第4話

 三城は部屋の中を見回しながら、考え込むようにうなだれた。


「……他に身体があるとしたら、どこだ……? 心当たりなんて全くない……」


 独り言のように呟いた三城を横目に、灰里はスマートフォンを弄っている。


「つまり、完全にお手上げってやつか。まぁ、今のところどうしようもねぇなら、名前ぐらい教えてくれよ。フルネームで、な」

「名前?」

「お前のだよ。今後付き合っていくにしても、呼び方くらい必要だろ? それとも『おい幽霊』でいいのか?」


 その言葉に三城はため息をつき、仕方なく名乗った。


「……三城時玄みき ときはるだ」


「三城ね。んで、時玄って名前が出るのに1秒くらいかかるあたり、あんた、普段名前で呼ばれ慣れてねぇだろ?」

「うるさい」


 三城は灰里の茶化すような態度に眉を寄せたが、それ以上は追及せず部屋のドアを開けた。すると、そこには先ほど立ち去ったはずの大家が腕を組んで待ち構えていた。


「あんた、やっぱり怪しいな。さっきの説明も適当すぎるし、本当に知り合いなのか?」


 大家は灰里を鋭く睨みつけているが、もちろん三城の姿には気づいていない。


「もちろん知り合いですよ」と灰里はあっさりと言い返したものの、大家は納得していない様子だ。

「じゃあ名前ぐらい言えるよな?」


 灰里は鼻で笑い、軽くあしらうように答える。


「三城時玄だ。間違ってるなんて言わねえよな?あとこんなメッセージも送られてきた」

 灰里は大家にメッセージを見せながら言った。三城には内容が見えない。


 それを見て大家は少し考え込んでから言った。


「……わかったわかった」

「そうそう。まぁ、その三城の頼まれごとでちょっと寄っただけなんですけどね。今時人使い荒いですよ、ほんと」


 灰里が調子よく話を進めると、大家はようやく少し気を許した様子で口を開いた。


「ところでさ、あいつの隣の部屋も今日はなんだか静かすぎて気味が悪いんだよな。普段なら何かしら音がするもんだが、まるで空き部屋みたいだ」

「隣の部屋?」


 灰里が聞き返すと、大家は少し困った顔をしながら続ける。


「そうだよ。普段はよく音がするけど、今日は全然動きがない。まぁ、あそこは引きこもりみたいなやつだから、いないならいないで別に不思議じゃないんだけどな」


 灰里は目を逸らしながら軽い調子で返事をする。


「あー、そうなんすか。まぁ、そんなこともあるっしょ」


 大家がようやく立ち去ると、灰里は短くため息をつき、三城に振り返った。


「忘れ物したから、ちょっと戻るわ」

 灰里はついでに隣の部屋もちょっと覗いてみようぜ?と言わんばかりの顔をしている。三城は戸惑いながらも、再び部屋に戻る灰里の後を追うしかなかった。

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