口無死村

@yakiniku1111111

第1話 口無死村

[口無死村]

聞かせたい話がある

是非とも会って話を聞いて欲しい

そう電話があったのは12月の事だった

約束した場所に来てみれば異常な男がそこにいた、目は左右にきょろきょろと泳ぎ 常に背後を警戒しているようだった

そしてなにより異様だったのは マスクを5枚も口につけていたことだった



僕はホラー雑誌の編集者だ

実話怪談のコーナーを担当している

男はおもむろに口を開く

「口無死村・・・知ってるか?」

僕は首を横に振る

「まぁ知らないのも無理はないな なんせ もう村人全員死んでいるからな」

僕は内心 こりゃハズレくじを引いたなと思った

十中八九 創作怪談だ




(まいったな・・・僕が集めてるのは実話怪談だけなんだけどな・・・)

これはネタとして掲載できそうもない、聞いたところで時間の無駄になりそうだ

「それは期待できそうな話ですね、ぜひお話を・・・」

「おまえ 今、鼻で笑っただろ?」



「いえ・・・そんなことは・・・」

「俺が今からくだらない作り話でもするんだなって、そう思っただろ?」

僕は冷や汗をかきながらコーヒーを一口すする、これは厄介な男に関わったかもしれない

「今のうちに笑っとけばいいさ、この話を聞いたら その薄ら笑いもすぐできなくなる」



すごい自信だなと思った、これは相当 練りに練った創作怪談を話に来たに違いない

雑誌に載せるネタにはできそうもないが傑作怪談は聞けるかもしれない

「ところで雑誌に載せる記事を書くのにどれくらい時間がかかる?」




「どうでしょう?あなたの話す 話の長さにもよりますが三日・・・あるいは一週間と言うとこでしょうか?」

「一日で書き上げた方がいい」

「それはまた・・・なぜですか?」


「この話を最後まで聞いたら おまえは明日にでも死ぬからだ」


その言葉を聞いて私は内心呆れてしまっていた


[口無死村]⑦」

最後まで聞いたら死ぬ・・・怪談話では手垢がつきすぎているくらい定番のオチだ

どうせ最後にこう言うつもりなんだろう「死にたくなければ○○以内に他の人に話せ」とかね


人間だれしも作り話だと思ってはいても「まさか・・・」というわずかな不安感が芽生える



[口無死村]⑧

これはそういう人間の心理的な動きを利用した定番中の定番の手法なのである


単純ではあるが効果的な脅し文句であると言えるだろう

まぁ・・・この一言で創作怪談であると完全に確定した


それにしても本当にあった話だと仮に自称してるにも関わらず 村人全員が死んだなどという荒唐無稽なことを言い出すのは

いくらなんでも話を盛りすぎだろうと苦笑せざるを得なかった


「これは作り話でもなんでもない 本当にあった話なんだが・・・」

男はおもむろに語りだした、世にも恐ろしい彼の体験談を

僕はこの話を怪談話?と呼んでいいのか 未だに判断がつかないでいる

そしてこの話を読んでいる あなたに一つ警告を送る


「読むのをやめるのなら今のうちだ」と

この話しを最後まで読んで あなたに何が起こっても 僕は責任を取れないし取るつもりもない

いや・・・取りたくてもトレナイトイウベキカ・・・




男は行き先もなにも決めず ただただ思うがままに日本を放浪する きままな一人旅をしていた

そんなある日の事だった


誰も踏み入らないような閑散とした 深い深い山奥の獣道の先に幻想的な風景が広がっていた


辺り一面に生息する無数とも言える 口なし草の群衆 風に揺られ まるで男を手招くようにゆらゆらふらふらと揺れている

まるで生き物のように蠢いている 口なし草の群れは まるで男をある場所へと誘い込むかのように

怪しく揺れ動いていた


男は花の蜜の匂いに誘われる ミツバチのように誘われるがままに 口なし草の群れの合い間をただただ歩き続けた

どのくらい歩いただろうか?記憶が定かではないが

口なし草の群れに案内されるがままに進んだ先に その村があった


「口無死村」


村の入り口の朽ち果てかけた看板にはそう書いてあった

そしてその看板の一歩先こそ地獄への入り口の最初の一歩であったのだ


それにしても不吉な名前である 口無死村とは・・・

普通 村の名前に「死」などという 言葉を使うだろうか?

村の名前の由来は不明だが 相当ゆかりの古い 歴史ある村なのか?

鎌倉時代までさかのぼれば 死という文字が使われる村などもあった・・・とは聞くが

この村はいつの時代に立地された村なのだろうか?そもそも 今 人が住んでいるのだろうか?


男は好奇心に促されるまま 村の中に足を踏み入れた

後に男はその村に立ち入ってしまったことを 深く深く後悔することとなる


「おめえさん どっからぎただああああああああああ」

凄まじい怒号と共に男は村に迎え入れられた


どう考えても良い意味での迎え入れ方とはお世辞にも言えなかったが

その怒号を聞きつけてか 複数人の男女、子供たちがなんだなんだと言いながら 男のいる場所に集まってくる


無人の廃村かと思っていた 男は予想以上の人数の人がこの村に住んでいたことにまず驚いた

そして男はある 違和感に気づく


村人全員が 口にマスクをしていたのだ 体調が悪いから・・・ではないように思えた

まるで自分の口を何者かに見られないように隠すという目的でつけている

そんな風に男は思った



ここまで黙って話を聞いていた 編集者の取材人が口をはさむ

「マスクをしてるって・・・そんなにおかしい話ですか?今のご時世 そんなに珍しい話でもないような?」

例のウィルスの緊急事態宣言も解除されたこのご時世だ マスクを常時つけている人も大分減ったとは言え

まだ マスクを常時つけて生活している人も珍しくはない


「おまえ馬鹿か?俺が一体 いつの頃の話をしていると思っている

例のウィルスが広まったのはここ数年の話だろうが!! 20年以上前マスクを常時つけている人間など皆無と言っていい

人の話をきちんと聞いてるのか あほたれが」


「そういえばそうでしたね・・・すみませんでした 私の理解力が足りず・・・」

私は素直に謝ることにした 内心 面倒な男に関わってしまったなと思った

もう私の頭の中はこの話が 創作だろうが実話だろうがどうでもいいから さっさと話を聞き終わって

帰りたい その一心だった


「ったく 話を続けるぞ 本当に恐ろしいのはここからなんだからな」


「すみません 口なし草の群衆があまりに幻想的で誘われるままにこの村に辿り着いてしまって

もう夕方になりますし よろしければ一晩だけでも この村に滞在させてもらっても・・・」


「マスグつけろやああああああ おめぇええええええええ」

男は思わず「は?」と聞き返した 逆らってはいけない雰囲気だとは重々わかっていながら

あまりにも意味不明な要求に 反射的に怪訝な声を出さずにはいられなかったのだ


「マスクをつけろって・・・すみません 私はマスクをつけるのが苦手でして・・・なんというか息苦しいので」

「おめぇ 口無死様に殺されっぞ」


「口無死・・・様?」

この村 独自の神様の名前だろうか? まぁそういうものがあったとしても珍しくはない

男は色々な所を旅してきたし 色々辺鄙な村というものにも 数えきれないほど立ち寄って来た


こういう閉鎖的な田舎村には独自の個性的な神を崇めているということは よくあることだし

この村 独自の道祖伸のようなものなのだろう


しかし男の口ぶりではこの村を守っている・・・というより 恐れられているような・・・

所謂 祟り神という物なのであろうか?


まぁ 神様というのも色々だ いい物もあれば悪い物もいる

祟り神の怒りを鎮める為に崇めている そういうケースも良くあると言えばよくある

それにしても「殺される」というのは言い過ぎではないだろうか?


男は思わず鼻で笑ってしまった

村人の老人はその様子を見て鍬を天高く掲げ 上段に構える


「マスグざ づけねぇ づもりがあああ じゃあこうするしかなかんべなああああああ」

腕は激しく痙攣し目は血走っていて焦点があっていない そして高く掲げられた鍬は 男の頭部を狙っている

どう見ても正気ではない


老人は男の頭部にそのまま鍬を振り下ろし スイカ割のスイカのように男の頭を叩き割ろうとしているのだ


「うわぁあああああああああ なにをするつもりなんですか やめてください」

男は必死の思いで老人に懇願する

助けを求めようと 村人たちに視線を向けると 他の村人たちは老人を咎めようとも止めようともしていない


ただただ無表情に男の頭がざくろのように弾けるのをいまかまだかと見守っているようだった


「つけますつけます マスクをつけますから」

男は大人しく老人の言う事を聞くことにした 賢明な判断である

老人はどう見ても正気ではなかった 老人だけでない村の人々もだ

恐らくあのまま老人の言う事に逆らい続けてたら 男の想像通りに 鍬は男の脳天を叩き割り

男の死体は村全体で隠蔽されていただろう 間違いなく断言できる


だが 老人を狂気へと誘い駆り立てたのは 口無死様と言う存在だ

男は口無死様について尋ねてみることにした

男が大人しくマスクをつけたからか 老人の目からいくばくか狂気は薄れ始めていた

どうやら男の話を聞いてくれる程度の理性は戻ったらしい


老人はこの村に伝わる 口無死様について語り始める



もう数百年くらい前の話になる 当時この村は「朽無し村」という名前であった

村人全員が 病気になることもなく戦に巻き込まれることもなく 平和に生涯を過ごし

けして朽ち果てることのない 平和な村 そう願いつけられた名前だったらしい


その名の通り 平和で長閑で村人全員が仲が良く協力し手を取り合い助け合い

村人全員が静かに余生を過ごせる そんな理想的な村だった


ある少女が生まれるまでは


少女の名はもう文献にすら記されておらず もう誰も本名を知るものはいない

この少女は後に 口無死様と恐れられるようになる


少女はとて愛らしくとても美しかった

そして村の人からの愛情を一心に受けていた

少女の両親もまるで宝物であるかのように少女を愛していた


だけど少女には とても黙っていることのできない ある悪癖があった



少女は「なんでも食べるという食癖」を持っていた

少女は本当になんでも食べたのである アリも、猫も、犬も、ネズミも、こうもりも、芋虫も、ミミズも

恐らくではあるが 少女が捕まえられるもの全て 口にし食べていたのではなかろうか?


ばくばくむしゃむしゃばくばくむしゃむしゃ

少女は好き嫌いなくなんでも食べた「文字通り好き嫌いなく」なんでもだ


その悪癖をなんとかやめさせたい両親は 少女に何度も何度もいい聞かせた

「食べ物でないものを食べるのはやめなさい」と


それでも少女はやめなかった

ばくばくむしゃむしゃばくばくむしゃむしゃ

少女の悪癖も食欲も留まることを知らなかったのである


ある日 我慢に耐えかねた両親は少女の寝てる間に何も食べられないよう

口を糸で縫い付けてしまった


少女は泣きわめき暴れ 口に縫っている糸を切ってほしいと懇願した

それでも両親は糸を切らなかった


一か月ほど経過しただろうか

少女はなにも食べられないので 痩せ細り衰え 息も絶え絶えの様子になった

両親は「もうなんでも食べるのはやめるか?」と少女に問いただし

少女は こくこくとうなずいた


もう少女も十分反省しているだろうと判断した両親は少女の口を縫い付けてあった糸を一本一本切り

少女の口の拘束を完全に解いた


その時だった 


少女は両親に襲い掛かり 両親を食べ始めたのである

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ


腕を骨ごと噛み切り 腕から噴水のように吹き出る 両親の血で喉を潤してた


ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ


腹をへそのあたりから皮をはぎ取るように 食い破り 内臓を引きずり出して うどんのようにすすった


ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ


両親の頭蓋骨に穴をあけ 頭蓋骨の中に顔をうずめ 複雑にからみあったロープのような

脳みそを無我夢中で すすり貪った


ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ

ばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃばりばりむしゃむしゃ


やがて 両親の体は肉片一つなくなり 少女の胃袋の中へと消えた


そして少女は両親を完璧に平らげた後 無邪気で愛らしい顔でこういった


「ごちそうさまでした」


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