を腹に入れ 心地よい塩梅になった俺は まだ早い時間だが寝ることにした

やることもなかったしな 当時はスマホどころかガラケーもなかった時代だし

あったとしても こんな山の中じゃ電波があるかどうかも怪しい

どっちにしても使えなかっただろう


寝ることにしたのはいいものの どうにも目が冴えちまってね眠れなかったんだ

あんな老人の話したことは大昔の人間が行ってるだけの出鱈目

そうは言ってもインパクトが強い 悪い意味で印象的で不気味で気持ち悪く嫌な話で

俺の頭にこびりついてたんだな 「もしかして・・・?」と


横になったのはいい物ものの あの夜はなんだか寝付けなくってな

旅慣れしてる俺は 環境なんて違っても横になれるとこさえありゃ どこでもすぐに寝れるんだが

あの時は・・・言うだけじゃ伝わらんかもしれんが なんというか・・・薄気味悪い空気があったんだ

居心地が悪いというか 


誰かに監視されているというか


・・・・


コトン



・・・


寝付けずに何度も寝がえりをうっていると天井裏から そんな音が聞こえてきたんだ

古い建物だ、ネズミでも天井裏に住み着いてるのか?と ついつい反射的に音のする方をみたら


ガタン


ガタンガタン


ガタンガタンガタン


ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン

ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン

ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン



・・・まるで天井裏を四つん這いで這うようにして 俺の寝ている所の真上まで来て


ガタッ


・・・正体不明のなにかが俺の寝ている所の真上で止まった


ネズミ?いいや、間違いなく違うね あれはもっと大きな生き物が這いつくばり這いずり回っている音だ

俺の想像だが人間の・・・子供のような いや昼間あんな話聞いたから、そう連想したのかもしれんが

とりあえず 10歳くらいの子供が天井を這いずってきたら こんな感じになる


俺の頭の中では 口元が血だらけで口を縫い付けられた少女が天井裏に潜んでいる そうとしか考えられなくなっていた


その時にな俺 気づいちまったんだよ

俺の寝ている所の天井の真上な よおおおおおおく見ないとわからないほど小さな穴が天井に空いてたんだが


その小さな穴を通して 天井裏から俺を覗き込んでいるナニカと目線が合っちまった


俺は思わず 外していたマスクに手をかけた

(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)

昼間の老人の話が頭をよぎる 次の瞬間


かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり

かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり

かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり

かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり


天井裏の板をね・・・搔きまくっている音が小屋中に鳴り響いたんだ

爪がはがれ猛烈な痛みが指先から脳天に伝わり血が指から滴り落ちても無我夢中で天井板を搔きむしる少女

実際に見たわけでもないのに 俺の頭の中は明確なイメージ映像でその情景が脳内再生され

もう天井裏に 口無死様がいる そうとしか思えなくなっていた


俺はたまらず大急ぎでマスクをつけたね

(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)

(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)

(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)

(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)(マスクさ つけてねぇと口無死様に殺されっぞ)


俺の頭の中は老人のあの言葉でいっぱいになってしまい パニック状態になっていた

俺の耳ってどこにあった?耳にマスクをつえるなんて いつもなら簡単にできるはずの事が

俺にはとてつもなく難関な問題になっていた 難度も何度もマスクが手元から滑り落ち

手が震えてマスクのひもがなかなか耳にひっかからない


乱暴にマスクをどうにか耳にひっかけようと悪戦苦闘してしまったせいなんだろうな

そんなことしてるうちにね・・・切れちまったんだ昼間老人からもらった

マスクのひもが もうマスクをつけられなくなっちまったんだ


俺は慌てて口元を両手で必死に抑える

老人の話では口さえ口無死様に見られないようにすれば大丈夫なはずだ

マスクでなくても恐らくはこれで呪いを防げるかもしれない

とっさの思い付きだった だけど口元を手で押さえたその時だ


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 


口無死様であろう 何者かがいきなり怒り狂ったように天井裏の板をたたき出したんだ

まるで天井裏の板を叩き割って俺を食らいつくさんとしているようだった


うでをほねごとかみちぎりうでからふんすいのようにふきでるりょうしんのちでのどをうるおしてた

はらをへそのあたりからかわをはぎとるように、くいやぶりないぞうをひきずりだして うどんのようにすすった

りょうしんのずがいこつにあなをあけ ずがいこつのなかにかおをうずめ ふくざつにからみあったろーぷのような

のうみそをむがむちゅうで すすりむさぼった


俺の脳内で口無死様とよばれた少女が俺を貪り食いつくすイメージ映像で埋め尽くされ

あまりの恐怖に脳がショートしちまったんだろうな

俺の意識はそこでとだえた

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