剣客少女と没落令嬢 ~復讐するまで死ねないので強くなりました~
笹塔五郎
第1話 交渉
「はっ、はっ、はっ――」
一人の少女が、人気のない路地裏を駆ける。
時折、後ろを振り返るようにしながら――その表情には必死さが溢れていた。
動きやすさを重視しているが、白を基調としたドレスは彼女の生まれが高貴であることを示している。
だが、あちこち破れてしまっており、泥や血によって汚れてしまっていた。
再び、背後を気にして振り返った時――少女は何かにつまずいて転んでしまう。
「……っ」
転んだ痛みを気にすることもなく、少女はすぐに立ち上がろうとするが、
「――そんなに急いでどこに行くつもりなのかな? 逃げ場はないと思うけど」
「!」
少女が振り返ると、そこには路地に置かれた木箱に腰掛けた人物がいた。
中性的な顔立ちをしているが、声色からして少女だろう。
少し薄い黒色の長髪に、灰色の瞳。
ローブに身を包んでいるが、服装は男物のようで。
優しげな微笑みを浮かべているが、腰には鞘に収まった剣を下げていて――その柄に手が触れている。
少女にはすぐに気付いた――その人物が『刺客』であるということに。
彼女から向けられる殺気によって、背筋が凍りつくような感覚が消えないのだ。
「フィリエル・レスティアル――レスティアル家の御令嬢だね」
「……貴女は?」
少女――フィリエルは少しだけ後退るようにしながら、問いかけた。
「ボクはレネス・ローシア。理解しているとは思うけれど、ボクは君を殺すように命じられた刺客だよ」
「――」
思わず、息を呑む。
年齢はおそらくフィリエルとそう変わらないだろう。
十四、五くらいか――そんな少女が、刺客としてやってきたというのだ。
フィリエルもまた、護身用に持っていた短剣に手を伸ばす――が、気付けば首元に剣先が触れていた。
つぅ、と血が流れる感覚がある。
特徴的と言えるまでに漆黒の剣――その刀身を鮮血が伝っていった。
「抵抗はしない方がいいよ。その方が楽だから」
「……私を殺すのなら、何故すぐにやらないのですか?」
フィリエルがそう問いかけると、レネスは意外そうな表情を見せる。
「へえ、冷静だね。確かに、すぐに殺さないのには理由があるよ」
レネスはそう言いながらも、剣先はフィリエルの喉元から離さない。
――ほんの少しでも剣先を動かせば、簡単にフィリエルの命を奪うことができる状況だ。
「『もしも大人しく従うつもりがあるのであれば、殺しはしない』――それを、斬る前に伝えてほしいって言われてね」
「……断ったら?」
「この状況なら、聞かなくても分かるだろう?」
随分と軽い口調で言ってくれる――と、フィリエルは思わず自嘲気味に笑ってしまった。
下手なことを言えば、ここで死ぬ。
分かっていることなのに、フィリエルは迷うことなく彼女の言葉に答える。
「……そんな話は受け入れられません」
「分かっていると思うけれど、ここで従わないのであれば――」
「私はここで死ぬことになるでしょう。けれど、その選択に後悔はありません」
はっきりと言い放った。
レネスはまた、少し驚いた表情を見せる。
「意外だね。命が惜しくはないのかな?」
「……そんなの、死にたくないに決まっています」
「なら、この場を切り抜けるために嘘くらいいくらでも吐けるだろうに。どうしてそれをしないのかな?」
「嘘を吐いてこの場を切り抜けるよりも――私はレスティアル家の人間として、誇り高く死ぬことを選びます」
「誇り高く、ね。こんな誰もいないような路地裏で死ぬことが、そんなに誇り高いことには思えないけれど」
「……そうですね。いっそ死ぬくらいなら、私を狙っている者達に決闘でも挑みたいところですが」
「――決闘?」
フィリエルの言葉に、レネスが反応した。
――相変わらず剣先は喉元に当てられたままだが、先ほどまで向けられていた殺気が幾分か薄らいだように感じる。
「その決闘って、もしかして貴族間で行われるっていう?」
「……ええ。王国においては伝統的なことですから」
貴族だけでなく、王族も含まれる――王国内における貴族勢力の大きな争いを避けるために、一対一の決闘によって解決する、というもの。
いつしかそれは、一つの娯楽にまで発展するほどであるが――フィリエルは貴族と言ってもまだ若く、今は追われる身だ。
現状では、決闘にまで持ち込むことも難しいだろう。
「聞いたところによると、君はレスティアル家の当主の座を継ぐ権利があるみたいだね。遺書にそう記載されていた、と。けれど、今はそれを血縁である叔父に奪われている」
「……? それを聞いてどうするのですか」
「実のところ、この依頼――成功したらボクは『決闘代理人』になる予定なんだよ。まあ、それが報酬と言ってもいいかな」
「! 決闘代理人が、報酬……?」
フィリエルは信じられない、といった様子で彼女を見た。
――貴族同士の決闘は、代理人を立てることができる。
ただし、決闘である以上は――命を落とすことだってあるのだ。
仮に生き延びたとしても、貴族同士の争いによいて敗者となった代理人が許される保証はどこにもない。
――よほど、腕に自信がある者しかならないとさえ言われている。
それこそ、報酬目当てで代理人になることはまだ分かるが、代理人になることが報酬というのは到底、理解できるものではなかった。
ただ、レネスの言うことが本当であるのなら――フィリエルにとっては、一つの光明が見えた形になる。
「決闘代理人になることが目的なら――私につくこともできる……?」
「察しがいいね」
パチンッ、と指を鳴らしながら嬉しそうな様子を見せるレネス。
だが、彼女の意図が分からなかった。
「成功報酬が決闘代理人であるのなら、私に協力をせずとも――今、まさに成功報酬を得られる状況なのでは?」
「真面目だね。わざわざそんなことを確認するなんて。でも、少しだけ違うよ」
レネスはフィリエルの目を真っすぐ見据えて、言い放つ。
「君につけば、すぐに決闘をすることになるだろう? ボクとしてはそっちの方がありがたいからね」
彼女がどうして、決闘代理人にこだわるのかは分からない――ただ、ここでフィリエルを斬るよりもフィリエルについた方が、確かに早く決闘を行うことはできるだろう。
問題は一つ――自分を殺しに来た相手をこの場で信じるかどうかだ。
「どうする? これも断るなら、ボクは君を斬るしかなくなるけど。もっとも、ボクに決闘代理人を任せてくれる前提ではあるけれどね」
「私は――」
答えようとしたところで、不意にレネスが剣を振るった。
――金属音が鳴り響き、フィリエルのすぐ側にナイフが突き刺さる。
思わず、悲鳴を上げそうになるところを何とかこらえた。
「人の交渉中に邪魔をするのは感心しないね」
「――邪魔なのはそっちだ。こっちは初めから殺す気で依頼を受けているのでな」
そう言って姿を見せたのは、一人の男だった。
剣客少女と没落令嬢 ~復讐するまで死ねないので強くなりました~ 笹塔五郎 @sasacibe
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